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SNSに疲れた夜、自分の価値なんて証明しなくていいと知った

人はモノを買っているんじゃない。
自分の価値を証明するために、お金を払っている。

昨夜読んだメルマガのこの一文が、今も頭の中に残っています。

正直に言うと、私はまだ何も成し遂げていません。
ビジネスでも副業でも、まだ1円も稼いでいない状態です。
これから挑戦する、それだけの立場です。

そんな私にとって、この言葉は少し重く、同時に目をそらせない言葉でした。

高い買い物をした経験、少し背伸びした選択、誰かに話したくなった出来事。

それらは本当に、心から必要だったのでしょうか。

もし誰にも見られなかったら、それでも同じ選択をしますか。

メルマガを読みながら、私はこの問いを自分に向けていました。
すぐに答えは出ません。

けれど、考えずに通り過ぎることだけは、できない気がしたんです。
だから今、こうして言葉にしています。




【第1部】30万円のホテルに感じた小さな違和感

メルマガの中で紹介されていたのは、とてもシンプルな話でした。

ある人が、東京にあるブルガリホテルの予約画面をSNSに投稿していたという話です。

料金は1泊30万円。

「いつも頑張っている自分へのご褒美」、そんな言葉が添えられていたそうです。

この話を読んだとき、私はなぜか胸の奥に小さな引っかかりを覚えました。
高級ホテルに泊まること自体を、否定したわけではありません。

なぜ泊まるだけで終わらないんだろう。

著者は、そう問いを置いていました。

確かに、自分へのご褒美なら、誰にも言わずに静かに楽しめばいいはずです。それなのに、なぜ予約画面を撮るのか、なぜSNSに載せるのか。

ここで著者は、視点を少し変えます。

仮に30万円を使えるとしたら、1泊30万円のホテルに泊まるか、1回5万円のフレンチを6回食べるか。体験の量だけで考えれば、後者のほうが満足感は高いかもしれません。

それでも多くの人は、前者を選びます。

人は体験を買っているようで、実は価値の証明を買っているんです。

この一文を読んだとき、私は言葉を失いました。
なぜなら、まだ稼いでもいない私でも、思い当たる節があったからです。

少し無理をした買い物、わざわざ写真に撮った出来事、反応を待ってしまった時間。

価値の証明は、他人を前提にした行為なんです。

この言葉が、静かに残りました。

私はこれまで、「好きだから」「欲しかったから」と説明してきました。
けれど実際は、認められたい気持ちが混ざっていたのかもしれません。

30万円のホテルの話は、遠い世界の出来事ではありませんでした。
まだ何者でもない私の中にも、同じ構造が確かにあった。

あなたはどうでしょうか。
最近の選択を思い返したとき、そこに誰かの視線はありませんでしたか?

すぐに答えが出なくても大丈夫です。
私も、まだ考えている途中です。

ただ、この問いを持ったまま、前に進みたいと思っています。



【第2部】価値の証明は、静かな感情から始まっていた

メルマガを読み進めていくうちに、私は少しだけ息が詰まるような感覚を覚えました。話の内容が、ゆっくりと、けれど確実に、私自身の内側に近づいてきたからです。

最初は、どこか他人事として読んでいました。
高級ホテルや高額な体験の話は、まだ稼いでもいない私には遠い世界の出来事だと思っていたんです。

けれど、ある一文を読んだ瞬間、その距離が一気に縮まりました。

価値の証明をしたい気持ちは、誰の中にもある。

この言葉を目で追ったとき、胸の奥で小さく何かが揺れました。

自分は違う。
そう思い込んでいた前提が、音もなく崩れていった感覚です。

私はこれまで、価値の証明という行為を、見栄を張る人や派手な人、SNSで目立ちたい人のものだと切り分けていました。
自分はその外側にいる、そう信じていたんです。

けれど、読み進めるほどに、その考えが浅かったことに気づかされました。

著者は、こう続けていました。

人は本質的に、孤独で寂しがり屋なんです。

この一文は、不思議なほど抵抗なく胸に入りました。

誰かと話していても、笑っていても、ふと感じる小さな距離感。
その隙間を埋めたくて、人は何かを求める。
その行為自体は、とても人間らしいものだと、著者は語っていました。

さらに著者は、自分自身の過去についても触れていました。
明るく見える性格で、悩みなんてなさそうだと言われる立場でありながら、誰にも言えない闇を抱えていたこと。

自殺未遂をした過去があることも、淡々と書かれていました。

誰にも言えない孤独に、耐えきれなくなる瞬間があるんです。

この一文を読んだとき、私は思わず画面から目を離しました。
軽く受け止められる言葉ではなかったし、簡単に理解したとも言えません。
ただ、胸の奥が静かに重くなったんです。

その後、著者は自分が価値の証明をしていた具体例を挙げていました。

カルティエの婚約指輪、
リッツカールトン東京のスイートルーム、
チャペルを貸し切ってのプロポーズ。
どれも特別で、きれいな思い出として語られています。

けれど、そこで著者は一度立ち止まります。

彼女のため、という言い訳を用意して、自分を守っていたのかもしれません。

この一文を読んだ瞬間、背中を軽く叩かれたような気がしました。

良いことをしている、正しい理由がある、そう思いながら、本当の動機から目を逸らしてしまう。

それは特別な人だけの話ではなく、誰にでも起こり得ることなんだと、そのとき初めて腑に落ちました。

著者は、価値の証明そのものを否定していません。
ただ、ひとつだけ、はっきりと線を引いていました。

自覚しているかどうかが、すごく大事なんです。

この言葉を読んだとき、私は少しだけ安心しました。

価値の証明をしたい気持ちがあること自体は、否定しなくていい。
ただ、無自覚なままでいると、知らないうちに振り回されてしまう。
その違いなんだと、今は思えます。

まだ稼いでもいない私が、こんなことを考えるのは少し早いのかもしれません。けれど、これから挑戦する立場だからこそ、先に知っておきたい話だとも感じています。

あなたはどうでしょうか。
これまでの選択を振り返ったとき、説明しきれない感情が残っていませんでしたか?

私は今、その感情から目を逸らさず、ちゃんと見てみたいと思ってます。



【第3部】価値の証明が、気づかないうちに目的になるとき

メルマガを読み終えたあとも、しばらく画面を閉じられずにいました。
読み切ったはずなのに、頭の中が静かにならなかったからです。

納得した気持ちと、どこか引っかかる感覚が、同時に残っていました。
価値の証明をしたい気持ちは、誰の中にもある。
そこまでは、もう疑いようがありません。

ただ、その先に書かれていた話が、私の中で何度も反芻されていました。

問題は、価値の証明が目的になった瞬間です。

この一文を読んだとき、背中が少し伸びるような感覚がありました。
目的と手段が、入れ替わる瞬間。
それは、どんな場面でも危うさを含んでいます。

著者は、ここで視点を一段深く掘り下げていました。
価値の証明は、最初から派手なものとして始まるわけではない。
むしろ、とても静かな感情から生まれる。

誰かに認められたい。安心したい。
自分はここにいていいと感じたい。

そうした気持ちは、誰にでもあるものです。
私自身も、これまで何度も感じてきました。

ただ、あるところから、その感情が少しずつ形を変えていく。
著者は、その変化を丁寧に言葉にしていました。

承認されないと、不安になる。
反応がないと、焦り始める。
もっと強い証明を探し始める。

この流れを読んだとき、私は自分の行動を思い返していました。
SNSに投稿したあと、無意識に反応を確認してしまうこと。
数字が伸びないと、理由を探してしまうこと。

まだ何も稼いでいない私でさえ、こうした感情を持つんです。
もし、価値の証明が日常になってしまったら。
そう考えると、少しだけ息が詰まりました。

著者は、ここで重要な指摘をしていました。
価値の証明に使われるものは、だんだん強くなっていくという話です。

  • 最初は、小さな成果。

  • 次は、わかりやすい実績。

  • その次は、金額や肩書き。

  • 最後は、自分の人生そのもの。

証明し続けないと、自分の価値が消える気がする。

この感覚が、いちばん危険だと、著者は書いていました。
なぜなら、それには終わりがないからです。

誰かより上でいなければならない。
誰かよりすごく見えなければならない。
誰かに選ばれ続けなければならない。

比較の軸に立った瞬間、安心は長く続きません。
次の証明を探し続けるしかなくなる。
満たされるために始めた行為が、満たされなさを生み続ける構造。

その言葉を読みながら、私は少し怖くなりました。
今はまだ、引き返せる場所にいる気がしたからです。

価値の証明を生き方にすると、人生が落ち着かなくなる。

この一文は、派手ではありません。
けれど、静かで、現実味のある警告だと感じました。

著者は、だからこそ自覚が必要だと言っていました。
今、自分は何を求めて行動しているのか。
安心なのか、承認なのか。
それとも、本当にやりたいことなのか。

正直に言うと、私の中ではまだ混ざっています。
どれか一つだと、言い切れません。

ただ、無自覚なまま進むより、立ち止まって考えたい。
今の私は、そう思っています。

あなたはどうでしょうか。
最近、少しだけ焦っていた理由を、言葉にできますか。

私は今、その問いを胸の中で転がしながら、次の一歩を考えています。



【第4部】価値を証明しなくても、前に進める気がした理由

読み終えたあと、私はすぐに次のことを始められませんでした。
画面を閉じたまま、少しだけ座っていました。

何かを決めたわけでも、はっきりした答えが出たわけでもありません。
ただ、胸の奥が少し静かになっていたんです。

ここまで読み進めてきて、私の中に残った感覚があります。

価値を証明し続けなくても、人は前に進めるのかもしれない。
そんな予感でした。

著者は、最後にこんな視点を差し出していました。

価値の証明をやめることは、何もしないことではない。
自分の軸で選び直す、という行為だ。

この言葉を読んだ瞬間、肩に入っていた力が少し抜けました。

価値を証明しない生き方と聞くと、逃げや諦めのように感じていたからです。でも、そうではなかった。

誰かに見せるために選ぶことをやめる。
誰かと比べる前提を、一度脇に置く。
そのうえで、自分は何を選びたいのかを考える。

それは、とても主体的な行動なんだと気づいたんです。

私は、まだ何も成し遂げていません。
収入も成果も、自信を持って語れるものはない。
それでも、今この瞬間にできることはあります。

小さな選択を、自分の感覚で決めること。
今日やることを、焦りではなく納得で選ぶこと。
反応や評価よりも、手触りを大事にすること。

著者が語っていたのは、成功への近道ではありませんでした。
むしろ、遠回りに見える姿勢だったと思います。

それでも、その遠回りが、人をすり減らさずに前へ運ぶ。
私はそう感じました。

価値を証明したくなる瞬間は、これからもきっと訪れます。
不安になる日も、比べたくなる夜もあるはずです。
その気持ち自体を、無理に消す必要はない。

大切なのは、気づけるかどうか。
今、自分は何を守ろうとしているのか。
それは本当に、自分を楽にしているのか。

もし、この記事をここまで読んでくれたなら。
今日は1つだけ、小さな問いを持ち帰ってほしいんです。

今の行動は、証明のためか。
それとも、自分の納得のためか。

答えがすぐに出なくても大丈夫です。
問いを抱えたままでも、人は前に進めます。
私は、そう信じて一歩を踏み出してみようと思っています。

あなたなら、どこから試してみますか?




最後までお読みいただき、
ありがとうございました。


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