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カーブドッチ物語 #19|意外と知らない本の流通

コロナ禍真っ只中。

「変わるなら鮮やかに」と覚悟を決めて挑んだのは、温泉のラウンジを本屋に変える発想でした。

さっそく意気揚々と情報収集を始めたものの、すぐに壁にぶつかってしまいます。「配達ルート」と「選書」。書店運営に欠かせないこの二つのハードルが、想像以上に高かったのです。


意外と知らない本の流通

ほぼ全ての書店は、「取次(とりつぎ)」と呼ばれる問屋を通じて本を仕入れています。

新刊本は、出版社から取次さんにまず集まり、そこから全国の書店へと配送されます。書店は、取次さんから届いた本を棚に並べ、売れ残った分は返品できるという、便利でリスクのない仕組みに支えられています。

つまり、この配達ルートを使わずに書店経営をすることはほぼ不可能。ルートの確保が最優先課題だったのです。


ライブラリーではだめな理由

そもそも私がつくりたかったのは、「ライブラリー」ではなく「書店」です。
ライブラリーの本は、読まれるほどに古びて傷んでいきますが、書店では、売れれば新しい本が入り、本棚は常に新陳代謝します。

手にとって読んでみて、「そばに置いておきたい」と思った一冊を家に連れて帰ってもらう。

本を空間の飾りではなく、きちんと動く存在にしたい

そのために私は、「本を売る商売=書店」を選んだのでした。

以前のヴィネスパラウンジ


暗礁に乗りあげた「仕入れ」

まずは取次さんとの交渉です。私は早速東京まで足を運び、大手の取次さんに直接お願いに伺いました。ところが返ってきたのは、きっぱりとした「お断り」でした。

「新規の書店との取引は、基本的にお受けしていないんです」

そう告げられた瞬間は、本当に驚きました。かなりの面積で、本気でやりたいのに、新規出店は歓迎されると思っていたのに、これではまるで門前払い。しばし唖然としてしまいました。

話を聞けば、現実はとても厳しいものでした。カーブドッチ周辺には本屋さんが一軒もなく、そうした地域では、よほどの大型店でない限り新しい配送ルートは作れないのだそうです。しかも、温泉施設に併設の本屋など、まず不可能だと言われました。

地方の書店が減るほど、配達ルートも消えていく。このままでは、本の仕入れは叶わず、開業の道は完全に閉ざされてしまいます。

本当に、本屋さんって絶滅危惧種なのかも…。そう落胆していた矢先、思いがけない助っ人が現れました。

約10キロ離れたJR駅前の書店から、「カーブドッチさんなら、うちが配達してあげますよ」と申し出があったのです。このお店は、近隣の学校へ本や教材を届けていて、そのついでにカーブドッチまで足を伸ばしてくれるというのでした。

その話を聞いた取次さんも「その書店経由なら対応します」と条件を緩和。こうして、一番の難題だった仕入れルートが確保でき、ホッと胸を撫で下ろしました。


本のキュレーションの専門家

次なる関門は、「選書」でした。取次さん任せに本を並べるだけでは、どうしても特徴が出ません。

最近の本屋さんは、どこも同じような本ばかり積まれていて、その店ならではの個性や魅力が感じられない。足を運ぶ理由が見当たらない。そんなもどかしさがありました。

他店にはないセンスある棚づくり、ここにしかないワクワクする本を揃えたい。とはいえ、私たち自身で本を選ぶなんてとても出来るはずがありません。

いわゆるブックディレクター(選書家)の存在は以前から知ってはいました。

空間にふさわしい本を選び、棚づくりまで手がけるプロフェッショナル。調べていくうちに行き着いたのが、選書家の幅允孝(はば・よしたか)さんでした。


幅さんとの出会い

幅さんは、その場所のコンセプトに寄り添いながら本を選び、空間そのものに物語を吹き込む選書をされます。

「この方しかいないのでは」

そう思わずにはいられないほど、幅さんのお仕事は魅力的でした。

こちらが幅 允孝さんです

代表的な仕事として、「こども本の森 中之島」のディレクションや「早稲田大学 国際文学館(村上春樹ライブラリー)」、「神奈川県立図書館」再整備監修など。近年は本をリソースにした企画・編集・展覧会のキュレーションなども手掛け多岐にわたって活躍されています。

幅さんについて詳しくはこちらから ⇒
有限会社BACH (バッハ)

こんな方に選書をお願いできたらと思いながらも、連絡先もツテもない。どうアプローチすべきか見当もつかず、またしても行き詰まってしまいました。

ところがここでも思いがけない救世主が現れます。

東京で飲食店を営む次男に、書店員の構想を話したところ、「幅さんなら、うちのレストランのお客さんだよ。来週も来るはず」と言うではありませんか。

あまりの偶然に耳を疑いましたが、ついに念願の幅さんにお会いすることができたのです。東京って意外と狭いのかもと思ってしまいました。

幅さんにヴィネスパのラウンジを見ていただき、「この空間を本で満たしたいんです」と思いを伝えると、幅さんは「これは面白い。やりましょう」と即答

これで二つ目の関門もクリア。本屋への道が、一気に現実味を帯びてきました。


4,000冊の本と10のテーマ

ラウンジを本屋として成立させるための具体像が少しずつ見えてきました。

幅さんによれば、「空間を本屋らしくするには最低でも4,000冊必要」だというのです。そして、壁面すべてに本棚を設置し、表紙を絵のように並べる「見せる棚」を提案してくださいました。

まるでギャラリーに絵画が飾られているように、本そのものが風景になる。美しい表紙に囲まれるだけで、心が満たされそうです。

私からは、「10のテーマを設けるので、そのテーマに沿って選書をしてほしい」とお願いしました。

温泉のラウンジが、人の感性の扉を拓く「本の森」になる。そんな姿が、ゆっくりと輪郭を帯びてきました。10の選書テーマをご紹介しましょう。

1️⃣ 食べて、飲む     2️⃣ 動物が好き
3️⃣ からだを整える       4️⃣ こころを整える 
5️⃣ 自然のうつろい    6️⃣ 芸術を見つめる
7️⃣ 世界を旅する        8️⃣ こどもの心
9️⃣ 私だけのこだわり   🔟 よのなかどうなる?

1️⃣食べて、飲む|ワインの本が充実
4️⃣ こころを整える|ブルーな時に元気になれる
6️⃣芸術を見つめる|幅さんの新しい選書本のコーナー


大規模改装と新しいラウンジの姿

もちろん、実現には大がかりな工事が必要でした。

温泉ラウンジは1・2階とも全面改装。壁面に本棚を作り、カーペット・家具・照明器具を全て刷新。更にカフェカウンターもでき、本を読みながらワインやコーヒーを楽しめる空間へと生まれ変わりました。

噴水の音を聞きながら、中庭で本を読むスペース

本に囲まれたシックで豊かなブックラウンジは、見たことのない湯上がり空間に仕上がりました。

あとはここに本が入るだけですが、4,000冊の仕入れ費用も合わせると相応の投資になります。本当に、思い切った決断でした。そこで活用したのが、国の「事業再構築補助金」です。

コロナ禍で大きな打撃を受けた事業者が、業態転換に挑戦する時に支援を受けられる国の補助金制度。それが「事業再構築補助金」です。

「温泉を続けながら、広いラウンジを本屋へ転換する」という計画で申請したところ、希望額で無事採択されました。設備資金の3分の2を補助していただけたおかげで、銀行からの借入も最小限に抑えることができたのです。


「本の森」へと生まれ変わる

リニューアルオープンは、2022年4月。幅さんから選書リストが届き、工期はおよそ3ヶ月でした。

今までの古い家具は撤去し、代わりに低めの椅子やソファをゆったり配置。壁一面には壮観な本棚が広がりました。

天井が高く、柔らかな光が注ぎます
二階からも、緑の中庭を望めます

選書の方針は明快です。

☑︎ベストセラーは置かない
☑︎今売れている本ではなく、長く読み継がれてきた本を中心に
☑︎子どものころ読んだ懐かしい本
☑︎いつか読みたいと思っていたけれど、まだ手に取れていなかった本

絵本から漫画、小説、エッセイ、写真集までジャンルは多彩。まさに、正真正銘、ここでしか出会えない棚ができあがったのです。


温泉があり、ワインが飲める
前例のない本屋さん

オープンしてみると、光景はまったく変わりました。

以前のヴィネスパは、年配の女性グループやシニア世代が中心でしたが、ブックラウンジに変えてから20代の来館が増え、若いカップルや男性ひとりの利用も目に見えて増加。男女比も女性中心からほぼ半々になりました。

何より大きかったのは、お風呂上がりの過ごし方の変化です。

かつてはスマホを見る人ばかりでしたが、今は本を手に取り、ワインやコーヒーを飲みながら静かにページをめくる、そんな景色が広がっています。

本好きはもちろん、普段本を読まない人にもこの空間は心地良いようで、「表紙のデザインや背表紙のリズムを眺めているだけで癒される」とうれしい声をいただくことが増えました。

本の中のおこもりスペース
静かな時が過ぎてゆく


逆境からのV字回復

入館者数だけで見れば、コロナ禍前より減りましたが、客単価は確実に向上。お風呂に入るだけでなく、本を選び、飲み物や食事を楽しみ、滞在そのものを味わう方が増えたためです。
ワインを買って帰られる方も多く、結果として売上は伸び、過去最高を更新するまでになりました。

さらに、「温泉×本×ワイン」という唯一無二の組み合わせは、メディアやSNSでも大きな話題に。こうしてブックラウンジは、カーブドッチに新しい顔をもたらす存在となりました。

コロナ禍がなければ、温泉ラウンジを書店に変えようなどとは思わなかったでしょう。

当然、幅さんとの出会いもなかったし、このあと幅さんと共に進める「ライターズ・イン・レジデンス」という新しいプロジェクトの実現も、きっと難しかったに違いありません。


カーブドッチの歴史と挑戦の軌跡は、いよいよ「今」に近づいてきました。次回は、カーブドッチワイン特集をお届けします。

次回もお楽しみに。

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