カーブドッチ物語 #34|ここだけの価値② 音楽ホールは共鳴する楽器
唯一無二のピアノ「ベーゼンドルファーミレニアム2000」を迎えた日から、遡ること5年前にカーブドッチホールは建てられました。
今回は音楽ホールとしての、この建物の価値を考えてみました。
実は、弱点ばかりの音楽ホール
創業2年目に建てたホールは、資金不足で計画よりずっと小さいものになってしまいました。椅子をぎりぎりまで並べ、2階席も追加して、やっと200席。
しかも、音楽ホールとしては立地があまりにも悪すぎて、気軽には行けません。
カーブドッチは、新潟駅から南西へ約25km走った海岸沿いにあります。電車で向かうなら、最寄駅まで在来線で30分。そこからはタクシーしかなくて、さらに20 分。新潟駅からさほど遠くないのに、まるで地の果てのように不便です。
結果として、お客様の多くは車で来られます。ところが困ったことに、12月になると今度は雪の心配が出てくるのです。海に近いのでめったに積もりませんが、一度降り始めると一晩で70センチのドカ雪になることも。そんな日は車が立ち往生してしまうので、音楽イベントは安心してご来場いただける3月から11月が中心になります。
まず、規模のことですが、地方にありながら全国に名が知られている小規模ホールはいくつもあります。いずれも強い個性とブランド力がある名ホールで、ホールそのものが目的地になっています。
▶︎八ヶ岳高原音楽堂(長野・230席)
森の中に建つ木造ホール。静謐な空気感があり、演奏者からの評価も高い。
▶︎宗次ホール(名古屋・310席)
クラシック専用のホール。驚異的な公演数で「日常的に音楽へ通う文化」を育てている。
▶︎風のホール(淡路島・180席)
自然と建築と音楽が一体となった空間。非日常体験が強く、観光滞在型に近い。
席数だけなら、カーブドッチホールもそう変わらないですが‥。
極小規模。交通の便が悪い。雪の心配がある。さらに、まだ知名度もない。こうして並べると、気持ちの良いくらい「いいとこ無し」です。

イスをもっとぎっしり並べます
まわりはスイカ畑だけだった
ここまで書いていたら、少し気が滅入ってきました。
でも、思い起こせば、こんな苦労は今に始まったことではありませんし、そもそもワイナリーをこんな場所を選んだのは私自身。誰にも文句は言えません。
30年前。公道から500メートル入った松林の奧に、ワイン製造場を建てることに決めました。見渡す限りのスイカ畑。家は一軒も見えない。そんな景色が気に入ったのです。
製造場が完成しても、何も始められないことが分かりました。
人は、インフラがなければ一日たりとも暮らせないからです。インフラとは、電気・ガス・水道・下水のこと。「まあ、基本的人権なんだから、誰かが何とかしてくれるだろう」と、甘く考えていましたが、結局は公道から500メートルを自力で引き込むことになりました。
しかも、この場所は「佐渡弥彦米山国定公園」の中にあるため、建ぺい率はわずか20%※だそうです。希望する建物面積の5倍もの広大な土地が必要というわけです。私がそれまで住んでいた鎌倉では、考えられないような規制ばかりでした。
予想外の費用と時間。何より、地元の同意が要る。これが最難関で泣きたくなりました。それに比べたら、何も恐れるに足らずです。
※敷地面積に対する建築面積の割合

山菜の宝庫です
弱みが、ここにしかない強みになる
でも、違った見方をすると、何かを建てようにも、簡単には入ってこれない土地ということです。だからこそ、この静けさと風景が手付かずのまま残ったと言えます。この場所だから、守られてきた景観と環境がありました。
大きくもない。アクセスも良くない。天候も悪い。
でも、でも、だからこそ、ここにしかない豊かな時間が流れているではありませんか!
足りないものに目を向けて悩むより、ここにしかない強みを見つけよう。それを大切に育てていきたい。今は、心からそう思っています。
では、カーブドッチの小さなホールにしかない価値とは。大ホールでは決して生まれないものとは…。
それは、計算し尽くして設計した、ホール独自の「音響」です。
ホール自体が、共鳴する楽器
200席規模のホールは、実は世界的に「ピアノに最も適したサイズ」といわれています。モーツァルトの時代には、ピアノは王侯貴族のサロンで弾くものだったのです。
空間が大きすぎないからこそ、奏者の息遣い、指先の動き、鍵盤が沈む音までもが直接届きます。それは、演奏を遠くから「鑑賞」するのとは違う、ピアニストと空間や時間を濃密に「共有」する体験です。
カーブドッチの場合、ピアノを正面に置くと、放たれた音はまず背後のドームに当たり、そこからホール全体へとくまなく拡散していきます。8メートルの天井へと昇った音が、立体感を伴って頭上から降り注ぐ。この構造が、豊かな残響を生み出すのです。

光も満ちてくる
天井や壁、床には、適度に木材を使いました。加えて、平行な壁をひとつも作らない設計に徹したことで、無駄な反響はゼロ。音は、空間の中で自然にほどけ、膨らみ、柔らかい余韻となって溶けていきます。
繊細なピアニシモ(弱音)は最後列まで届き、力強いフォルテシモ(強音)は耳が痛くならない。まるで、ホール全体がひとつの楽器のように鳴るのです。
ピアニストたちからも、よく聞きます。2,000人規模の大ホールでは、群衆に向かって演奏する感覚。けれど小ホールでは、「聴き手の一人ひとりと対話する感覚になる」と。
この近さこそが、このホールの最大の武器なのだと思っています。

ベーゼンドルファーが主役のホール
時間が止まる冬も美しい
お客様からお借りした、15 年ほど前の映像があります。
雪に閉ざされた冬のカーブドッチホールです。外界の音も、色彩も、雪がすべてを吸い取ってしまったようなモノトーンの世界。訪れる人もないホールに流れるピアノの調べ。最後のシーンは、よく見ると彼方に温泉の湯煙が立ち昇っています。
今、季節は初夏ですが、よろしければ雪の日のピアノに癒されてください。
▼YouTubeに飛びます
https://youtube.com/watch?v=gXpvYAoNZLM&si=8EIXScmMV2vS8q3e

クリスマスコンサートも考えています
この先、長い時間をかけて、このホールを本物の「音楽の聖地」へと育てていく。 その未来への足音が、今は楽しみでなりません。素晴らしいピアノとホール。 けれど、これだけで終わらないのがカーブドッチです。
次回もお楽しみに。
