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カーブドッチ物語 #18|コロナ禍を救ったワイン

オーベルジュの予約も順調に増え、「さあ、これから」という時、ダイヤモンド・プリンセス号の感染ニュースが飛び込んできました。

世界的にコロナ禍が始まったあの大型客船での事件です。

翌2020年4月には、
政府の要請によりカーブドッチも全店舗の休業
を余儀なくされました。



世界が止まった日

施設の休業、学校の休校、イベントの中止など、次々と行動規制がかかり、程なくして街から人が消えました。

カーブドッチの広い駐車場には一台の車もなく、温泉もレストランも真っ暗で誰もいない。創業以来見たことのない光景が広がっていました。

私は、毎日現場に足を運んではいました。理由は、ネコに餌をあげるためです。

蛇口からお水が垂れるのを待つ姿に
癒される

オープン直後のトラヴィーニュも先の見通しがたたず、予約はまったく入りません

宣言が解除され営業再開となっても、感染拡大の度に時短やまん防といった行動制限が繰り返され、観光・外食・宿泊業は大変な打撃を受け続けました。

特に深刻だったのが、温泉施設「ヴィネスパ」へのダメージです。

密になりやすいロッカールームの感染リスクが全国的に問題視され来館者が激減。ところが、お湯の管理や設備の維持など固定費はかかる営業すればするほど赤字が膨らみ、まさに逃げ場のない状況でした。

その影響はカーブドッチグループ全体に及び、創業以来初めての大赤字へと転落

コツコツと積み上げてきた利益剰余金は、わずか半年で底をつきました。このままでは、かつて一番の収益源だったヴィネスパが逆に足を引っ張りかねない。けれど、いつまで続くのか見通しも立たず、なす術もありませんでした。

こんな時でも、温泉投資の借入金への年間6,500万円の返済は待ったなしです。資金繰りは逼迫し、「倒産」の二文字が現実味を帯びはじめました。

連帯保証人である私はどうなるのでしょう。私の生活は…? ひとりでこっそり弁護士のもとを訪れるほど、精神的にも追い込まれていきました。

そんな中でも足を運んでくださったお客様には感謝しかありません

何より辛かったのは、マスクで顔が覆われているせいで、笑顔でお出迎えできないこと。会話も途絶えがちで、心が届かない。笑顔を失って、笑顔の大切さが胸に沁みる日々でした。


唯一、光を放ったもの

ただひとつの救いとなったものがありました。それがワインです。

コロナ禍でおうち時間が増え、家飲みによるワインの需要が急増。しかも、家でゆっくり味わう時間ができたことで、量よりも質を求める傾向が強まりました。

カーブドッチのように「物語のある小規模ワイナリー」が注目されたのは、コロナ禍がきっかけとなったような気がします。国内旅行が増えて地方の食が見直され、地方のワイナリーを巡るワインツーリズムも一気に広がりました。

レストランでの売上は壊滅的でしたが、通販による全国へのワイン販売は大きく伸びました。翌年にはワインの売上が飛躍的に回復。

おかげで会社全体が、わずか一年で黒字へとV字回復を果たすことができたのです。

長くレストランやウェディング事業に支えられてきたカーブドッチですが、ようやくワインが主役となる時代が来ました。

真摯にワインづくりと向き合い、粘り強く積み重ねてきた努力が、コロナ禍という最大の危機の中で実を結んだ。カーブドッチは、ワインに救われました。

ピノノワールの紅葉
11月中旬。もうすぐ葉が落ち冬が来ます


温泉ラウンジを何とかせねば

それでも、ヴィネスパは相変わらず閑古鳥が鳴き、赤字続きでした。

特に気になったのは巨大なラウンジ。お風呂上がりにゴロゴロしたり、おしゃべりをしたり、昼寝をしたり…かつては賑わっていた温泉の休憩室です。

昭和チックな休憩室も
時が止まったようでした

コロナ禍には、そもそも人が来ません。来たとしてもゆっくりする人はおらず、休憩室はほとんど空っぽ。この場所をどうにか生かせないだろうか。その思いが新しい挑戦の始まりでした。


幼き日の夢を思い出して

コロナ禍で時間はたっぷりあります。現場が止まった今こそ、私は今まで以上に自分を見つめ直し、自分の中に眠るものを掘り起こそうとしました。そして、ふと頭に浮かんだのが「子どもの頃の自分」でした。

小さい頃、テレビやゲームといった娯楽らしいものはほどんどありませんでした。その代わりに漫画がずらりと並ぶ貸本屋が近所にあって、学校帰りに毎日借りまくっていました。私の本との出会いは貸本屋の少女漫画です。

やがて文字の多い物語を読むようになり、小学校の図書室で本を借りる日々に。大好きだったのは少年少女文学全集です。

難しい字にはルビが振ってあり、子どもでも無理なく読める工夫がありました。偉人の伝記や冒険ものにワクワクし、可哀想な物語に胸を痛めたものでした。

中学生になると勉強が忙しくなり、参考書探しに本屋さんに立ち寄ることが増えました。駅前に個人経営の小さな本屋がいくつもあって、立ち読みしていると店主がハタキでパタパタ、ちょっと邪険にされる。でも、本の匂いや紙の手触りが好きで、つい長居をしてしまい…。

大人になり仕事を始めると、手に取るのはビジネス書や経営本ばかりになり、純粋に本と向き合う時間は減っていきました。

でも、心の奥ではずっと「本屋さんになりたい自分」が眠っていたのです。


どんなに無謀だと言われても

思い切って夢を実現しよう。あのだだっ広い温泉ラウンジを、まるごと本屋にしてしまおう。

そう腹をくくった矢先に、息子の史人がある宿の話をしてくれました。

「母さん、面白い宿があるよ。前に泊まった松本の旅館だけど、全体がブックホテルになっていてすごく良かったんだ。昔の大浴場がライブラリーになっていてね。本に囲まれて、本を読むために泊まるってすごく贅沢な体験だったよ」

そういえば、空港や喫茶店、不動産屋のロビーなどで、リラックスできる空間づくりに本を取り入れる例を見かけるようになっていました。まさに、そんな時代の流れにも合ったアイデアだと思ったのです。

そこで、主要な株主や銀行に相談しましたが、返ってきたのは予想を超えた大反対でした。

「出版業界は斜陽産業だ」
「今は電子書籍の時代だから、本屋はどんどん潰れてる」
「ただでさえ温泉が赤字なのに、本屋なんてもっと人が来ない」
「今は冒険する時じゃない」

さらには、「自分ならそこへは行かない」とはっきり言われる始末。

確かにその通りです。借金も抱えた状況で、わざわざ人の少ない場所に本屋をつくるなんて、普通に考えれば無謀でした。

銀行の支店長さんの反応はもっと端的で、「商売にならないのでは」と一言。それでも、私は諦めきれませんでした。


変わるなら、鮮やかに

ヴィネスパはこのままではコロナ禍の後もジリ貧になるに違いない。私は、そのように時代の変化を読んでいました。

何としても従来の日帰り温泉から脱却しなくてはならない。そして、変わるなら、鮮やかに。中途半端ではなく、誰もが驚くような鮮やかな変わり方をしようと決めていたのです。

当時はリラクゼーションチェアがずらりと並んでいました

そして、ひとり静かに勉強を始めました。本屋のあり方、空間の価値、読書体験、経営モデル…。絶対に今までにないような本屋を作るんだと、周囲の反対を押し切ってでも事を進めるつもりでした。

ところが、息子をはじめカーブドッチの経営陣は全員賛成。コロナ禍の閉塞感を自らの力で打ち破ろうと、この計画を面白がってくれました。2021年のことです。


次回、いよいよ書店構想が動き出します。株主や銀行が猛反対するなか、カーブドッチの命運を大きく塗り替えるチャレンジが始まります。

次回もお楽しみに。

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