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【小説】ホームズ #7


《明日、福島探偵が裁かれる、探偵寸劇が配信されます。その際、新探偵がついにお披露目されます!》
「どうでしょうか?」
真島は、広報担当が持ってきた煽り文句を眺めていた。
「常々思っていたんだが、寸劇、というのはどうも陳腐だな。」
「と、言いますと?」
「例えば、『名探偵による推理ショー』みたいな感じで、もっと泊をつけろ。極上のミステリーといった塩梅で。」
「わかりました、もうあまり時間もないので、早急に変更させます。」
「ああ、頼んだ。」
真島はすぐにスマホをとった。
「今週の『月刊スカーレット』、読んだがあれはなんだ?挑発のつもりか?」
『真島秀一の順風満帆な人生。なかなか気に入ってもらえる記事だと思ったんですがね。』
「ふざけるなよ。あることないこと書きやがって。」
『それはそっちでしょうよ。こっちはこれだけのお金をもらわないと、ってちゃんとこの間伝えたじゃないですか。』
「….わかった。わかったから、しばらく警察関係の記事は書くな。」
『統制ですか??困りますよ、そんなの。我々はあなたが、福島探偵を貶める嘘のスキャンダル記事を書けと言われて、仕方なく書いてるんですよ?』
またこれだ。こいつらこそ、売上でがっぽり稼いでいるくせに、なにか言うとすぐに振りかざしてきやがる。怪盗の指示とはいえ、もう少しマシな雑誌はなかったものか。
「わかった。金は送金するから。もう切るぞ。」
スマホを叩きつけようとして、やめた。通話を切ってスマホを投げ出す。
昔は固定電話だったから、叩きつければ電話は切れていたのだが。
そんなことを考えていると、ノック音がした。
「はいりたまえ。」
坂本だった。
「例の芦田部長への書類ですが、返答をもらってきました。」
ご苦労、と書類を受け取る。
「あの、ちょっといいですか?」
「…なんだね。」
「本当にあの台本で行くんでしょうか。」
「何を言い出すんだ?今更変えたりはしないぞ。」
「…わかりました。」
坂本が去った後、タバコをふかした。大学生の頃にはじめて、一時期禁煙していたのだが、最近になってまたぶり返している。
人の心は計れない。だからこそ、こちらが強く、聡くならなければ周りを束ねるリーダーにはなれない。それが真島の持論だった。
だが、それは今、崩れ始めている。もう誰も、信用できないのだ。金で買った関係はいつ崩れかもわからない代物だ。
そんなことを考えていたら、タバコさえも恐ろしくなった。もしかしたら毒が入っているかもしれない。
大きなため息をつき、まぶたをおろした。

《稀代の推理ショー!!探偵VS探偵!!福島探偵を、新探偵が裁く!空前絶後の、極上ミステリを見逃すな!配信開始は13時〜….》
「明日の13時か… 。」
宇治川は警察庁公式アカウントの投稿を見ながらつぶやいた。
根岸と岩村は、今都内の地図を見ながら、舞の行方を追っている。
昨日、発信器の消えた場所に行くと、既に誰もいなかった。ダミーの発信器が落ちていたが、指紋は検出されなかった。
舞を乗せた車がどこに消えたのかは定かではないが、少なくとも石田の車から別の車に移動した可能性が高い。
「でも、絶対宇治川さんに復讐に来ると思うんですよ。こういう系のミステリって。」
「そうだねえ。必ず目の前に現れるはずだねえ。」
根岸の言葉に岩村が同調した。
健太は今、事務所の仮眠室で眠っている。あれからいちどは起きたものの、姉と福島の不在に気づき、泣き喚いた後、疲れて眠ってしまった。
美子は昨日の飛行機でこちらに向かっているとのことで、今日中に事務所にやってくるという。
「なにはともあれ、あーしはたっちゃんを助けに行かなきゃね。探偵寸劇、あ、推理ショーはどこでやるの」
「恐らくテレビ局だろうな。スタジオを丸々借りていると聞いた。」
「どのテレビ局?」
「宝島テレビだ。」
「宝テレか。知り合いもけっこういるし、なんとかなるかもね。」
「そういえばさあ、松野くんはどうなったの?」
岩村の質問に、根岸は嬉々として答えた。
「説教10時間コースだそうです。」
「お気の毒に…」
「いい薬ですよ」
そう言うと根岸は、スマホで宝テレの関係者の連絡先を探し始めた。

お願いしまーす、と挨拶をしながら、スタッフが流れ込んでくる。
いよいよ来てしまった。
坂本にとって、今日はとても長い1日になるに違いなかった。
あと1時間で配信が始まる。九州の家族も、みんな見るだろう。晴れ舞台だ。
…だが、坂本は内心穏やかではなかった。
そのとき、真島を先頭に、大量の警察官とともに、福島武雄がスタジオに入ってきた。
福島はそのまま控室へと向かう。
思わずあとを追った。控室のドアの前で、何気なく耳を傾けた。
「気分はどうだ。福島くん。」
「最高です、真島さん。」
「最高?それは驚きだな。君はこれから、1億人以上の観衆からそしりを受けることになる。」
「構いません。真島さん、あんたはなにか勘違いしてますよ。僕の地位だとか名誉だとか、そんなものはどうだっていいんだ。僕がここで沈もうと、僕は真島さんが一生かけても得られないものを守れる。」
「マスコット風情が、語るんじゃないぞ。」
「すみません、でも、僕が守りたいものは、ここにはないです。」
坂本は、胸が張り裂けそうだった。
出世。そのために友を切った。小さい頃からずっと変わらず続けてきたことだ。県内有数の公立高校に進学した年の正月の、親戚の目線は気持ちのいいものだった。
これからも、落ちないように、落ちないように、この道を辿っていく。そう思って生きてきた。
だが──。どうやら、家族の、親戚の、大衆の反応など、どうだっていいようだ。本当に信用される人物は、誰かのために動ける人だ。
本当の信頼は、誰にも盗めない──。
自分の控室に引き返し、坂本は意を決してカバンを開けた。

根岸はメイクとしてスタジオに潜入していた。ツテを使って、宝テレ内に入れてもらったのだ。
福島の控室にはいり、メイクをするフリをしながら、囁く。
「たっちゃん私だ。いいか、宝テレの地下駐車場に岩村さんのパトカーが停まってる。配信が終わり次第逃げ出して、エレベーターで地下駐車場まで行くんだ。OK?」
「了解です。」
「それから、健太くんは無事だ。OK?」
「…ありがとうございます。じゃ、またあとで。」
根岸が去った後、武雄はスタジオに連れて行かれた。
入ってくるときは気が付かなかったが、そこには巨大なセットが組まれていた。豪華な洋館のようだ。
「New司法取引によって生じた不都合並びに台本に意義を唱えることなく、従うことで、減刑することができます。New司法取引を所望しますか?」
弁護士に渡されたペンで、サインする。
警察官は画角の外に消え、ついに配信が始まった。

「皆さんこんにちは、えっっと、私は、新探偵の、坂本ワタルと申します!」
配信の視聴者数は既に100万人を突破しており、コメントも流れつづけている。
坂本は福島の方を向いた。コメントには、武雄に対する罵詈雑言が溢れかえっている。
「あなたの罪を暴きます。」
武雄もまた、坂本を見る。
「福島さん….あなたは、反社会勢力との関わりなどない、そうですね?」
武雄が困惑の顔を見せ、空気が凍った。一瞬とまったコメントは、次の瞬間困惑と怒りで埋め尽くされた。
真島が立ち上がり、怒りの形相で坂本を睨む。
「おい、配信を終了させろ。」
だがスタッフは動かなかった。
「おいお前ら、なにをやってるんだ!!!」
「我々は続きを全国民に知らせるべきだと思います。」
スタッフのひとりが言った。
そうこうしているうちに、坂本は喋りだした。
「この音声を聞いて下さい。」
坂本は、録音機を取り出した。
「おい、なんの真似だ、おい!」
「先程から画面外で叫んでいるのは、警察庁幹部、真島秀一氏です。月刊スカーレットで特集が組まれていたので、見知っている方も多いと思います。」
「今から流すのはその真島氏と、月刊スカーレットの編集長の会話の録音です!」
真島は引きつった顔で坂本を睨む。だが、有無を言わさず坂本はスイッチを押した。
『今週の『月刊スカーレット』、読んだがあれはなんだ?挑発のつもりか?』
『真島秀一の順風満帆な人生。なかなか気に入ってもらえる記事だと思ったんですがね。』
『ふざけるなよ。あることないこと書きやがって。』
『それはそっちでしょうよ。こっちはこれだけのお金をもらわないと、ってちゃんとこの間伝えたじゃないですか。』
『….わかった。わかったから、しばらく警察関係の記事は書くな。』
『統制ですか??困りますよ、そんなの。我々はあなたが、福島探偵を貶める嘘のスキャンダル記事を書けと言われて、仕方なく書いてるんですよ?』
『わかった。金は送金するから。もう切るぞ。』
録音機が喋りきって、坂本は再び福島に向き直った。
「すべては策謀だったんです!新探偵の後ろ盾になった者が次のイニシアチブをとる。だから、福島探偵をスキャンダルで貶めて、この私を新探偵として推薦したんです。」
真島は、ついに画角の中に入ってきた。
「貴様、後悔するぞ…!いいんだな?お前はもう、探偵でもなんでもないぞ!」
「もういいです。僕からしたら、真島さんのほうが滑稽に見えましたよ。誰かの足跡を踏み外さないようになぞるだけで、まるでピエロだ。」
そのひとことで、真島は激昂した。
「坂本!」
「福島探偵!行ってください!守るべきものの所へ!」
武雄は虚をつかれた顔をしたが、すぐにニコッと笑って、
「ありがとう!」
そう言うと、武雄はスタジオを飛び出した。

「追え!追え!」
真島に指示された石田たちが走り出した。それに合わせて、真島はカメラを次々に叩き壊した。配信は強制終了し、火花が散った。
「貴様ら全員私への反逆か!ああ!?」
スタッフ全員に怒号を浴びせる。
「我々はあなたよりも、福島探偵を信じています。」
…嘘だ。信用など、信頼など、簡単に崩れ去るのだ。なぜこいつらは、それでも信じているのだ。
「今すぐ全員出ていけ。…そして!こいつはここに縛り上げてろ。」
真島の指示で、真島の部下が坂本に手錠をかけて、セットの机の足につなげた。
「見張ってろ。」
そう言うと、真島はスタジオをあとにした。
直後、電話がなった。警視総監、光堂だ。
『どういうことかね。』
「光堂警視総監、これは大いなる陰謀です!私ははめられたのです!」
『…どうせ負けるなら、もっときれいに去れ。見損なったぞ。』
電話が切れた。明らかに、受話器を叩きつける音がした。
負け方だと?そんなもの知らない。この私は、これまでもずっと、勝ち続けてきたんだ…!
…そうだ、怪盗。やつに連絡して、指示を仰ごう。メールを開いていると、通話がかかってきた。佐野篤郎だ。
終わった。今いちばん喋りたくない相手だ。
「はい、真島です。」
『…ずいぶんと憔悴してるわね。』
「は?」
それは、佐野の妻の声だった。
『最後まで気づかなかったわね。

私が怪盗よ。』

詩織は真島と会話しながら、「会議室」を出た。
「毒ガスの入手は簡単だったわ。宝島製薬って会社があるもの。月刊スカーレットは宝島出版。宝島テレビに、宝島自動車。宝島グループの代表の妻ってだけで、何でも手に入る。そう、なんでも。」
『毒ガスだと!?』
「そう。今、会議室でみんな死んでるわ。夫も、役員連中も、系列会社の社長どもも。仲良く毒ガスでくたばった。」
『あんたがやったのか。』
「アタリマエのことを聞かないで。篤郎さんはね、私のこと愛してくれてたから、どこに行くにもいっしょ。だから寝首をかきやすい。」
『わざわざ警察の俺に言った理由はなんだ。』
「ふっ..もうあなたは必要ない。舞を手に入れるために必要だっただけよ。」
『ふざけるなよ!』
「ふざけてないわよ。それにもう一つ、私はね、悟が作ったものはぜんぶ奪うって決めたの。探偵ブランドをやすやすとあなたに渡すと思った?残念。あなたが立ち上げた新探偵ブランドは、宝島グループの経営陣全員死亡により頓挫。まあでも、なんだか新探偵ちゃんが頑張ってくれたみたいだけど?」
『私を嵌めて、ただで済むと…』
「嵌めた?あなたこそ冗談言わないでよ。私とあなたを対等な存在だと思わないでちょうだい。私はこのミステリの作家で、あなたは登場人物にすぎない。私の筋書き通りに、あなたはこのまま終る。運命みたいなものよ。嵌めるだとか、そういう話じゃ、そもそも、ないの。」
『くっ..』
「あらごめんなさい。あなたにかけてあげるべき言葉はこんなんじゃないわね。…よく頑張ったわね!すごいわ!あなたならやれると信じてた!さすが真島秀一ね!」
通話を切った。会議室に篤郎のスマホを投げ入れると、ドアをしめて、部屋を出る。
階段をゆっくりと降りながら、詩織は高揚していた。
これで探偵ブランドはおしまい。あとは…
スマホを取り出し、画面に映る家族を見る。
宇治川美子と、宇治川健太。
宇治川悟がそうしたように、私も全てを奪う。
階段を降りきると、駐車場にでた。そこに停まっている黒いバンに乗り込む。バンには「宝島自動車」と印字されていた。
バンの後部車両で眠っているのは舞だ。
頬を優しく撫でる。
「今度はちゃんと、あなたもいっしょにね。」
微笑みながら声をかける。ナビに住所を打ち込んだ。
目的地は、「福島探偵事務所」。

走る武雄を石田達が追う。エレベーターに飛び乗り、「閉」ボタンを連打するが、なかなか閉まらない。すんでのところで、石田がエレベーター内に入り込んできた。
お互い息を切らしながら、向かい合う。
「石井さん。悪いですけど、僕はいかなきゃなんで。」
「ふざけんなよ。俺の出世を邪魔しやがって。お前の墓標はここだ。…..そしてな。俺は石田だ!」
激しい殴り合いだった。狭いエレベーター内で石田と武雄が戦う。
ガラス張りの壁に顔を押さえつけられる。キュキュっと擦れる音がして、頬に激痛が走る。
「うおおおお!」
顔を掴んで足をはらう。
「この…福島…!」
抵抗する石田を掴み上げ、壁に打ち付ける。「4」ボタンを押し、開いたドアの向こうに石田を投げ飛ばした。
石田が再び立ち上がった時、既にドアはしまった後だった。

坂本は、俯きながら、笑っていた。
これでいいのだ。正しいと思えることをした。間違っていない。はずだ。
その時、スタジオにひとりの警察が入ってきた。
「代わります。」
そう言って坂本の横にたつ。真島の部下は一礼して、スタジオの外に消えた。
「よう。坂本。」
その声に、坂本は聞き覚えがあった。
「柳…!」
「見たぞ。配信。」
なにか言いたいが、なにも口から出てこない。
そのとき、柳がかがんで、坂本の手錠を外した。
「で、次はどうするんだ?坂本探偵。」
言いようもない感情が込み上がってきた。
「柳…ごめん、俺…!」
「いいから行くぞ、ほら!」
2人はスタジオを飛び出した。

地下1階に到着した武雄は、岩村のパトカーを見つけると、頬から流れる血を拭いながら走った。
だが、角を曲がったところで、タックルを受けた。真島だ。
「やってくれたな。ああ!?」
目は虚ろで、シャツははだけている。ひとしきり発狂したようだ。
「お前が、お前の!せいで!」
何度も殴られる。この目は、人を殺してしまう。
そのとき、後ろから岩村が真島の腰を掴んで転ばせた。ついで、根岸が現れて、手錠を腕にかけた。
「いちどやってみたかった!いちどやってみたかった!!」
助かった。
興奮する根岸を引っ張って、というより岩村に支えられながら、パトカーに乗った。
「おいおい、こりゃひどいよ。むちゃしたねたっちゃん。」
根岸に介抱されながら、パトカーは発進した。だが、出口付近で、行く手を石田と刑事たちがふさいだ。
「あいつら、追いついてきやがった..!」
「福島!出てこい!」
そのとき、激昂する石田に、坂本が飛びかかった。後ろからやってきた柳が、他の刑事と応戦する。
「福島探偵!行って!!」
そうして、ようやくパトカーは宝テレを脱出した。
「岩村さん、それで、舞ちゃんの居場所は掴めたんですか?」
「それがね、発信器が微量の電波を発してたんだよ。で、それを昨日丸一日辿ってたんだけど…」
「だけど?」
「いま、探偵事務所にいる…。」
岩村さんのいつもの間延びした声ではなかった。
根岸は岩村との会話を思い返していた。

「でも、絶対宇治川さんに復讐に来ると思うんですよ。こういう系のミステリって。」
「そうだねえ。必ず目の前に現れるはずだねえ。」

「舞、起きなさい。」
その声で、舞はふと目を覚ました。あの衝撃から、ずっと眠っていたのだろうか?
運転席から、詩織が身を乗り出してこちらを見ている。
明るい場所で見て、はじめて、詩織の顔を見た。
かつての母の末路。
「舞。ぜんぶもとに戻してあげる。降りなさい。」
ここは──まさか。
「降りなさい!!!」
怒鳴られ、萎縮しながらも、舞は必死に声を出した。
「…お母さん、もうやめようよ。もう…」
「うるさい!」
「あなたのせいで….あなたのおかげで…」
愛憎にまみれた文言を口にしながら、詩織は舞をバンから引きずりおろした。
「私は全部手に入れる。かつての生活をね。あなたも愛しいでしょう!悟と私、そしてあなた。他の邪魔者はいらないの。」
その声は、今までで聞いたあらゆる人間の声の中で、いちばんどす黒く、同時にいちばん舞が求めていたものだった。

ホームズ #7 fin.

#8に続く。 次回完結!


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