王神愁位伝 第4章【葬華なる銀昏架】 第17話 タイヤン地方庁と狂風
第17話 タイヤン地方庁と狂風
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王神愁位伝 設定資料集【ココロのノート】

——少し時間は遡る。
"シュュュュウ!!!"
「おい。約束通り、仲間を見つけ出したら ”王の写絵” 、絶対にくれるんだ・・・でしょうね?」
タイヤンの空を、目にも留まらぬ速さで駆け抜ける一筋の暴風。その中心にいるのは、タイヤン軍軍隊長・玲王だ。彼はココロと幸十を、まるで丸太でも運ぶかのように両脇に抱え、猛スピードで突き進んでいた。
(こっちが ”素” か・・・。)
ココロは強風に顔を歪めながら、内心で呆れ果てていた。 玲王に”太陽王の写絵” を見せた途端、あれほど不自然に丁寧だった彼の言葉遣いが霧散していた。最年少軍隊長という肩書きに相応しくない、年相応の青年の姿。それはそれでしっくりくるが、振り回される方はたまったものではない。
「・・・はい。渡しますから、急いでください。それと、俺たちに丁寧な言葉遣いしなくて大丈夫ですから。自然に話していただいた方が、やりやすいです。」
「・・・っな!!!べ、別に・・・」
写絵を手に入れるためならと、四の五の言わせず基地を飛び出してきた玲王。王の熱狂的な信者である彼は、ココロの懐にある写絵が気になって仕方ないらしく、道中ずっとソワソワと落ち着きがない。
タイヤン軍基地を出発する前、ココロは念のため、拝理と咲夜を基地に残し、幸十と共にこの ”人間竜巻” に身を任せることにしたのだった。
玲王の巻き起こす風は、自分たちの ”コウモリの翼” が子供騙しに見えるほどの速度を叩き出す。 一方、同じく担がれている幸十は、緊張感など微塵もない様子で、基地で由空からもらった果物をマイペースに齧っていた。
「幸十・・・よく酔わないな。」
「・・・?お腹空いてるからね。」
「キャン!」
「ワンコも食べたいの?」
「キャン!」
「・・・・・・・・・・・ほら。」
懐にいる小さな狼に、嫌々果物を分けてやっていると、玲王が鋭い声を上げた。
「見えて来たぞ。」
二人が顔を上げると、眼下に巨大なタイヤン地方庁が姿を現した。だが、その光景にココロは息を呑んだ。
「これは・・・」
「キャウン・・・」
庁舎の周囲を埋め尽くす、”銀の狼”の大群。圧倒的な数に上空からも威圧感がある。だが、ココロはある違和感に気づいた。
「でも、地方庁の外観はそこまで、ダメージを受けてなさそうですね。狼たちは・・・地方庁に入るのを、どこか躊躇っているような・・・?」
「躊躇う?」
「キャン!」
「・・・幸十、ワンコはなんて言ってる?」
「”入れない” って。」
「入れない?」
「キャウン・・・」
「”入ったら、強い強いやつらに掴まるか、殺されるから。強い狼たちが地方庁に入って、他の狼たちは待機してる”って。」
「強いやつら?セカンドもいない、地方庁に・・・?」
「グルルルルル・・・」
「”そいつらに連れてかれたら最期だって。死ぬよりも酷いことが待っている”って。」
「それはどういう・・・」
ワンコの言葉を幸十が翻訳するたび、不穏さが増していく。ココロが戸惑っていると、痺れを切らした玲王が鼻で笑った。
「もういいだろう。とりあえず、地方庁入るぞ。」
「え、ちょ、ちょっと待ってください!」
「こんなとこでゴタゴタ考えてたって、わかんないだろう。ほら、丁度あそこ、窓がある。」
玲王は迷うことなく、地方庁の最上階に近い窓を指差すと、そのまま弾丸のような速度で突っ込んだ。
「え、ちょ、ちょっと!!!ま、まって・・・」
そして——
"ガシャーーーーーーーーン!!!!!!"
「・・・っ!!!」
盛大な破砕音。 飛び散る無数のガラス片を、玲王は空中で風を操り、見事に一箇所へ集めてみせた。そのおかげで、幸十たちは凄まじい衝撃だけで、裂傷を負うことは免れた。
「し、死ぬかと思った・・・」
床に手をつき、心臓の爆音を鎮めるココロ。
「大袈裟だ。この程度で死んでたら、戦場じゃ秒で餌だぞ。」
「俺はプライマルです!というか、応援に来たという体で、地方庁に入ろうって話しましたよね?」
「・・・・・・応援に来た感じだ。」
「どう見ても、襲撃しにきた感じですよ!!」
「ワンコ、大丈夫?」
「キャン!」
尻尾を振って楽しげな小さな狼を横に、ココロが深く溜息をつく。
"ガヤガヤガヤガヤ・・・"
すると、騒ぎを聞きつけた地方庁の職員たちが、戸惑いながらも集まってきた。
”ギランッ”
「・・・っひ!!」
「ちょっと!」
その瞬間、玲王が剥き出しの威圧感で周囲を睨み飛ばす。
内情調査を円滑に進めたいココロは必死で抑えようとするが、参謀本部を毛嫌いしている玲王は隠す気もない喧嘩腰だ。職員たちの目には、恐怖と軽蔑の色が混じり合う。
「面倒しかないな。おい、本当に王の写絵・・・・」
「渡しますから!!大人しくしていてください!!」
「キャン!」
一触即発の空気が流れる中、廊下の奥から重厚な靴音が響いた。
「これはこれは、珍しい客だ。」
「・・・?」
低く、どこか底の知れない優雅さを湛えた声。 振り返ると、そこには白とオレンジの隊服——参謀本部所属を象徴する、品格漂う制服を纏った人物が立っていた。
その姿を見た途端、玲王は一瞬だけ不快そうに眉をひそめた。だが、次の瞬間には、まるで完璧な仮面を被るかのように、薄ら寒い笑みを浮かべた。
「——ご無沙汰しております、地方庁長殿。まだ狼の餌になってないようで、何よりです。」
♢♢♢♢♢♢☀♢♢♢♢♢♢
"ガチャ"
「全く・・・。来るなら来ると、連絡すればいいものを。これだから ”親の七光り” は困ったものだ。」
不気味な笑みを浮かべ、皮肉を吐き散らす地方庁長。その背を追う玲王は、糸のように細めた瞳の奥に冷徹な殺意を宿していた。口元には計算しつくされた完璧な ”軍隊長” の笑みを貼り付けているが、その空気は一触即発の鋭さを孕んでいる。
「ささっ。入れ。」
促されるままに足を踏み入れた一同は、その瞬間に息を呑んだ。
「・・・っ!?!!」
「なっ!!?」
部屋の至る所に、インテリアのように飾られた ”銀の狼の剥製” 。そのどれもが、最期の苦悶を凍りつかせたような、悲痛な表情を浮かべていた。 地方庁長の椅子には無造作に毛皮が敷かれ、絨毯も、壁に掛けられたコートも、すべてが狼たちの亡骸で埋め尽くされている。
「ヴゥゥゥ・・・」
幸十の胸元で、小さな狼が憎悪に満ちた唸り声を上げた。
「ん?それは・・・子供の狼じゃないか!貴重なものだ!土産か?よこしなさい。」
汚らわしい手を伸ばす地方庁長を、玲王が音もなく割り込んで遮る。
「何でしょうか、この薄気味悪いコレクションどもは。」
「薄気味悪いだと?っは。親の脛を齧ってきた坊ちゃんには、この美学がわからんか!!」
「外では同胞を惨殺された狼たちが、今にもこの庁舎を食い破らんと睨みつけていますが。あなた方は、一体何をしているんです?」
地方庁長は鼻で笑うと、愛おしげに剥製の頭を撫でた。
「何って。罪家の羅皇家を守ってきたクズ共に、ふさわしい罰を与えているだけだ。生かしておくこと自体が間違いなのだよ。」
「罪家である旧・獅司たちを罰せられるのは、王族だけです。王族でもない貴方たちが、勝手に命を弄ぶのは、王への冒涜ですよ。」
ココロの主張に、背後から別の女の声が重なった。
「うえ。その気持ち悪い言葉、聞き覚えあるんだけど。」
「?」
扉付近に立っていたのは、これまた銀の狼の毛皮を纏った派手な女だった。
「コール!どうしたんだ?こんなところまで・・・」
女性を見るや否や、地方庁長は気持ち悪いほどの優しい口調で言うと、女性が地方庁長に媚びるように近づいた。
「ケバ・・・・」
「しっ!!!」
何か言おうとした玲王の言葉を遮るココロに、女性は憂鬱そうな表情で見た。
「何よ、この青二歳児たち。・・・あぁ、もしかして、”銀の狼” の件で来たわけ?タイヤン軍?おっそいわね。今までチンタラ何してたのよ。使えない。」
「・・・。地方庁も、こんな妙齢の女性を招き入れるとは。色々な意味で ”懐が深い” ですね。」
玲王の皮肉に、地方庁長が激昂する。
「おい!我が妻を侮辱するなんて許さないぞ!!」
「・・・妻?」
地方庁長の言葉に、ココロが聞き返した。
「そうだ。コールは我が麗しき妻だ。」
すると、コールは絨毯としてしかれた”銀の狼”の毛皮を、ハイヒールで踏みつけながらココロをじっと見た。暫くすると、何か思い出したのか口を開いた。
「あ、そうだわ!思い出した。さっきこの子が言った気色悪い言葉。ほら、あんたの馬鹿な前妻が言ってた言葉じゃない。」
「・・・?あー、あれか。」
地方庁長は思い出したくもないという表情で言った。
(タイヤン地方庁長の前妻・・・ってことは・・・)
ココロは考えながら、2人に鋭い視線を向けた。
「ハナさんの・・・元旦那か。」
ボソリと呟いたココロの言葉に、地方庁長が顔を歪めた。
「お前、あの馬鹿を知ってるのか?嫁いできた当初もそうだが、足りない頭で俺に歯向かいやがって。『”銀の狼”が可哀想!』なんて、罪家を庇うことするから、少しだけ痛い目見せたら・・・余計馬鹿で使い道のないクズになりやがった。でもあれだろ。シャムスに帰っても使い物にならず、結局マダムの餌になったんだってな!あいつにお似合いの最期・・・」
"ガシッ、ドォォォォォン!!!"
言葉が終わるより早く、幸十の拳が弾丸のように飛び出していた。 物凄い衝撃音と共に、地方庁長の体が壁に食い込む。
「ちょっと!何するのよ!!!」
「さ、幸十!?!気持ちは分かるが、何やってんだ!!!」
ココロが慌てて抑えるが、幸十の黄金の瞳は冷たく発火していた。
「耳が・・・」
「え?」
「耳が腐りそうだ。」
すると、幸十はそのまま、地方庁長たちの方たちに近づいていく。
「ちょ、ちょっと!!あんた、セカンドでしょ?!こんなことして・・・」
"ガシッ"
「?」
幸十が静かに歩を進めようとした時、その肩を玲王が掴んだ。
「やめろ。お前はもう殴っただろ。」
「え」
「次は、俺が蹴る番だ。」
「止めるどころか、譲り合わないでください!!!」
「そ、そうだ!!地方庁長である私にこんなこと・・・」
「あんたは黙ってろ!!じゃなきゃ、この2人の蹴りが入りますよ!!」
「・・・っ!!!!」
ココロの迫力に、地方庁長とその妻は思わず黙る。
「タイヤン地方庁は、”銀の狼” に何をしたんですか?貴方のコレクションを収集するためだけに、狼たちを狩ってたわけではないですよね?ご存知の通り、"銀の狼"たちの暴走で、タイヤン地方に甚大な被害が出ているんです。ちゃんと話してもらいますよ。」
「・・・っ!き、貴様らのような非常識な奴らに話すことなど・・・」
"・・・ッス"
「!」
その言葉に、ココロはニコッと不気味に笑うと手をあげた。と同時に、後ろの玲王と幸十が蹴りを入れようと足を上げる。その様子に、地方庁長は慌てて口を開いた。
「お、俺はただ!俺はあくまで一部をコレクションしていただけだ!他に捕まえた狼たちをどうしているかなんて、中央庁の方々しか知らない!!」
「やっぱり、首謀者は参謀本部ですか。で?洗いざらい話してもらいますよ!!」
「し、知らない!!俺はただ、あいつらが連れて来た狼たちを貰ってただけで!!!連れてきたら、ほとんどの狼たちを地下に・・・」
次の瞬間——
"ブスッ!"
「ぐぁぁあっ!」
「!?」
「あ、あなた!!どうし・・・」
突然苦しみ出した地方庁長。すぐさまココロが近づくと——
「これは・・・死んでる。」
"ゥゥウゥウウウウーーーーー!!!"
「!」
同時に、けたたましいサイレンが庁舎中に鳴り響く。
"侵入者!侵入者!庁内の者たちは避難せよ!"
「これは・・・何が起きて・・・」
驚くココロは、怯える妻のコールに咄嗟に聞いた。
「ここ最近、この紫紺の隊服を着た4人が訪れてませんか
!」
「え?紫紺・・・?そ、そんなの知らないわよ!!セカンド寄越せって言っても、タイヤン軍もどこも来なかったじゃない!」
「来なかっただあ?数ヶ月前までは、俺の部下を何人も送ったぞ。全員死んで帰ってきたけどな。」
「はぁあ?!嘘言わないでよ!!誰もセカンドは来なかったわよ!!だから、参謀本部から特別に・・・」
"ブスッ!!"
「がっ!!」
「!?」
今度は突然、妻が同じように苦しみだし倒れた。
何が起きているのか、ココロが混乱していると、玲王が死んだ2人の首筋を見て眉を顰めた。
「これは・・・毒針か?」
首筋に刺さった細い針。そこから青い異様な液体が漏れている。玲王は注意深く辺りを見渡し言った。
「密室は不利だ、ここを出るぞ!」
廊下を駆け抜けながら、ココロは直感していた。
「・・・この混乱に乗じて、地下に行きましょう。さっき地方庁長が地下に言及した途端、まるで口止めするかのようなタイミングで毒針を刺されました。地下に何か、あるのかもしれません。」
しかし、階段に差し掛かった瞬間、小さな狼が鋭く吠えた。
「キャン!!」
"グィッ!!"
「わわっ!」
"ヒュンッ!"
玲王が咄嗟にココロの襟首を掴んで後ろへ放り投げる。直後、ココロがいた場所に毒針が突き刺さった。
「これは・・・」
「既に目をつけられたな。隠れやがって・・・相当地下に行ってほしくないらしい。」
玲王は不敵に笑うと、ココロと幸十を脇に抱え込んだ。
「え、な、何を・・・」
「しっかり捕まってろよ?」
"タッタッタッタッタ、ガッシャーーーン!!"
「うわぁあ!!」
「わーー。」
「キャオーーーン!!!」
窓ガラスを突き破り、そのまま外へと身を躍らせる。
「セカンド、風の解放!!」
空中で暴風を操り、滞空する玲王。彼は眼下の庁舎を見下ろし、狂気的な笑みを浮かべた。
「王を冒涜するクズ共の企み、俺の完璧な演算式で暴いてやるよ!!」
玲王の背後に、巨大な歯車を組み合わせたような重厚な武器が顕現する。
「 第一血響、絶対演算・大禍風!!!!」
その瞬間、放たれた歯車が地面に潜り込み、超高圧の竜巻を巻き起こす。 轟音と共に地面が割れ、巨大な地方庁の建物そのものが、巨大な力で宙へと持ち上げられた。
「え、え、ぇぇぇぇぇぇぇぇええ?」
宙に浮く庁舎。その直下、暴かれた地面の奥底に、無数の隠し部屋と巨大な実験場のような地下施設が姿を現した。
「な、なんだこれ・・・地下に、たくさんの部屋が・・・」
地下に沢山の部屋や階段が現れ、唖然としていると・・・
「キャン!」
「おい!あれ、お前らの仲間か?」
玲王が指差した先。 地下の檻が並ぶ通路にある影を見つけた。
「・・・あ!い、いました!そうです!!洋一!!」
そこには、行方不明になっていた紫戯、琥樹、洋一、ミドリの姿があった。
