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観葉植物として会社で生きる【中年の危機脱出】

こんにちは、発達凸凹40代高齢出産母さんのパキムラと申します。
ここしばらく、今私の中で熱いトピック「中年の危機」について書いています。

今回は、実質的に直近の危機的な状況を脱出した時の話を書きます。
前回に引き続き、ちょっと長いですが、誰かの参考になったら幸いです。


1年ほど前から数ヶ月前まで下記の状態でした。
・未就学男児2名のこだわりとイヤイヤに振り回されて理性で自分がコントロールできずイライラが止まらない精神状態

・出産後、自分がかつて冷めた目で見ていた部署に異動したものの、そこでも役に立たない状況


結果しばらく前まで、持て余した自分のエネルギーがどんどん自己攻撃的になって、体調不良に陥っていました。

前回の記事はこちら。



過去の中年の危機関連の記事をこちらでまとめています。
詳しい経緯はここから。


前回からの経緯
〜病弱ヒロインにはもうなれない〜

前回の記事では、
・手術直後にも関わらず血液検査の結果は超健康
・藁にもすがる思いで精神科に行く
・久々にストラテラをもらったものの、だれかに「限界に見えるよ、頑張ってるんだから休んで」と慰められたい気持ちが盛大に空回りをした

ということで、惨めでたまらない気持ちでいた経緯を書きました。

病院を出てあんまり自分が恥ずかしくて、ストラテラをもらいに久々に以前通ってた薬局に行った時点で、すでに継続して薬を飲む気も失せていました。
5年前にお世話になってた懐かしい薬剤師さんとお話ししながら「もしかしたら、もうこの人に会うことないかもな…」と思っていました。

過去にもらったストラテラ

実は薬を処方されたものの、当時2歳の次男(アフ郎)に授乳をしていたため、断乳してから服薬しましょうという話になっておりました。なんとなく「まだまだアフ郎はおっぱい大好きだし、急に断乳すると半狂乱になってしまうから、予告して半月くらいで徐々に断乳してみるけど、そうそう上手くいくかしら…」と思っていました。

壁のシミになる練習


体調不良になってから、仕事の手を休めながら会社の席の横の壁を見つめて、自分は壁のシミみたいだなと思っていました。

いつのまにか年季を経てできたシミ。ない方がいいけど、そこまで存在感もないし、目立つ場所じゃなし、張り替えるのも面倒だからそのままでいいか。
自分ってそんな存在だなと。

壁のシミであることを受け入れようと、前々回書いた「Geminiに自分のことを他人の視点で相談してみる」ことをしたり、辛い現実を受け入れる時に人はどういう段階を通るのかを調べて、「今私は『キューブラー・ロスの死の受容の5段階』の⚪︎段階目かな」など、 と考えてみたりしました。



でもどうしても、自分は壁のシミだと思えなかった。そんなのあと人生が半分残っているのに悲しすぎる。
別に必要以上に自己卑下したいわけじゃなくて、自分の本当の姿を探したいだけなんだ。

そして、あわよくば「発達のハンデをものともしない努力家で、個性的で隠れた才能があり、みんなに好かれ、注目を浴び、そして人の役に立っている自分」が本当の姿だったなら!
(やっぱり仕事の手は止まってるけど・・・)

そして私はパキラになった


内科で血液検査の結果を聞いて、精神科でストラテラをもらった次の日。
もはや歩く屈辱感と化して会社に行って自席に座り、またふっと横を見たら、今まで意識してなかったけど、パキラが置いてありました。

これです、パキラ(ポンダ宮, CC BY-SA 3.0 , via Wikimedia Commons)

もう10年以上前に
お客さんから何かのお祝いで我が社に送られた観葉植物。

若干迷惑しているけど枯らすわけにもいかず、
ひっそりと同僚が水をやってる緑の置物。

とりあえず空いているところに置かれて、
日当たりのない室内の蛍光灯の光だけで生きてる生き物。

それでもなんとか丈夫に、
頂いた時とほぼ同じ形で成長もせず枯れもせず、
会社の一角を占めている、パキラ。

ああ、私、パキラになろう・・・。

ただ、息をするだけ。毎日同じ形でそこにある。
パキラが急にやる気出してニョキニョキ伸びたりしたら困るもんな。
お水というお給料をただ頂いて、ほぼ成長せずに葉っぱを開いてるだけでもう合格っていう、最高な存在ではないですか。

誰の役にも立っていないけど、そもそも、ただいるだけしか求められない。しかも一応少しだけ二酸化炭素を吸って酸素に変えてるから、無いよりは有るほうがいいかも。

息するだけで、私、いいんだな。
シン・コキュウ。

こうして、「パキムラ」が誕生しました。


その日はずっと席でただ息をしていたけど、特に問題なし。
適当な会社でよかったな。
目の前の風景が、急に違う色になった気がしました(これ比喩じゃなくて、本当にホントなんですよ)。

手術して2週間ほど経った頃でした。


ゆるゆる子育て


前後して、手術後の体調が思わしくなく、子育てに関して今まで「〇〇しなきゃ」と思っていたことが物理的に実現不可能になり、どんどんゆるくなっていきました

今まで帰り道は、暴れてる15キロの弟を背負いながら友達と走りまくる上の子をダッシュで追いかけており、それが心身ともに非常に負担でしたが、術後で物理的に走れないので、泣いても喚いても友達と引きはがして、ねじ伏せて歩いて帰らせる。

ごはんは、作ったご飯を全拒否して白ごはんだけ食べててもそんなもんだと割り切る。
なんなら、レトルトカレーとパックご飯チンで自分は寝てても良い。
子どもに寄り添おうとして荒れる2人への同時対応に失敗し、反動でキレ散らかしてしまうくらいなら、早めにそっと子どもから離れる。
2人そろっての猛烈な反抗で、21時までに寝かせられなくても仕方ない。

疲れて動けない時は、子どもにテレビずっと見せてても大丈夫。
子育て日記は毎日書かなくても大丈夫。
写真もビデオも撮り損ねて大丈夫。

子どもたちに、噴火するように突然キレてしまうようなことが無いように、淡々とゆるゆると、過ごしてみました。


中年の危機 第一フェーズ終了
〜あれ、私元気になってるぅ?!〜

パキラになってから3日後、子宮頸部手術の術後経過の診察がありました。実は、血液検査の結果を聞きにいった後、Geminiには「貧血検査はまだしていないから、婦人科でしてもらうのがいいのではないか」と助言してもらっていたので、「それもあるかなぁ・・・すごい言いにくいけど」と思っていました。

でもパキラになって翌日には、霧が晴れるようにだるさが抜けていた私は、もはやそんなこと、聞くのも忘れておりました。
そこで「血液検査してもらえませんか?」なんて食い下がる動機もないくらいに、自分の体調が元に戻ってたんですね。

一応がんの一歩手前だったので、「もしもこのまま進行していったら、私こんな空っぽな人生で、本当に生まれてきた意味あったんだろうか?」みたいな気持ちになったこともありました。

「私にとっての人生は、この世にちらっと顔見せして、自分のリソースを盛大に無駄遣いした、貴族の遊びだった」と、シニカルに思い込もうとしたこともありました。

今振り返ると、逆に、盛大な自己攻撃と手術で心身の限界を迎えたことで、自分の中で思っていた「〇〇すべき」「〇〇でありたい」という幻想が一気に破壊されたのは、本当に良かったと思います。


自分の課題を実現していくこと


繊細な方や、体力のない方にはお勧めできないのですが、最終的に自分大好き神経太めの私の場合は、誰かに直接的に助けてもらわなかったことが、かえって良かったのかなと思います。

「誰かにかわいそうって言って欲しい」という、最後の甘えも封じられた時点で、自力で何とかするしかなくなりました。
そこで初めて、他人軸で自分を評価していたことに気づき、ありのままの自分を認めるしかなくなったのだと思います。

他人軸で自分を評価し、他人軸で「頑張った人」というお墨付きをもらう。
そんなことをしていたら、一瞬休めたかもしれませんが、復活したあと、一般的に言ったら会社でほとんど役に立ってない自分を、「役立たずだ」って勝手に自己評価して、また落ち込んでしまったでしょう。

息してるだけで、合格。
周りから見たらゴミみたいな奴かもしれない。
でも、私には私から見た風景がある。
少しだけ、二酸化炭素を酸素に変えたりして、
目に見えない小さい貢献もしてる。

昔から周りに「パキムラってなんか大丈夫そう」と雑に扱われて、拗ねてるところもあったけど、結局それを地で行ってしまった。
社会に出てからの人生で困った時、誰も直接声をかけて心配してはくれなかったけど、それでも、どんだけ空回りしても、笑って許して、ぬるっと生暖かく遠巻きに見守ってくれる、良き人々には恵まれていました。

今となっては、家族には、一緒に乗り越えてくれてありがとうと言いたい。本当に迷惑をかけました。
同じ部署の同僚の皆さんも、ざっくり愛してます。ありがとう。
これで、良かったと思ってる。

まぁでも、限界そうに見える人がいたら、私は一回、ストレートに声はかけようと思う! 笑

※ストラテラについては、授乳中により服薬留保、かつ直後に体調が回復したため、結局飲まずに引き出しにお守りとして封印しております。
今回私の経験としては、たまたまこういう流れになりましたが、自己判断での服薬中止は避けましょう!

次回は、パキラにはなったけど、未来に向けた心の持ちようについて、綴ってみます!

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