#38/まだ半袖だった、九月の帰り道/記憶の名残り

九月になっても、帰り道はまだ明るかった。
道路には昼間の熱が残っていて、
家々の壁も、電柱も、夏と同じ色をしている。
その間を、自転車で走っていく。
半袖だった。
九月だからといって、急に何かが変わるわけでもない。
ハンドルを握る腕には、まだ日焼けの跡が残っている。
ペダルを踏む。
タイヤが細かな砂を踏んで、乾いた音を立てる。
道路の端を、自転車の影が一緒についてくる。
少し前まで真下にいたはずなのに、
いつの間にか、ずいぶん長くなっていた。
その影を見ながら走っていると、
袖口が一度だけ揺れた。
風だった。
ハンドルを握ったまま、もう少し進む。
また風が来る。
半袖の腕を、そのまま通り抜けていった。
昼間の熱がまだ皮膚に残っているせいか、
風だけが少し冷たかった。
寒いというほどではない。
自転車を止めるほどでもない。
ただ、さっきまでとは何かが違った。
ペダルを踏むたび、景色が後ろへ流れていく。
塀の向こうから、誰かの声がした。
少し離れたところで、自転車のベルが鳴った。
その音を聞いたとき、
同じような帰り道が、ほんの少しだけ重なった。
どこだったのかは、よく分からない。
同じ道だったのかもしれないし、
まったく違う場所だったのかもしれない。
覚えているのは、夕方の光と、
長く伸びた自転車の影と、
半袖の腕に触れた風くらいだった。
前を見る。
道はまだ明るい。
信号の向こうにも、夏と変わらない景色が続いている。
そのままペダルを踏む。
自転車が少しずつ遠ざかっていく。
もう一度だけ、袖口が揺れた。
今度は、その風を追わなかった。








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