カーブドッチ物語 #36|ここだけの価値④ 泊まって音楽に浸る
カーブドッチには広大なぶどう畑に神秘的な樽庫、ワインで満たされた地下セラーがあり、レストランでもショップでも、どこにいてもワインの気配に包まれています。
「ここはディズニーランドみたいに楽しい。ワインのテーマパークですね」
お客様から、そんな言葉をいただくことがあります。もちろん褒め言葉ですが、私は笑いながらこう答えます。
「いいえ、カーブドッチはテーマパークとは少し違います。ここはものを生産する場所なんです」
決定的な違いは、ワインづくりという生業(なりわい)があることです。華やかで美しい風景は、膨大な時間と無数の人の手によって支えられた土台の上に成り立っています。
ここには人の営みがある
ワインづくりとは、ぶどうづくりそのものと言えます。なぜなら、ワインの瓶の中には、ぶどうしか入っていないから。水の一滴さえ加えていません。
秋に、ぶどうの収穫を終える。冬の間に、堆肥を入れて枝を剪定する。春になったら枝を整え、雑草を刈る。夏は、照り付ける日差しや台風の進路に一喜一憂しながら、再び実りの秋を待つ。

シンプルだからこそ
ワインづくりは難しい
こうした「人の営み」から、この場所に深い余韻と静かな感動が生まれます。それこそが、テーマパークとの圧倒的な違いなのだと思うのです。
毎年、同じことを繰り返しているように見えるかもしれません。ですが、ぶどうの木は少しずつ年を重ね、手をかけるほどに豊かな実りで応えてくれます。

圧倒的な緑と空
演奏家の皆さんへの贈り物
カーブドッチに滞在すると、この営みのどこかの瞬間に立ち会うことができます。だからこそ、私たちが演奏家の皆さんにお願いするのは、ただひとつです。
それは、演奏会の後、しばらくこのワイナリーに身を委ねていただくこと。
宿泊をご用意していますので、どうか、そそくさと次の場所に向かわないでいただきたいのです。
終演後はガーデンを散歩し、温泉に浸かり、演奏の余韻に包まれながら過ごす。この土地で育まれたワインと料理を味わい、非日常のまま眠りにつく。
朝は、ぶどう畑を抜ける風を感じながら目覚め、ゆっくりと日常へ戻っていく。
そんな、五感すべてが満たされるようなひとときをお届けします。ここが演奏家にとって、「また帰ってきたい」と思える場所になることを願って。

演奏家と、お客様と、みんなでつくる
もう一つ、願っていることがあります。
一般のクラシックコンサートが、咳もできない、物音ひとつ立てられないという緊張感で進むのに比べ、カーブドッチの音楽会は、もっと肩の力を抜いて、自由でありたいのです。
テーブルの上にはパンとチーズ、そしてワイン。もちろん、始まりの合図は乾杯です。
演奏家はその日の空気や気分に合わせて、インスピレーションの赴くままに音を紡ぐ。そこには、あらかじめ決められた筋書きなど必要ありませんし、プログラムですらなくてもいい。
アンコールは、トランペットやバイオリンが前庭に出て、青空の下で伸びやかに奏でる。ピアノは二階のパイプオルガンへと席を移す。天井から降り注ぐ音にホール全体が包まれ、はるか遠くの王宮の時代に想いを馳せる。
そんな、型にハマらない自由なコンサートがここなら叶います。この広大なワイナリー全体が、音楽を生み出す舞台なのですから。

どうか、百年続きますように
たくさんの演奏家の手で育てられたピアノ「ベーゼンドルファー・ミレニアム2000」は、今年で26歳になります.これからも多くの人が弾き鳴らし、百年を超える銘器として、さらに長い歴史を重ねていくことでしょう。
いつの日か、世界中から「ここで演奏したい」と音楽家たちが集う。カーブドッチでの滞在を経て、一年後の再会を約束する。そんな光景が見えてきます。
その演奏を聴くために、ファンの方々も世界中からこの地を訪れるでしょう。そして、心地よい余韻のなかで夜を迎える…。
泊まってこそ得られる感動。ゆっくりと深まっていく豊かな時間。私はここカーブドッチを、そんな夢のような音楽会が開かれる場所にしていきたいと思うのです。
夢の大きさ
ある日、ワインをつくっている三男の史人に、お茶を飲みながら尋ねてみました。
「いろいろあったけれど、どうしてカーブドッチはここまで来られたのかしら?」
すると史人が一言。
「それはね、夢の大きさだよ」
そして続けました。
「どんな壁が立ちはだかっても、夢が大きければ、まわりが何とかしてくれる。その結果が今なんだよ。だから母さんは、ずっと先のことを考えていていい。今のことは、僕たちに任せて」
という嬉しい言葉で締めくくったのです。
確かに私は、ワインはつくれないし、料理人でもありません。ぶどうも育てられなければ、バラの専門家でもありません。本も書けないし、ピアノも弾けません。それでも、確かに不思議と、願った夢は叶ってきました。
自分でも無謀だと思いながら進んできましたし、辛くて苦しいことも多々ありました。
今回も、「小さな音楽ホールなのに、一流の音楽家を呼びたい」だなんて、どうしてそんな無茶をと思わないわけはありません。
でも、妥協はしたくない。手に入らないからといって、その夢を諦めて、手頃なもので手を打つなんて、私にはできないのです。
どんなに有名で忙しくても、好きな作家に本を書いてほしい。どんなに遠い存在だろうと、聴きたいピアニストにベーゼンドルファーを弾いてほしい。
ただそれだけのことです。
最後に頼れるのは
かつて、コロナ禍で会社が立ちゆかなくなったとき、私たちを助けてくれたのはワインでした。
稼ぎ頭だったレストランも、結婚式も、温泉も、全てが壊滅的な状況に陥る中、地道に続けてきたワインづくりが会社を救ったのです。
だから、私は信じています。
いつの日かベーゼンドルファーの音色が、音楽事業を支えてくれることを。ワインがそうであったように、ピアノが静かに、しかし力強く、必ずこの場所の未来を育ててくれるのだということを。
ここまで、とてもとても長い私たちの物語を、言葉を通して一緒に追体験してくださりありがとうございました。
この物語を通じてお伝えしたかったのは、単なるワイナリーの歴史ではありません。想いを持って挑戦を続ければ、人はゼロからでもこれほど豊かな景色を創り出すことができる。そのことでした。
カーブドッチとは、ワインをつくる場所であると同時に、訪れる人が日常を忘れ、豊かな時間を過ごすための文化を育む場所です。
私たちが信じ、耕し続けてきたこの土地の時間や空気が、少しでも皆さまに伝わっていたならこれほど嬉しいことはありません。
もしよろしければ、今度はぜひ、この物語の舞台である角田山の麓へ足をお運びください。いつかお会いできる日を、心より楽しみにしております。
物語はここでひとまず一区切りとなりますが、カーブドッチの歩みはまだまだ続きます。これからも、どうぞお楽しみに。
