王神愁位伝 第4章【葬華なる銀昏架】 第15話 消えたコウモリたちの行方
第15話 消えたコウモリたちの行方
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"ふみふみ・・・ふみ"
心地よい弾力が、頬を優しく押してくる。
『・・・んん・・・何か・・・何か柔らかいものに踏まれて・・・る?』
"ふみふみ・・・"
『・・・ふぁぁ。最高に気持ちいいなぁ。タイヤン地方に来てから、四六時中しーくんに殺されかけてたからな・・・むにゃむにゃ。』
"ふみふみふみ、ふみふみふみふみ・・・っ!"
『ちょっ・・・!しつこいぞ!洋一さんとミドリさんが合流してから、こっちはもっとコキ使われてクタクタなんだよ・・・!せっかくの昼寝を邪魔しないでよ・・・!』
"ふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみふみ・・・っ!"
"ガバッ!"
『ぁぁぁあ!もう!なんなんだ・・・って、うわぁぁぁぁあ!ぎ、銀の狼?!ひゃ!?た、食べられちゃう!!!に、にげ・・・』
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「クソが!いい加減に起きろ!!!!」
"ドカァァアン!!"
「うげっ!!?」
"ドシッ"
琥樹は、凄まじい衝撃と共に意識を現実に引き戻された。 ”銀の狼” に襲われる悪夢からは覚めたものの、目の前は一寸先も見えない漆黒。何が現実なのか整理がつかない中、壁に蹴り飛ばされた背中の痛みだけが、生々しく ”今” を伝えてくる。
「いてて・・・?あ、あれ?こ、ここ、どこ?」
暗闇の中で、恐る恐る手探りで辺りを探っていると——
"カチッ"
小さな灯火が揺れた。
「おい。」
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!」
目の前に、紫戯の整った顔が現れた。
「・・・っ一々、うるせえんだよ。鼓膜が腐る。」
「い、いてて・・・。あ、しーくんか。良かった・・・。銀の狼かと思ったよ。」
紫戯は自身の ”太陽のブローチ” で微かな明かりを灯しながら、苛立ちを隠さずに辺りを見渡した。
"ゲシッ"
「おい、お前らもいつまで寝てんだ。起きろ。」
紫戯は近くに転がっている洋一とミドリを、容赦なく足蹴にして起こし始める。
「んん・・・。なによ・・・」
「ふぁぁぁああ。えらいよう寝た気がするわ・・・って、あれ。ここ、どこや?」
洋一とミドリも重いまぶたを擦りながら起きるが、状況が飲み込めていないのは同じだった。
「・・・知るかよ。」
紫戯は不機嫌そのものの顔で、自分たちを囲む石壁を睨みつける。 光の一筋さえ差し込まない、窓ひとつない檻の中。目の前の鉄格子が、何とも冷たい現状を叩きつける。ここが太陽族の領地なのか、それとも別の奈落なのか。見当もつかない。
「そういえば俺たち、何・・・してたんだっけ?」
琥樹が記憶を辿り始めると、ミドリが頭をさすりながら声を絞り出した。
「えーっと・・・タイヤン地方庁まで、来たんじゃなかったかしら。境界付近で、紫戯と琥樹に合流して・・・。マダムの猛攻を凌いで・・・銀の狼の群れを追って、地方庁に着いた。・・・そこまでは覚えてるわ。でも、そこから先が・・・」
「そうや、そう! タイヤンの地方庁が見えてきたー、っちゅうところで、何や、記憶がプツッと切れとるな。」
「え、な、なななな何?!お、おお俺たち、何かに捕まったの?え、ここ何処?た、たた太陽族領地では、あるよね?」
「・・・・・・。」
ミドリと洋一が思い出しながら話し、琥樹がパニック気味に聞くも、誰も確信が持てず黙った。
「やだ!何ここ!!何か陰気臭いよ!!マダムが現れそうだし!」
「琥樹は、マダムにようさん好かれとるからな。」
「え、そうなの?近寄らないでもらえる?」
「違うよ!!そんな嫌そうな目で見ないでよ!!ここ来てから、皆んな俺の扱い酷いよ!!さっちゃんに会いたい!!」
洋一とミドリ、琥樹が騒いでいると・・・
「うるせえな。理由なんて後だ。とにかく、この檻をぶち抜けば済む話だろ。」
「え、まさかの力業?」
そう言って、紫戯がセカンドを解放しようと意識を研ぎ澄ませた。
「セカンド、雷の解放・・・」
——が。
"シーーーーーン"
「・・・・・。」
「・・・?紫戯?どうした?」
いつまで経っても電光が走らないことに、洋一が不審げに声をかける。 紫戯は眉間に深い溝を刻み、自分の手のひらを凝視していた。
「・・・セカンドが、解放できねぇ。」
「「「え」」」
「は・・・う、嘘でしょ!?」
琥樹も、自身の琥珀色のイヤリングに手をかけるも——
"シーーーン"
「・・・ほ、本当だ・・・」
何も起きない。 指先から、魂の奥底から、溢れ出すはずの力が根こそぎ消えている。 全員の顔から、一気に血の気が引いた。
「え、ちょっと待ってよ!俺からセカンドの力抜かしたら、ただのポンコツだからね?!え、ちょっと!プライマル相手でも負ける自信あるよ?!え、どうしよう!嘘でしょ?!しかも、”コウモリの翼” もないんだけど!!また?!?!」
「安心しなさい、琥樹。あんたは力が有ろうが無かろうが、いつだってポンコツよ。」
「それ、全然慰めになってないんだけど!」
パニックに陥る琥樹をミドリが冷ややかに一蹴していると、紫戯は腕元にある違和感に気づいた。
「これは・・・」
「・・・?どした?」
手首をじっと見つめる紫戯の異変に気づき、洋一が歩み寄る。その顔も、すぐに苦々しく歪んだ。
「何や?この赤い腕輪。琥樹にも・・・ついてんな。」
セカンドの二人、紫戯と琥樹の手首に嵌められた分厚い赤い腕輪。紫戯がそれを力任せに引き剥がそうとした、その時。
"バチッ!"
「くっ・・・!」
激しい衝撃が走り、紫戯の手が弾かれる。その光景を見て、琥樹の顔から一気に血の気が引いた。
「え、えええ!?と、取れないの?!」
琥樹も外そうとするも、同じく簡単に取れそうもない。
「うーーん。それ、無理に取ったら、腕ごといっちゃったりして。」
「や、ややややややめてよ?!!怖いこと言うの!!!」
ミドリの不穏な予測に、琥樹は半泣きで震え上がる。
(・・・何や?俺とミドリには、腕輪はない。っちゅうことは、この腕輪が2人のセカンド解放を阻害しとることは確実や。)
この異様な状態に、洋一が考えていると——
「・・・っ。」
紫戯が鋭い視線を檻の外、暗闇の深淵へと向けた。
「どうしたの?」
ミドリの問いに、紫戯はただ短く手を上げる。
「来る。」
その瞬間——
「グァァァァァアアア!!」
"ガッシャーーーン!!!"
「ひっ!!」
「な!!」
「きゃ!!!」
突如として、巨大な “銀の狼” が鉄格子の向こうから牙を剥いた。 現れた狼は紫戯たちの数倍はあろうかという巨体。もしこの鉄格子がなければ、一飲みで肉塊に変えられていたに違いない。
琥樹、洋一、ミドリの三人が恐怖で硬直する中、狼は狂ったように鉄格子を噛み砕き始めた。不快な金属音が響き、あと数秒もすればその強靭な顎が檻の内側へと到達する。
「え、え、どうしよう!も、もう入ってきちゃう!!」
絶叫する琥樹の横で、紫戯は冷徹に辺りを見回した。そして、狼が噛み砕いて床に転がった鉄格子の残骸を、迷わず掴み取る。
"ガシッ!"
そして、手にした鉄格子の残骸を持ち、暴れる”銀の狼”に向かって容赦なく振り下ろした。
"バシーーーーーン!!"
「キャウン・・・!!!」
火花と噴煙が舞い、洋一たちが息を呑んで見守る。そこには、衝撃で粉々になった鉄の残骸と、それを見下ろす紫戯、そして沈黙した巨狼の姿があった。
「・・・し、しーくーん!!!あ、ありがとう・・・ご、ごわがっだよぉぉぉぉぉお!」
腰を抜かした琥樹が紫戯の足元にしがみつく。
「チッ、こんな鉄格子、武器にもなりゃしねえ。・・・おい、邪魔だ。踏みつぶすぞ。」
「ご、ごめんひゃい。」
とりあえずの脅威は去った。鉄格子は破壊され、外に出る隙間ができている。洋一が恐る恐る外の様子を伺おうと顔を出した、その瞬間。
"ドドドドドドドドド・・・"
「え」
「な、何!!何の音???!!!」
不気味な足音。それが一つや二つではないことは、誰の耳にも明らかだった。
暗闇の奥から無数の銀の狼が、瞳をぎらつかせて勢いよく向かってくる。
「・・・不愉快極まりねえ。」
紫戯は忌々しげに吐き捨てると、手近な鉄格子の破片をいくつか拾い、檻の外へと踏み出した。
「おい! アイツらの餌になりたくなきゃ、死ぬ気で走れ!」
「え、え、待って!しーくん!」
「琥樹!あんさんも、いくつか武器になりそうなもの、持ちや!」
「え、無理!セカンド使わないで戦うなんて、無理!!」
「本当、ぽんこつ。」
出口の見えない暗闇、迫り来る狼の群れ。 何処かも分からぬ絶望の淵で、力なき四人の決死の脱走劇が幕を開けた。
