実践するドラッカー 実践編 第100話:顧客に聞けば、仕事は変わる~ある地方バス会社の小さな実践⑨(全9話)
事例18-9 次の世代に、何を残すのか
本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。
約40年間続いた利用客の減少から、ついに増加へ転じたUUバス社。
一つの停留所から始まった実践は、会社の仕事の仕方を変え、地域との関係を変えていきました。
しかしU社長が、その先に考えるようになったのは、
「バスに何人乗るようになったか」
ということではありませんでした。
もっと長い時間軸で見たとき、
この会社を通じて、地域に何を残していけるのか。
そんなことを考えるようになりました。
親が知らなければ、子にも伝えられない
学生の通学にも、変化が生まれていました。
以前、この地域では、
子どもを学校まで車で送り迎えする家庭が少なくありませんでした。
その親世代の中には、
自分自身が長いあいだバスを利用していない人もいました。
かつては、バスには車掌が乗っていました。
しかし、利用客が減る中で経費を抑え、
運行を維持していくためにワンマンカー化が進みました。
会社にとっては、必要な合理化でした。
そして、その合理化によって守られたものもあったはずです。
けれども、その成功の裏側で、別のことも起きていました。
長いあいだバスに乗らないうちに、
乗り方も、
料金の払い方も、
どの路線を使えばよいのかも、
分からなくなっていった人たちがいたのです。
親が知らなければ、子どもにも伝えられません。
だから、仕方なく自分たちが車で送り迎えする。
そんな家庭もあったはずです。
ドラッカーは、こう述べています。
既存の事業がイノベーションと起業家精神の障害となる。問題はまさに過去および現在の事業の成功にある。
成功がもたらす失敗 p.108
(イノベーションと企業活動 p.173)
過去の成功が間違っていた、ということではありません。
そのとき必要だった取り組みが、会社を支えたことも事実です。
しかし、
かつて成果を生んだやり方が、
そのまま次の時代にも成果を生むとは限りません。
ワンマンカー化によって効率は高まりました。
一方で、久しぶりに利用する人にとっては、
「分からないことを、その場で聞ける人がいない」
という不安も生まれていました。
成功した仕組みだからこそ、その仕組みが新たに生み出している問題には、気づきにくいのかもしれません。
これからの子どもたちは
しかし、これからは少し違います。
学生たちは日常的にバスを使います。
路線を調べる。
乗り継ぐ。
休日にも定期を使って出かける。
その学生たちは、やがて大人になります。
そして将来、自分に子どもができたときには、
「バスはこうやって乗るんだよ」
と教えることができるでしょう。
それは、UUバス社の利用者が増えるというだけの話ではありません。
この地域では、子どもや学生が自分で移動できる。
親が送迎に拘束されなくなる。
高齢になって車を運転しなくなっても、地域の中を移動できる。
....会いたい人に、会いたい時に会いに行ける。
公共交通の使い方が世代から世代へ受け継がれていけば、
この地域で暮らす人たちの「選択肢」そのものが増えていく。
U社長は、そこまで考えるようになりました。
何も教えなかった父
そんなことを考えたとき、U社長の頭に浮かんだ人がいました。
先代社長である父親です。
U社長が会社へ戻った初日。
父親は会社の印鑑と金庫の鍵を渡し、事業のやり方をほとんど教えませんでした。
当時のU社長には、それが理解できませんでした。
なぜ何も教えてくれないのか。
なぜ助けてくれないのか。
長いあいだ、父親に対するわだかまりがありました。
十分に話をすることのないまま、父親は他界しました。
そしてU社長には、後悔が残りました。
けれども、自分が次の世代へ何を残すのかを考えるようになってから、父親の姿が少し違って見えるようになったといいます。
もしかすると父親は、
「会社をここまで厳しくしてしまった自分のやり方を、息子に教えてはいけない」
と考えていたのではないか。
自分が口を出せば、息子もまた、自分と同じやり方をするかもしれない。
過去の成功も、過去の常識も、そのまま渡してしまえば、
次の時代の新しいやり方を考える邪魔になるかもしれない。
だから、何も教えない。
口を出さない。
すべてを任せる。
たとえ、息子に恨まれたとしても。
伝えたいことは、たくさんあったはずです。
それでも、
自分が口を出すことを厳しく戒めていたのではないだろうか。
U社長は後に、そんなことを母親にも話したそうです。
もちろん、それが父親の本当の思いだったのかは、もう確かめることはできません。
けれどもU社長は、そう考えたときから、
父親に対して心から申し訳なかったと思うようになりました。
受け継ぐもの
振り返れば、U社長自身も、社員たちにすべての答えを与えたわけではありませんでした。
一つの停留所で、
「どうすればよいだろう」
と考えてもらう。
地域へ出て、自分たちで話を聞く。
仮説を立て、試し、結果から次を考える。
最初は、
「路線バスの営業なんて、何をすればいいのか分からない」
と言っていた社員たちが、やがて自分たちで仮説を立て、確かめることを楽しむようになりました。
学生たちもまた、自分でバスの使い方を覚えています。
受け継がれていくものは、決められた答えそのものではないのかもしれません。
自分で考え、自分で使い、自分で次の人へ伝えていける力。
父から息子へ。
社長から社員へ。
そして、地域の大人から子どもへ。
次の世代が、自分たちの時代の現実を見て、新しい答えをつくっていけるようにする。
そこに、残していくものの一つがあるのだと思います。
会社もまた、手段にすぎない
そもそもU社長は、
会社そのものを残したいから、UUバス社へ戻ってきたわけではありませんでした。
地域の人たちが払ってくれた運賃によって会社が成り立ち、その会社に支えられて自分も育ってきた。
だから、
「この地域に、何かを返さなければならない」
と思ったことが、戻るきっかけでした。
そう考えると、UUバス社という会社そのものも目的ではありません。
バスも手段です。
商品もサービスも手段です。
そして会社もまた、
地域の人たちの暮らしをより豊かにし、地域の未来をつくるための手段
なのだと思います。
けれども、U社長の視線は、今ではさらにその先へ向かっています。
地域から、その先へ
ここまでの歩みを振り返ると、U社長の視座は少しずつ高くなってきました。
最初は、
「自分はどうすればよいのか」
というところから始まりました。
やがて、
「社員たちと、どう会社を変えていくのか」
を考えるようになりました。
さらに、
「この会社は、地域のために何ができるのか」
へと視座が高まりました。
そして現在、U社長が見ているのは、自分たちの地域だけではありません。
全国には、UUバス社と同じように、
人口が減り、
利用者が減り、
公共交通をどう維持すればよいのか悩んでいる地方都市があります。
交通事業者だけでは解決できない問題もあります。
行政だけでも解決できません。
地域で暮らす人たちの生活そのものから、もう一度交通を考え直さなければならない地域がたくさんあります。
そこでU社長は今、自分たちの地域で積み重ねてきた経験や考え方を、他の地方都市でも生かそうとしています。
自治体や交通事業者とともに、
その地域では誰が困っているのか。
なぜ利用されないのか。
公共交通は、誰のどんな目的を実現する手段になれるのか。
それぞれの地域で、また一から問い直していく。
UUバス社で生まれた「答え」を、そのまま持ち込むわけではありません。
持っていくのは、
顧客に聞くこと。
小さく試すこと。
結果から学ぶこと。
地域の側から交通を考えること。
ここまで実践してきた原理原則です。
成果を、外へ開く
一つの地域でうまくいったことを、その地域だけの成功で終わらせない。
別の地方都市で試してみる。
そこで新しい成果が生まれれば、また別の地域へ広がる。
そして、他の地域で生まれた知恵や成功が、
「こんなやり方もある」
という新しい選択肢となって、巡り巡ってこの地域にも返ってくる。
U社長が描いているのは、そんな循環です。
自社をよくするために、地域を見る。
地域をよくするために、さらに外を見る。
そして、より広い場所で生まれた成果が、結果としてまた自社や地域をよくしていく。
視座を高くするほど、巡り巡って足元にも新しい可能性が戻ってくる。
かつてU社長は、地域の人たちから受け取ってきたものを返したいと思って、この会社へ戻りました。
今度は、この地域で生まれた実践を、別の地域へ渡していこうとしています。
それは「恩返し」というより、
価値体系を次へ送り、またどこかから新しい価値を受け取る循環
なのかもしれません。
第二の物語へ
一つの停留所から始まった実践は、
会社を変え、
地域を変え、
いま、全国の地方都市へ向かおうとしています。
第1話で始まった問いは、
「この会社を使って、地域に何を返せるのか」
でした。
そして今、その問いは、
「ここで得たものを使って、もっと広く社会に何をもたらせるのか」
へと変わっています。
会社は、目的ではありません。
地域も、終着点ではありません。
会社も、経験も、これまで積み重ねてきた知識も、
より多くの地域の未来を豊かにするための手段となるはずです。
UUバス社の物語は、利用客が増えたところで終わりません。
むしろ、そこからが次の始まりです。
一つの地域で生まれた実践を、もっと広い社会の成果へ。
U社長の「第二の物語」は、もう始まっています。
【今日の質問】
Q:あなたの仕事で生まれた成果を、もっと広い世界の成果につなげるとしたら、どこへ広げますか?
最初は、自分の仕事をよくする。
次に、会社をよくする。
そして、お客様や地域あるいは業界へ成果を広げていく。
そこで生まれた知識や経験を、さらに外へ開いたらどうなるでしょうか。
別の会社。
別の業界。
別の地域。
そこで試すことで、新しい成果が生まれるかもしれません。
そして、その成果や知恵が、また自分たちのところへ返ってくることもあります。
自分たちの成果を、自分たちだけのものにしない。
その視点を持つことが、次の実践の始まりになるのかもしれません。
《UUバス物語の第①話はこちらから》
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