カーブドッチ物語 #22|カーブドッチの理想の姿
創業から30年以上の時を重ねてきたカーブドッチ。一棟の製造場から始まった私の夢は、気づけば想像もしなかった場所へと辿り着きました。
ぶどう畑があり、ワインがあり、美味しい料理があり、温泉があり宿泊もできる。それでも私は長い間、「まだ何かが足りないのでは…」と感じ続けていました。
心のどこかにずっと、引っかかっていたある思い。今回は、その正体を見つめ直してみたいと思います。
豊かな時間が流れるワインの楽園
そもそも、私がカーブドッチを始めた目的は何だったのでしょうか。
日本一のワインがつくりたかったから?
会社を大きくしてお金持ちになりたかったから?
有名になり尊敬されたかったから?
仮にそうなれたとして、私は本当に幸せだと言えるのでしょうか。
そんな問いを抱えながら、カーブドッチを始めた頃の思いを探るように、何気なく30年前のパンフレットを開きました。そこに、「1本の葡萄の木」という、懐かしい自作の詩を見つけたのです。

【1本の葡萄の木】
1本の葡萄の木に実ったのは
あまずっぱい葡萄だけでは
ありませんでした。
実ったのは、「太陽の光」そして
「大地のミネラル」を含む液体
ワインでした。
でも、実ったのは
それだけではありません。
実ったのは、葡萄を育てる人の「心」でした。
おいしい葡萄をつくって
おいしいワインにしたいと
願う「熱意」でした。
でも、もうひとつ知らないうちに実ったものは‥
それは忘れかけていた
「豊かな時」でした。
おいしい実がなるのを
待ち焦がれた年月
葡萄の木に思いを馳せた年月
-葡萄畑での農作業で始まる一日
-午後は海辺での読書、
日本海に落ちる夕陽に染まる時間
-丹精こめたワインを、
静かにひとりで楽しむ時間
-少年にもどって
仲間と愉快に過ごす時間
自分を取り戻す時間。
生きることの喜びを
しみじみと味わう
豊かな時間が
そこにはあったのです。
あの頃の私
私は、あの頃と少しも変わっていない自分に気づきました。
当時の私は、一流企業に勤める夫と三人の子どもに囲まれた、いわゆる中流家庭の主婦でした。40才を前にして、人生で何ひとつ成し遂げていない私。特別な取り柄もなく、人に誇れるものもないと、日々焦りばかりを募らせていました。
「そんなこと考えなくても、楽に生きればいいじゃない。このままでも十分、幸せな人生よ」
もう一人の私が、耳元でささやきます。それでも、心はどこか寒かった。
私は自分の力で自分の人生を生き、豊かな時間を手に入れ、幸せになりたかったのです。一度、自分を極限まで追い込んでみよう。そうして始めた無謀とも言える起業が、カーブドッチでした。
それから30年。私は幸せになれたのでしょうか。
…心の底から「はい」とは言えません。まだ足りない。このままでは、何かが違う。そう感じずにはいられないのです。
百年先のカーブドッチへ
事業として見れば、カーブドッチは一定の成功を収めたと言って良いのかもしれません。
今年は、会社の長期10年計画を策定する節目の年です。40代を中心とした経営陣は、カーブドッチをどこまで発展させ、どこへ連れて行こうとしているのでしょうか。
次の10年、そしてその先へ向かうために。もう一度、私は何をすべきか、見つめ直す必要がありました。
その問いの中でふと浮かんだのが、中国の古典に由来する「百年の計」という言葉です。
一年の計は、穀を植うるにあり
十年の計は、木を植うるにあり
百年の計は、人を植うるにあり
一年先を考えるなら、食べ物を育てること。十年先を考えるなら、時間をかけて実を結ぶものを育てること。百年先を考えるなら、世代を超えて受け継がれる価値を育てること。
企業である以上、全ての活動は利益につながる必要があります。スタッフは皆、そのために日々汗を流しています。それでも、たとえ短期的には無駄に見えても、長い時間をかけて信頼や共感を生む何かが、確かに存在するはずです。
人を育て、価値観を継ぐ
百年先を見据えたとき、最も大切なのは「人を育てること」に違いありません。
でもそれは、即戦力となる人材を集めるのではなく、私たちが大切にしている価値観を共有し、体現できる人を育てるということです。
技術だけではなく、美意識、志、そして迷ったときに立ち返る判断の軸を持つ人を育てるということ。そうした目に見えないものこそ、次の世代へ丁寧に受け渡していきたいのです。
それを語り続けることで、結果として外から人を呼び、内に誇りを育てる。私は、そう信じています。

毎年繰り返す継続こそが力です
滞在の質を上げるのは、「文化」
事業を続け、場を育てていくうちに、滞在そのものの価値を問うようになりました。その先に見えてきたのが、「事業」以外の存在です。
音楽、美術、文学、建築、お庭。
それらはまさしく、空間づくりであり、場づくりであり、「時間の過ごし方」そのものなのだということに気づきました。
さらに言えば、豊かな感性や深い理解があれば、滞在の質はもっと上がるのではないか。「なぜカーブドッチを訪れたのか」という問いの答えに「文化」が含まれるとき、滞在の意味は格段に深まります。
「消費」から「没入」へ。
施設を利用する場所から、物語に参加する場所へ。
カーブドッチには、そうした進化を遂げてほしいと願っています。
ナパにもあった、同じ光景
創業の頃に訪れたカリフォルニアのナパ・バレーは、カーブドッチのビジネスモデルの原型となったワイン地帯です。
思い返すと、そこには広大なぶどう畑が広がり、ワイナリーやレストラン、ホテル、マルシェが点在していました。そして周辺には、美術館や画廊、料理やワインの学校、さらには温泉や高級スパまでが自然に溶け込んでいました。

頻繁に開かれるジャズフェスティバルやクラシックの音楽会。ワイナリーの玄関に置かれたそれぞれの美意識を映したアート。そこにあったのは、ワインを核に文化、健康、教育、社会貢献が循環する風景でした。
私はあのとき、「ワインのある土地は、ここまで豊かになれるのだ」という光景を、確かに見ていたのだと思います。

40歳の頃は空っぽだった私の心。このままでは終われないと、足掻いていた私の人生。ここにたどり着き、ようやく見つけた豊かで温かいものたち。それが身体に深く沁み込み、私の心に優しく充ち満ちてくるのです。これが、求めていた、私の人生かも知れないと思うこの頃なのです。
「ベーゼンドルファー・ミレニアム2000」と音楽ホール
音楽について言えば、昨年からコンサート活動を本格的に始めました。将来的には、年間100回を超える開催を目指しています。
カーブドッチのホテルに、クラシックやジャズの第一線で活躍する音楽家が滞在し、演奏する。宿泊客は誰でもその演奏に出会える。音楽を目当てに訪れる人も、リゾートとして滞在する人も、等しく一流の音楽に触れられる。
音楽好きが、「一生に一度は泊まってみたい」と思うような場所をつくりたいのです。
カーブドッチホールの客席は、約200席。決して大きなホールではありませんが、豊かな響きと日本に一台しかないピアノ「ベーゼンドルファー・ミレニアム2000」があります。
演奏者の息遣いが伝わり、指が鍵盤に触れる音の気配まで感じられる距離感。演奏者と聴き手が、音だけでなく空気までも共有できる、ちょうどよい大きさです。
25年もの長きにわたって育てた、ベーゼンドルファーの豊かな音色を活かす時がやっときました。

憧れのピアノでした
豊富な演奏プログラムとリゾートならではの静けさが溶け合い、「カーブドッチに泊まること」そのものが、ひとつの本格的な音楽体験となる。
ワインも、スパも、ライブラリーも、自然も、切り離されることなく、ひとつの時間として流れていく。
そうした在り方そのものが評判を呼び、やがて世界的に知られるワイナリーになる。そう願っています。
「カーブドッチの立ち上げを知りたい」との声が多く、それならばと書き始めたnote。忘れていたはずの話が次から次へと記憶の奥から飛び出してきて、いやぁ、波瀾万丈だったな〜と驚いています。
次回は、ヴィネスパの「本」のお話。ただの本屋じゃつまらない、他でやってないことをしようと思案した結果、本の出版プロジェクト「ライターズ・イン・レジデンス」へとつながりました。
