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カーブドッチ物語 #35|ここだけの価値③ ワインと音楽の幸せな関係

音楽ホールとしての「ここだけの価値」。あとは何があるだろう‥。

ああ、ありました! 忘れるところでした。ここには「ワイン」があるということです。


ワインと音楽の親和性

そもそも、ワインとクラシック音楽はとてもよく似ています。どちらも、時間によって価値が育まれる文化だと思うのです。

ワインは、紀元前6000年頃から人々の暮らしの中にありました。

古代エジプトやギリシャ、ローマを経て、キリスト教とともにヨーロッパ各地へ広がった長い歴史があります。私たちは日本にいながら、この西洋の飲み物を当たり前のように自分たちの食卓に並べ、楽しんでいます。

一方、クラシック音楽もまた、作曲家が生涯をかけて書き上げた作品を、その楽譜をもとに、何十年、何百年にもわたって演奏し続けることで価値を育くんできました。私たちは現代にいながら、演奏を通してバッハやモーツァルト、ショパンが生きた時代の情景や苦悩、喜びに思いを馳せることができます。

長い時間の積み重ねによって受け継がれてきたという点で、ワインとクラシック音楽はとても近しい存在なのです。


ワインと音楽がある贅沢さ

ワインを飲みながら、クラシック音楽を聴くのは非常に贅沢な過ごし方です。でもここでいう「贅沢」とは、単に「良いワイン」と「良い音楽」を同時に楽しむことではないように思います。

ワインもクラシック音楽も、本質的には時間の芸術です。

ワインは、その年の気候や土地の記憶を抱え、醸造家の手を経て熟成し、長い時間をかけて完成します。そしてグラスの中でも刻々と表情を変えていきます。

クラシック音楽もまた、作曲家が人生をかけて紡いだ楽想が、演奏家の解釈によってその瞬間だけの音となって生まれ、消えていきます。

どちらも「今、この瞬間」にしか出会えない一期一会です。

私たちは忙しい日常の中で、無意識に効率や結果を求めます。けれど、ワインと音楽の前では、急ぐことに意味はありません。グラスを傾け、耳を澄ませながら、ただ流れる時間を味わう。そのこと自体がとても贅沢なのです。

さらに不思議なのは、ワインが音楽を深くし、音楽がワインを豊かにすること。繊細なピアニシモに耳を傾けると、ワインの香りはより鮮やかになり、熟成したワインの余韻は、最後の一音が消えた後の静寂をより美しく感じさせます。

それは感覚の足し算ではなく、心の中で起こる掛け算です。

一杯のワインと一曲の音楽によって、目の前の時間が少しだけゆったりと流れ始める。そのとき私たちは、日々の忙しさの向こうにある、本来の豊かさに触れているのだと思います。

この青空には、
どんな音楽が似合うだろう


カーブドッチで聴いてほしいピアノの調べ

カーブドッチの音楽会は、いつもかたわらにワインがあり、音楽とワインが溶け合う時間がゆっくりと流れています。

そんなカーブドッチの風景に相応しいピアノの小品を、クラシック好きの私が選んでみました。それぞれのシーンを想像しながら、ワイン片手にお愉しみください。今を代表するピアニストの演奏をリンクしておきます。


ワイン樽が眠る【地下セラー】で

静かな地下空間に並ぶワイン樽。ほのかな灯りの中で、時間がゆっくり熟成している、この幻想的な世界には、ラヴェルの緻密で神秘的な音楽がよく似合います。百年以上前のこの曲は、今でも柔らかく時を刻んでいます。辻井伸行の演奏でお楽しみください。

『亡き王女のためのパヴァーヌ』(6分)
作曲家:ジョゼフ・モーリス・ラヴェル
ピアニスト:辻井伸行


風を感じながら歩く【ぶどう畑】で

ぶどうの葉を揺らすそよ風や、お日さまの光と見事に溶け合う優しく穏やかなメロディ。ぶどう畑の小道をリラックスして歩く足取りを連想させる『亜麻色の髪の乙女』はいかがでしょう。ラン・ランの演奏は、一音が艶やかで、まるで映画のワンシーンを見ているようです。

『亜麻色の髪の乙女』(3分)
作曲家:クロード・ドビュッシー
ピアニスト:ラン・ラン


【芝生】で優雅に舞いながら

ルイ14世の時代の宮廷文化と舞曲の融合です。洗練された優雅さと独特の装飾音。フレンチバロックの名手・務川慧悟は現代のピアノを使いながらも、チェンバロのような軽やかで明瞭な音と、フランス音楽特有の洗練されたエスプリ(精神)を見事に表現しています。青空の下で、軽快なテンポで踊ってみましょう。

『ガヴォットと6つのドゥーブル』(8分)
作曲家:ジャン=フィリップ・ラモー
ピアニスト:務川慧悟


人で賑わう【オープンカフェ】で

リズミカルで軽やか、カフェで楽しむ時のティータイムにぴったりの曲です。ブルース・リウは、ピアノの黒鍵だけを高速で駆け抜ける難曲を、重さを感じさせないタッチで弾いてくれます。

『黒鍵のエチュード』(2分)
作曲家:フレデリック・ショパン
ピアニスト:ブルース・リウ


江戸時代の古材建築【レストラン薪小屋】で

バッハの音楽は、まるで建物そのものが響いているような感覚を与えてくれます。三百年の時を超えて受け継がれてきた、木の温もりと秩序のある美しさが、薪小屋の世界観にマッチ。現代において、シフはバッハ演奏の最高峰です。70代を越えて今なお、極上の美しさと深い知性、包容力を兼ね備えています。

『インベンション第13番』(1分)
作曲家:ヨハン・セバスティアン・バッハ
ピアニスト:アンドラーシュ・シフ


ベーゼンドルファーが待つ【音楽ホール】で

カーブドッチホールの魅力は、小規模ならではの親密な空間と、ベーゼンドルファーの深く豊かな響き。そして窓の外に広がるぶどう畑と新潟の空です。
グラスを傾けながら、この景色に寄り添う一曲を選ぶなら、藤田真央によるモーツァルトでしょう。

真珠が転がるような透明感あふれる音色。自然なテンポの揺らぎと、軽快で優雅なリズムが息づいています。5年前、21歳の藤田真央のこの演奏には、瑞々しい感性と、聴く人を包み込む温かさがあります。その幸福感は、窓の外に広がるぶどう畑の風景とも不思議なほどよく響き合います。

『ピアノ・ソナタ第16番 K.545』(3分)
作曲家:ヴォルクガング・アマデウス・モーツァルト
ピアニスト:藤田真央


クラシックに興味のない方には、少し退屈だったかもしれません。でも、音楽は本来、もっと自由に楽しむものです。

芝生の広場にはジャズのビッグバンドが似合うでしょうし、賑わうカフェにはパリの街角を思わせるアコーディオン、古民家の薪小屋には津軽三味線の力強い響きもよく合うはずです。

ワインは確かに音楽の魅力を引き立ててくれます。でも、本当に人の心を動かすのは、「遠方からでも聴きに行きたい」と思わせる演奏そのものなのです。

いい演奏家を招きたい。けれど名もない小さなホールに人を集めることは、想像以上に難しい。それが偽らざる本音です。今宵、自宅でワインを飲みながら、柄にもなく弱音を吐いていると、どこからか声が聞こえてくる気がします。

「また、ゼロからだね」

カーブドッチの物語は、いつだってそこから始まるのです。

次回もお楽しみに。

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