王神愁位伝 第4章【葬華なる銀昏架】 第20話 ヒナギクの心臓
第20話 ヒナギクの心臓
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王神愁位伝 設定資料集【ココロのノート】

"おかえり。この地の子供たち。"
その声が響いた瞬間、一行の動きが止まった。
「え・・・・しゃ、喋った?いや、口動いてない?!え、いや、あれ、そもそも人?いや、木?えっと・・・?」
琥樹はあまりの不可解さに恐怖を覚え、思わず近くにいた小さな”銀の狼”を強く抱きしめる。
「キャン!」
「うわぁぁぁぁああ!い、いつのまに俺の腕に!?」
「あんさんが抱きしめたんやろ・・・」
狼狽える琥樹に、隣にいた洋一が呆れ顔で言い放った。一同が困惑する中、タイヤン軍隊長の玲王が静かに前に出る。
「貴方が・・・羅皇の墓守か。」
真正面に立つ玲王に、ヒナギクは変わらぬ慈愛の笑みを向けた。
"君は・・・タイヤン軍の軍隊長だね。"
「私・・・いや、俺を知ってるのか?」
"私たち羅皇は、記憶の管理人。この世の全てを把握することが、生きる意味なんだ。"
優しく諭すヒナギクに、ココロが覚悟を決め口を開いた。
「ヒナギクさん。”銀の狼” たちを連れて帰りました。それと・・・」
地方庁での虐殺、そして亡くなった狼たちのこと——。どう伝えればいいのかココロが躊躇っていると、ヒナギクはすべてを見透かしたように微笑んだ。
"・・・君は、優しい子だ。"
「え?」
"伝えた時、それが事実であっても、相手が悲しい気持ちになることを躊躇っているんだろう?優しく、温かい子だね。"
「そ、そんなことは・・・」
その言葉に、ココロはどこか、心の奥にむずかゆさを覚えた。
ヒナギクは、近づいてきた銀の狼たちの体を、愛おしげに撫でながら続けた。
"この子たちは、苦しんできたんだね。狩られる恐怖に耐え、狩られた子たちは重労働と言う名の拷問に、最後は命を蝕まれる。そして死してなお、武器という、生物を傷つけんとする凶器に閉じ込められて・・・。"
悲しみの表情を狼たちに向けるヒナギク。
「あんさん、知ってたんか?」
ココロから調査依頼の話を聞いていた洋一は、すべてを把握しているヒナギクに問いかける。すると、一匹の小さな銀の狼がヒナギクに寄り添った。
"この小さな狼が、いち早く私に記憶を分けてくれたんだ。"
「・・・記憶を、分ける?」
"通常、羅皇として生きる者には、絶えずこの世界のあらゆる記憶が流れ込んでくる。羅皇の当主以外はその奔流に耐えきれず、身体から溢れた記憶をこの地に解放していく。この生い茂る植物たちは、その記憶の媒体であり、私たち羅皇の生きた証・・・。しかし、今の私には、その記憶を受け取る力すら残っていない。だから、この小さな子が一生懸命、私に記憶を分けてくれているんだ。記憶を受け取ることは、生きる力を与えられることと同じ。何故か、この子のから貰う記憶は受けとれてね。おかげで、私はまだ生き長らえているのだよ。——しかし何故、これほどまでに私に懐いているのか・・・。"
「キャン!」
今まで公表されてこなかった羅皇の実態を聞いて、一同驚く中、小さな狼は、ヒナギクに撫でられ嬉しそうに尻尾を振る。
"一先ず、ありがとう。君たちのお陰で、狼たちを取り戻すことが出来た。"
そう話すヒナギクに、鋭い視線を向けていた紫戯が口を開いた。
「それにしては、浮かねえ顔のままじゃねえか。」
その言葉に、ヒナギクは紫戯に瞳を向けた。その一瞬、驚きに目を見開いたが、すぐに何かを察したのか、穏やかな表情に戻す。
"・・・・この件、解決してくれた君たちに、私の心臓を渡したいが・・・"
「まだ、何か気になるの?」
幸十が話すと、ヒナギクは申し訳なさそうに頷いた。
"すまないね。消えた記憶の中に、もっと・・・何というか、私が記憶を手放すことになった 何か があるはずなんだ。この子たちを守るためだったのだろうと推測はできるが、もっと、根本的な・・・"
ヒナギクの悲痛な独白に、誰も言葉を返せない。
"こんな・・・動けない私の身体は使い物にならなくてね。しかし、私の心が叫んでいるんだよ。早く思い出せって。"
「他の・・・記憶?」
ココロが思考を巡らせようとした瞬間、幸十がヒナギクに近づいた。そして、ヒナギクの体を縛り付けている、錆びついた鎖にそっと触れた。
"——?"
「これ、痛い?」
その瞬間——
"ピカァァァァァァァァア!"
「っ!」
「な!」
「ま、眩し・・・」
強烈な閃光が辺りを包み込んだ。 あまりの眩しさに全員が目を覆う。数秒後、光が収まると同時に、一同は我が目を疑った。
「・・・!?」
"ピクッ・・・"
"これは・・・"
ヒナギクも、驚きを隠せないようだ。それもそのはず。
錆びついた鎖は跡形もなく消え失せ、身動き出来ずにいたヒナギクの身体から、呪縛が解き放たれていた。
「え」
「さ、サチ。あんさん・・・何したんや?」
「ど、どうなってんだ?」
ヒナギク含め、戸惑う全員に、幸十も頭を傾げた。
「わからない。」
そんな幸十を、ヒナギクは驚いた表情で見つめ、無意識に呟いた。
"やはり・・・あなた様は・・・"
だが、その奇跡の余韻に浸る時間はなかった。
"ピクッ"
玲王と紫戯が同時に殺気を察知し、神経を研ぎ澄ませた、その瞬間——。
"・・・・ドドドドドドドドド!!!"
「!?」
「・・・っ!セカンド、風の解放!!!」
"ダァァァァァァァァァァアン!!!"
凄まじい地響きと共に、羅皇の地が、繭のような球体ごと大きく歪み始めた。玲王のとっさの判断で、全員が風に乗って飛び立つ。
「うわっ!!」
「きゃぁあ!!」
「由空!!!」
「な、ななな何?!?!マダム?!またマダムなの?!」
「ぜ、全員、コウモリの翼を・・・っ!!」
直後、地面が爆発したかのように地割れし、羅皇の地を覆っていた植物たちが悲鳴を上げて引き裂かれた。砂埃が舞い上がり、視界を塞ぐ。
紫戯は何かを感じ取り、広げたコウモリの翼から、煙の奥——先程までヒナギクがいた場所へ、容赦なく麻痺針を放った。
「し、紫戯?!あんさん、どこ狙っとるんや!」
ヒナギクを狙ったかのような攻撃に、洋一が驚愕の声を上げる。しかし、煙の中に立ち上る不気味な影に向けて、紫戯は迷いなく突っ込んだ。
「さ、幸十!!紫戯はセカンドが使えない状態なんだ!援護してくれ!」
"コクリ"
「セカンド、解放。」
ココロの言葉に、幸十はセカンドを解放し、紫戯の後を追う。
"ブァァァァァァアン!!!"
だが、凄まじい衝撃波が二人を襲い、近づくことすら許されず弾き飛ばされた。その様子に、玲王は由空を抱え直すと、歯車型の武器を構える。
「第三血響 絶対演算・連鎖渦漸車!!!」
歯車を重ねたような特徴的武器が、大型の扇風機のように砂埃や波動を押し返していく。
そして、視界が開けた瞬間、一同はその場に凍りついた。
「やぁ~♪太陽族のみなさーん!んん~、みんないい表情~!」
「!?」
そこにいたのは、白いマントに、紺の隊服を着て、胸元には月のバッチ、そして・・・不気味にも輝く鳥の仮面をつけた人物。
月族・天神、オルカの姿だった。
「キャン!!キャン!キャン!」
「ひ、ヒナギクさん!!!」
小さな銀の狼の悲痛な叫びが響く。他の銀の狼たちは、先ほどの地割れにより、遠くに押し出されていく中、不気味なほど真っ赤な極太の矢が、ヒナギクの心臓部を貫く。そして、貫いた矢の先端には、鮮やかな実のようなものが刺さっていた。
(あれは・・・ヒナギクさんの、心臓か!?)
ココロが息を呑んでいると、玲王の視線がオルカを捉えた。
「鳥仮面の・・・野郎!!」
玲王の瞳が憎悪に染まり、限界まで見開かれる。
「玲王・・・っ!ま、待ってください、あれ!!!」
心配そうに玲王を見つめていた由空が、何かに気づき顔を真っ青にする。
彼女の視線の先。 真っ赤な刃物のようなものが無数に現れ、そのすべてが、一同に向けられていた。
「う、うううそでしょ?!あ、あああれ、刺されたら死んじゃう気しかしないんだけど!!」
あまりの恐怖に、近くにいた小さな銀の狼——ワンコを抱きしめ泣き叫ぶ琥樹。その隣で、セカンドを解放させた拝理は、瞳に冷や汗を垂らした。
(・・・今までに感じたことのない威圧感、痺れる身体・・・あれは・・・)
「月族の・・・天神か。」
拝理が呟くと、鳥仮面の奥から、不気味な笑い声が漏れた。
「待っていたよ~!ヒナギクが解放されて、心臓を掘り起こすこの時を!!!」
"な、何・・・を・・・"
ヒナギクは朦朧とする意識の中、オルカに虚ろげな視線を向ける。
(幸十が言っていた、月族の天神・・・!っ、なんて異様な威圧感なんだ!)
意思とは無関係に、身体が震え始めるココロが必死に思考を巡らせている、その刹那。
"シュン!!"
"タッタッタ!!"
紫戯と幸十が間髪入れず、オルカに襲いかかる。
しかし、オルカは避ける気配すら見せず、ゆっくりと手を挙げると、子供のように楽しげに指を鳴らした。
"パチン!!"
「っ!!」
「——?」
突然、辺りが暗くなる。
いや、暗くなると言っても、空から光は溢れてきている。
宙に浮く最中、ココロが空に瞳を移すと——
「なっ!!つ、月?!?」
「まさか、ここ・・・」
空を見上げると、そこには異様なほど大きく、輝く月。そして、新緑の香りが鼻を刺激する。
と同時に、目の前に突如と現れた三つの塔。
植物で作られた、まるで鳥の巣のような特徴的な形。
二つの塔に囲まれた、中央に聳え立つ大きな塔には、孤独に咲く雛菊の花。
その景色に、幸十は思わず口を開いた。
「あ、戻ってきた。」

