実践するドラッカー 実践編 第91話:資源は、いつ資源になるのか。──ある木工会社が見つけたイノベーションの条件④(全4話)
事例17-4 市場は、いつ機会になるのか。
本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。
Tさんたちが挑戦したウイスキー樽には、国内の蒸溜所から、次々と注文が入るようになっていました。
さらには、海外からも、
「日本のミズナラで樽を作ってほしい」
という依頼が届き始めます。
かつて、家具を作っていたTT木工社が、
世界の蒸溜所から樽づくりを求められるようになったのです。
いったい、何が起きていたのでしょうか。
その背景には、ジャパニーズ・ウイスキーを取り巻く大きな変化がありました。
日本のウイスキーが世界的に高く評価されるようになり、国内では新しい蒸溜所が次々と誕生していました。
かつて日本国内に
9か所しかなかった蒸溜所は、
113か所へと急増します。
一つの産業が、これまでにない速さで成長し始めていたのです。
蒸溜所が増えれば、当然、熟成に使う樽が必要になります。
しかも、ジャパニーズ・ウイスキーへの評価が高まるにつれ、
「日本のウイスキーを、日本の木で熟成させたい」
という声も強くなっていきました。
その中心にあったのが、ミズナラです。
白檀や伽羅を思わせる独特の香りを生み出すミズナラ樽は、世界のウイスキー愛好家から高く評価されています。
しかしその一方で、液漏れしやすく、加工の難しい木でもあります。
価値は高い。
けれど、作れる人が少ない。
まさにそこに、TT木工社の機会がありました。
ドラッカーは、
産業が急速に成長するとき、その構造そのものが大きく変わると述べています。
イノベーションの機会としての産業構造の変化は、次のようなときほぼ確実に起こる。
最も信頼でき、最も識別しやすい前兆は急速な成長である。この前兆はあらゆるケースに共通して見ることができる。ある産業が経済成長や人口増加を上回る速さで成長するとき、遅くとも規模が二倍になる前に、構造そのものがほぼ間違いなく劇的に変化する。
Tさんが見ていたのは、一つの蒸溜所ではありませんでした。
日本のウイスキー産業そのものが、大きく変わろうとしていることでした。
蒸溜所が増える。
樽の需要が増える。
ジャパニーズ・ウイスキーの価値が高まる。
日本の木で熟成させたいという声が生まれる。
それまで輸入品に頼っていた樽を、
国内で作る意味が急速に大きくなっていました。
だからTさんは、ただ樽を作ったのではありません。
急成長する産業の中に、
自社の強みが生きる場所を見つけたのです。
その結果、国内の蒸溜所から受注が相次ぐようになりました。
そして、その評価は国内だけにとどまりませんでした。
海外の蒸溜所からも、
「日本のミズナラで作った樽が欲しい」
という声が届くようになっていたからです。
かつては海外から輸入していた樽を、日本で作る。
そして今度は、その日本の樽を海外へ届ける。
流れは、完全に逆転していました。
けれど、
この成功はTT木工社だけのものではありませんでした。
樽づくりに必要なミズナラを育てる森。
木を伐り、運び、乾燥させる人。
ウイスキーを造る蒸溜所。
その土地を訪れる人。
地域の飲食店や宿泊施設。
一本の樽を中心に、
それまで別々に存在していた人や仕事が、
少しずつ産業としてつながり始めました。
Tさんは、そこで気づきます。
「私たちが作っていたのは、樽だけではなかった。」
樽を作ることによって、
森に価値が生まれる。
地域に仕事が生まれる。
蒸溜所に新しい選択肢が生まれる。
そして、日本のウイスキーに新しい物語が生まれる。
企業の中にあった木工技術が、市場の変化と結びついたことで、地域全体の価値へと広がっていったのです。
振り返れば、資源は最初からそこにありました。
森にはミズナラがありました。
TT木工社には、木を見る力がありました。
木を乾燥させ、曲げ、組み上げる技術がありました。
蒸溜所には、世界に評価される酒づくりの力がありました。
けれど、それぞれが離れたままでは、新しい価値は生まれませんでした。
ジャパニーズ・ウイスキー産業の急成長という変化が起きたとき、
それらを結びつける機会が生まれたのです。
第一話では、それまで使われなかった木が資源になりました。
第二話では、会社の強みが新しい機会を見つけました。
第三話では、長年蓄積した知識が顧客価値へと姿を変えました。
そして最後に、もう一つ分かったことがあります。
資源は、初めから資源として存在しているのではありません。
市場の変化を捉え、
自らの強みと結びつけ、
顧客の価値へ変えたとき、
初めて資源になるのです。
TT木工社の成功は、偶然ではありませんでした。
急速に成長する産業の変化を見つめ、
自分たちだからこそできることを考え、
長年磨いてきた知識と地域にあるものを結びつけた。
その結果として、
国内から次々と注文が入り、
海外からも求められる事業が生まれたのです。
市場の変化が、会社の強みを事業に変えました。
そして、その事業が、地域を資源に変えていったのです。
【今日の問い】
Q:いま急速に成長している産業や市場の中に、あなたの会社の強みが生きる新たな場所があるとすればどこですか?
急速に成長する産業では、顧客の数が増えるだけではありません。
これまでになかった仕事が生まれます。
不足するものが現れます。
新しい顧客の要望が生まれます。
そして、それまで当然だった産業の仕組みそのものが変わります。
大切なのは、成長している市場へ無理に参入することではありません。
その変化の中で、自社が長年磨いてきた知識や技術が、どのような価値を生み出せるかを考えることです。
機会は、自社の強みとは無関係な遠い場所にあるのではありません。
市場の変化と、自社の強みが交わるところにあります。
~おわりに~
四回にわたって追いかけてきた問いがあります。
木は、いつ資源になるのか。
強みは、いつ資源になるのか。
知識は、いつ価値になるのか。
市場は、いつ機会になるのか。
その答えは、一つでした。
資源は、山の中に眠っているものではありません。
会社の中にある技術でもありません。
市場の変化を見つめ、
自らの強みと結びつけ、
顧客にとって新しい価値を生み出したとき、
初めて資源になります。
TT木工社が生み出したのは、一本の樽ではありませんでした。
「資源を見る目」だったのです。
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