実践するドラッカー実践編 第34話:母の背中を見てきた私が、隣で考えるようになるまで —女性社長と娘の10年の対話②(全6話)
事例7-2 正しいことが通じない—社長の娘としてぶつかった、もう一つの壁
本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。
■ 現場で起きていたこと
GG社の現場は、日々忙しく動いていました。
電話が鳴り、来客があり、出荷の段取りが進み、 それぞれが自分の役割をこなしていきます。
一見すると、仕事は回っているように見えます。
しかしその裏では、
「誰が何をやっているのか分からない」
「同じことを何度も確認している」
といった非効率も積み重なっていました。
■ 「整えたほうがいいのではないか」
Gさん(女性)は、少しずつこう感じるようになります。
「このままでは、どこかで行き詰まるのではないか」
業務を整理し、見えるようにし、誰でも分かる形にする。
そうしなければ、誰かが休めば止まり、誰かが辞めれば混乱する。
そう考え、仕事の流れを分解し、見直そうと動き始めました。
■ 正しいはずなのに、進まない
しかし、その取り組みは思うようには進みませんでした。
「今のままでも困っていない」
「わざわざ変える必要があるのか」
「そんな細かく分けられるとやりにくい」
現場から返ってきたのは、戸惑いや抵抗でした。
Gさんにとっては会社のために必要なことでも、 周囲にとっては“余計なこと”に見えていたのです。
ドラッカーはこう言います。
既存の事業がイノベーションと起業家精神の障害となる。問題はまさに過去および現在の事業の成功にある。
成功がもたらす失敗P.108
(イノベーションと起業家精神 p.173)
これまで問題がなかったのであれば、「必要以上に変更を加えない」ことは正しい判断でもあります。
だからこそ、善意ある人ほど心理的な抵抗を持つのは自然なことです。
しかし同時に、長く続いた成功モデルは、
変化への対応力を奪ってしまうこともあります。
「成功の落とし穴」とは、まさにこのことでした。
■ 距離が生まれる瞬間
あるとき、こんな言葉をかけられます。
「Gさんが満足するなら、それでいいんじゃない?」
強い口調ではありませんでした。
むしろ、やわらかい言い方でした。
それでもGさんは、そこに見えない距離を感じていました。
「”会社のため”ではなく、あなたがやりたいんでしょう」
そう受け取られているのではないか、と感じたのです。
■ 「社長の娘」という見えない前提
さらに、先輩社員からはこんな言葉もありました。
「無理している気がするけど大丈夫?
社長の娘だからって、こんなことを続けていたら総スカンを食らうよ」
この言葉によって、Gさんは気づきます。
“自分がやっていることは全て正しい前提”に立っていたのではないか。
会社を良くしたい気持ちは本物です。
しかしその一方で、「変えることが正しく、変えないことが悪」という前提で周囲を見ていなかったか。
そしてもう一つ。
自分では意識していなくても、
周囲は「この人の後ろには社長がいる」と感じていたという事実です。
自分では単なる事務社員の一人のつもりだったけれども
周囲から見たGさんは、「社長の娘」。
それは、本人が自覚していなかったもう一つのアイデンティティでした。
■ 正しさが、関係を遠ざける
”事務員の一人”として職場を良くしたいと素直に思ったのであって、”社長の娘”だから会社を良くしたいと思ったわけではありません。
けれど、正しさを主張するほど、距離ができる。
関わろうとするほど、警戒される。
その状況は、想像以上に苦しいものでした。
■ 初めて母親に相談した日
そんな中で迎えた、ある日曜日の朝。
普段の自宅では、母と仕事の話はしません。
仕事も生活も同じ空間で過ごす母娘で決めたルールでした。
しかし、そのルールを初めて破って、Gさんは母親に相談しました。
業務改善が進まないこと。
このままでは退職や休職があった際に混乱が起こると感じていること。
自分なりに取り組んだことと、その限界。
母親は静かに聞いたあと、こう言いました。
「わかった。それなら、これは個人の取り組みではなく、会社の仕事だと部長から伝えてもらおう」
それは解決ではなく、
“位置づけを変える”一言でした。
■ それでも、すぐには変わらない
この判断は、Gさんの取り組みにとって大きな支援でした。
しかし、それですべてが解決したわけではありませんでした。
自分の手でやり切らない限り、それは自分の強みにはならない。
そのうえ、結局のところ自分はまだ「社長の娘」にすぎないことを認めてしまったことになります。
それは「何者でもない自分」から前に進んだのだろうか。
前に進んでいるようで、進んでいないのかもしれない。
そんな感覚の中で、焦りと無力感が積み重なっていきます。
■ 「10回やって1回」という言葉
そんな迷いや焦りのときでも、毎月のドラッカー読書会での学びと振り返りの時間は、自分の考えを整理しつつ、新たなしてんで状況を確認できる大切な時間でした。
Gさんは、さらに学びを深めたいと思い、読書会を運営する「読書会ファシリテーター」の養成講座の合宿にも参加します。
2回目の合宿の時、参加者が一人ずつ”前回から今回までの実践と成果”を語る場面で、Gさんは「自分だけが語れるものが何もない」と感じていました。
「うまくいかない」
「何も変えられていない」
自分の番が来たとき、そう言葉にした瞬間、
強い自己嫌悪に陥ったといいます。
しかし、意外なことが起きます。
他の参加者は、
苦しみながらも真剣に向き合って挑戦を続けているGさんに対して、
敬意のまなざしを向けていたのです。
その視線は、Gさんが自分自身に向けていた認識とは、まったく違うものでした。
翌朝、朝食のとき、たまたま同席になった講師からこう声をかけられます。
「一つやってダメだったからといってやめる人が多いけど、普通は10回やって1回できるかどうかだよ。」
ドラッカー教授は、百戦百勝は曲芸であると言いました。ではイノベーションの成功確率は、どれくらいを目標とすべきでしょうか。教授は三割いけば上々、平均的にはそれ以下だと述べました。大事なことは七割の失敗に裏打ちされていることです。打席に何度も入ることが重要です。
(佐藤等氏による解説) P.213
ドラッカーもまた、
成功は失敗の積み重ねの上にあると述べています。
その言葉を聞いたとき、
Gさんの中で何かがほどけていきました。
「そんなものかもしれない」
■ 「打席」数を増やすという選択
このとき、Gさんはやり続けることを決めます。
まだ打席1,2度立っただけ。
ヒットが出ないのは当然のこと。
まずは打席に立つ数を増やそう。
打率を高めるのは、そのあとに考えよう。
会社も、周囲も、すぐには変わりません。
それでも、一つだけ変わったことがあります。
それは、
「目指す水準は妥協せず、ゆっくりとでも続ける」
というGさんの姿勢でした。
■ 次に起きる変化の予兆
この小さな変化は、やがて思いもよらない形で 組織の空気を変えていくことになります。
今日の問い
Q:この3か月で、あなたはどれだけ「打席」に立ったでしょうか。
「失敗しない方法」を繰り返していると、仕事はつまらない作業になって行きます。
人が生き生きと働くのは、不確実な挑戦の中にいるときです。
あなたには、その機会がどれくらいあるでしょうか。
■続きの物語はこちらから
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