王神愁位伝 第4章【葬華なる銀昏架】 第16話 緑色の粉
第16話 緑色の粉
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"ガルルル・・・・ギャンギャンギャン!!!!"
背後で、石床を削る爪の音が響く。
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁああ!!!」
「っるさい!!琥樹の叫び声で耳が死ぬわよ!!」
「無理無理無理無理!!!あんな殺る気満々の顔に追いかけられて、なんで冷静でいられるの!!! 食べられる、夢の中みたいに頭からムシャ・・・っ」
"ギランッ"
紫戯の、獲物を射抜くような鋭い視線が琥樹を黙らせた。
「黙らねぇと、あいつらの餌にするぞ。」
「・・・っひ。だまりまふ。」
逃げ惑う四人の足音と、飢えた ”銀の狼” たちの荒い鼻息が入り混じる。 目が覚めれば、見覚えのない檻の中。そこから始まったこの ”死の追いかけっこ” は、絶望の一途を辿っていた。本来ならセカンドの力で一蹴できるはずが、手首に食い込む謎の赤い腕輪のせいで、紫戯も琥樹もただの無力な獲物に成り下がっている。
「あいつら、なんであんなに怒っとるんや?」
洋一が走りながら肩越しに振り返ると、そこには怒気で瞳を血走らせた ”銀の銀” の群れ。
「——っくそが。外れねぇなら、もう腕切ったほうが早ぇか。」
「ちょ、ちょっと!!!なに腕切ろうとしてんの!!頭おかしいでしょ!」
紫戯の本気とも冗談ともつかない呟きに、琥樹がひっくり返った声を上げる。まさに混沌。
だがその時、先頭を走っていた紫戯が、唐突に足を止めた。
”ドンッ!”
「てて、え、し、しーくん?どうし・・・」
「・・・行き止まりだ。」
紫戯の言葉に、全員の顔から血の気が引いた。目の前には、冷徹なまでにそびえ立つ岩壁。
「行き止まりかいな!!」
「うそでしょ!!?ど、どうしよう!食べられちゃう!!」
背後からは狼たちの低い唸り声が迫る。退路はない。 しかし、紫戯だけは焦る様子もなく、射抜くような視線で足元の石床を凝視していた。
「どうしたもんか!狼たち来てまう!」
洋一の叫びと重なるように、紫戯がその一点を思い切り踏み抜いた。
"ドォオン!!"
「・・・?な、何してるの?!」
ミドリが悲鳴を上げる。だが次の瞬間、彼女の瞳は驚愕に見開かれた。
「・・・こ、これは・・・」
鈍い音を立てて床の一部が崩れ、そこには奈落へ続くような暗い階段が姿を現したのだ。
「行くぞ。」
「え」
紫戯は、一瞬の迷いなく暗闇へと飛び込む。
「嘘でしょ?!そこ行く?!」
「ちょっと、待ってよ!そんな危ないところ、行きたくないわよ!!違う道を・・・!!」
「しゃーない!何事も冒険や!行くで!!」
猛反対するミドリと腰が抜けた琥樹を、洋一が強引に押し込む。
"ギャンッ! ガルルル・・・・アオーーーーン!!!"
すぐ背後で、狼の生臭い吐息が届いた気がしたが、ミドリが階段に滑り込み、間一髪、洋一が内側から石の蓋を閉める。
"ドドドドドドドドド・・・"
「・・・・・。」
頭上を通り過ぎていく、獣たちの無数の足音。 それが遠のくのを、四人は息を殺して待ち続けた。
静寂が戻ると、今度は別の恐怖が襲ってくる。光を失った地下へと続く階段。頼りになるのは、自分たちの ”太陽のブローチ” が放つ、心許ないほど小さな灯りだけだ。 先行する紫戯の背中を追い、一歩、また一歩と湿った階段を下りていく。やがて——暗闇の奥に、不自然な ”光” が揺れた。
「なんや?誰かおるんか?」
洋一が呟くと、紫戯が鋭く制止のジェスチャーを送る。
目を凝らし、耳を澄ます。
聞こえてくるのは、風の音ではない。
いくつもの叫び声、呻き声、そして人の言葉。それらがドロドロに溶け合い、地下特有の反響を伴って、神経を逆撫でするように響いていた。
"誰かいる"
確信が恐怖へと変わる。四人は心臓を爆音で打ち鳴らしながら、その ”
灯” の正体へと、ゆっくりと顔を向けた。
——すると
"カンカンカンカンカン!!!!"
"ズシャァァァァ"
石壁の向こうに広がっていたのは、異様な熱気と金属音が支配する ”地獄の工房” だった。
「これは・・・武器職人たちか?」
洋一が呆然と呟く。そこには、武器を作る職人たちの姿と、タイヤン地方特有の不気味な緑光を放つ武器が山積みにされていた。だが、彼らの目を釘付けにしたのは、その製造工程の ”凄惨さ” だった。
"パシーーーーン!!!"
「ちゃんと働けえ!馬鹿犬ども!!」
"キャンキャン!"
"クゥゥウン・・・"
「・・・っな!?」
鋭い鞭の音と共に、狼たちの悲鳴が上がる。 異様な輝きを放つ赤い鎖に繋がれ、ボロボロの体で資材を運ばされているのは、傷だらけの ”銀の狼” たち。滴る血は乾く暇もなく、浮き出た肋骨が彼らの過酷な境遇を物語っていた。
「何・・・してんの・・・これ・・・」
琥樹が声を震わせる。その目の前で、さらに残酷な光景が繰り広げられた。
"パシーーーーン!"
"キャウンッ・・・"
「なんだ、こいつもう立たないぞ。使えねえのか。おい!こいつ、ミキサーに放り込め!!!」
「!!」
動けなくなった一匹に対し、職人が吐き捨てる。
"ウゥィィィィイン!!"
巨大な刃が高速回転を始め、狼が無慈悲にその中へ投げ込まれた。
「やめっ——!」
"ガガガがガガガ!!!"
琥樹の叫びも虚しく、凄まじい破砕音が響き渡る。 つい先ほどまで息をしていた命が、一瞬で ”禁断の素材” へと成り果てていく。洋一とミドリはあまりの光景に、目を背けるのが精一杯だった。
「・・・不愉快極まりねえ。」
紫戯だけが、どす黒い怒りを瞳に宿し、歓声を上げる職人たちを睨みつけていた。 暫くして、ミキサーの出口から吐き出されたのは、禍々しい ”緑色の粉” 。
「おお?!今回は上質か!?」
「最近、質の悪い狼しかいねえからな!」
「まぁまぁじゃねぇか?」
職人たちはそれを宝物のようにバケツで掬い、再び武器の製造へと戻っていく。
「あの "緑色の粉" ・・・まさか・・・」
洋一が最悪の想像を口にしようとした、その時だった。
"ゥゥウゥウウウウーーーーー!!!"
「!」
鼓膜を突き刺すようなサイレンが鳴り響く。
「え、何!今度は何!!」
琥樹は洋一に抱きつき、怖がっていると——
"侵入者!侵入者!庁内の者たちは避難せよ!"
場内がパニックに包まれる。職人たちが我先にと逃げ出す中、紫戯の直感が跳ねた。
"ガシッ!!!"
「・・・っ!?」
”バァァァアン!!!”
頭上から迫る ”影” に対し、紫戯は傍らにあった鉄格子の破片を盾に飛び出す。
「・・・なっ!?誰や?!」
反動で砕け散る鉄格子。紫戯は舌打ち混じりに、背後の三人に鋭く叫ぶ。
「っ、そっちからも来るぞ!!!」
暗闇からもう一人の刺客が襲いかかる。 だが、紫戯の動きは神速だった。檻から持ってきた鉄格子を投げつけて牽制し、目の前の敵に重い蹴りを叩き込む。
"バシィィィィイン!!!!"
そのまま間髪入れずに、もう一人の頭部を鉄格子で豪快に殴り飛ばした。
「・・・っあ、痛そう。」
「琥樹!敵に同情しとる暇あったら、あんさんも戦わんかい!」
「え、俺、セカンドの力ないから、今ポンコツなんだけど?!」
洋一と琥樹が言い争っている時だった。
「第三血響・・・」
刺客の口から漏れた言葉に、全員の緊張が走る。
「・・・っな?!」
「け、血響!?血響使うの?!セカンドなの!?」
「飛沫一閃!!」
放たれた水の刃が空気を切り裂く。
「・・・っ、」
”グイッ!!!ガンガンガンガンガン!!!!”
紫戯は三人を背後に突き飛ばすと、ボロボロの鉄格子一本でその猛攻をすべて捌ききった。
「ほえ・・・すごいな、紫戯。ほんま、セカンドなくても強いやん。」
「本当、誰かと違って。」
「しーくんは、別格だからねっ!」
「ごちゃごちゃ、うっせえんだよ!」
紫戯はボロボロの鉄格子を投げ捨てると、腰につけた最後の一本を手にした。
(よりによってセカンド相手かよ、めんどくせぇ。)
黒いフードに身を包み、全く様相が見えない。
「”緑の武器” がここにあるってことは・・・タイヤン軍か?」
顔さえも見えず何者かも予想がつかず、混乱していく。洋一の呟きに、紫戯は端的に答えた。
「・・・さぁな。ただ一つ、こいつらは俺たちに攻撃をしかけた ”敵” ってことだ!」
"タッタッタッタッタ、ガァアン!!"
最後の鉄格子を手に、2人のセカンドを相手にし始める紫戯。
「いけー、紫戯!やっちゃえー!」
「そだー!やっちゃえー!」
「あんさん、セカンドの自覚あるんか・・・?」
戦う紫戯の背後に隠れ、様子を見る三人。
その時、敵の一人が隙を突いて、洋一たちへ狙いを定めた。
「第四血響、深水斬り!!!」
「っ!」
「え」
「あ、え、」
「こ、攻撃こっちにくるわよ!!」
紫戯がとっさに、地面に落ちた鉄格子の欠片を投げるも、止まらない攻撃。
「琥樹!どうにかしいや!」
「え、え、嘘でしょ?なんで俺の後ろに隠れるの!?」
「ポンコツでも、盾ぐらいにはなるでしょ!」
「え、ちょっと!酷いんだけど!!盾にするには俺、弱いよ!!弱いんだからぁぁぁぁぁあああ!!」
どんどん近づく攻撃に、琥樹はギュッと目を瞑った瞬間——。
"シュュュュウ~・・・"
「・・・?」
「か、風?」
どこからともなく風が発生し、向かってきた攻撃の軌道が外れ、運良く助かる三人。
「え、琥樹、セカンド使えるようになったんか?」
洋一が聞くも、琥樹は驚愕の表情で首を振っている。
"・・・~シュュュュュュュュユユユウ!!!!"
「え、ちょ、ちょっと待って!な、なななんか、風強くなってない!?!」
琥樹の言う通り、風は一瞬で暴風へと変わり、地下の空気をかき乱す。紫戯も敵も、たまらず近くの柱にしがみついた。
"ガガガガガガガガガガガガカ!!"
「ひぃぃぃい!死ぬ!飛ばされて、死んじゃう!!もうやだ!!!」
「しっかり掴まるんや!!」
凄まじい轟音。突如として現れた歯車型の武器たちが、暴風を刃へと化し、重厚な天井を紙細工のように切り裂いた。 瓦礫と共に天井が持ち上がり、そこから眩いばかりの陽光が差し込む。
「キャン!!」
「おい!あれ、お前らの仲間か?」
「・・・あ!い、いました!そうです!!洋一!!」
「・・・え、この声・・・」
その聞き慣れた声に、洋一が眩しさを堪えて顔を上げると——。
「え?!ココロ!?・・・っと、サチと、誰や??」
空中に浮遊していたのは、緑の隊服をなびかせるタイヤン軍隊長・玲王。 そしてその脇には、荷物のように抱えられたココロと幸十が、ひょっこりと顔を出していた。
