二十年PMが見てきた。「努力できる人」が強いわけではない——水木しげるに学ぶ、無理をしない戦略
プロローグ
正直に言う。
若い頃の私は、努力できる人が成功すると思っていた。寝る間を惜しんで働き、人より頑張り、気合と根性で乗り切る。そんな人が強いのだと信じていた。だから自分も無理をした。徹夜を誇り、休まないことを誇り、疲れていることをむしろ勲章のように語っていた時期がある。
しかし二十年以上現場にいると、まったく違うことが見えてくる。無理をしない人の方が、長く残る。そして、その「無理をしない戦略」を生涯にわたって貫き、九十歳を超えてなお現役で漫画を描き続けた人物がいる。水木しげるさんである。本記事では、二十年の現場経験と、水木しげるさんという特異な存在を重ねながら、AI時代に長く残るための「壊れない設計」について考えていきたい。
第一章 水木しげるは「努力嫌い」だった
水木しげるさんは、努力そのものを否定していたわけではない。漫画を描くという仕事は、本質的に膨大な作業量を必要とする。しかし彼は、無理をすることを徹底的に嫌った。睡眠を大切にし、食事を大切にし、好きなことを大切にした。そして何より「好きなことを続ける」ことを最優先に置いた。
戦争で左腕を失い、紙芝居から貸本漫画へ、そして週刊誌連載へと長い下積みを経た人である。経済的に厳しい時期も長く続いた。それでも彼は、徹夜で原稿を仕上げて燃え尽きるような働き方を選ばなかった。一見すると、成功者らしくない態度に映る。しかし結果として、九十歳を超えても現役の漫画家であり続けた。これは才能の話ではなく、設計の話である。早く走ることよりも、長く走り続けることを選んだ人の到達点だった。
第二章 気合は長続きしない
二十年PMをやってきて、しみじみ思うことがある。優秀な人ほど全部を背負う、ということだ。責任感が強く、真面目で、人に迷惑をかけたくない。だから無理をする。そして、壊れる。
現場で人が倒れていく原因を観察してきた限り、人災で壊れる人より、自分の真面目さに壊される人の方が圧倒的に多い。誰かに強制されたわけでもないのに、自分で自分の納期を厳しくし、自分でタスクを抱え込み、自分で休みを返上する。そして気づいたときには、心も体も動かなくなっている。気合と根性は、短期的には素晴らしい武器に見える。しかし長期で見れば、それは確実に自分を削っていく消耗品である。プロジェクトは一年で終わるかもしれないが、職業人生は四十年続く。短距離走の戦略で長距離を走れば、必ずどこかで膝が壊れる。
第三章 続けることは才能ではない
水木しげるさんは「成功する秘訣は寝ること」と語っていた。若い頃の私は、この言葉を笑っていた。冗談か、せいぜい謙遜だと思っていた。
しかし五十代になると、もう笑えない。健康、睡眠、機嫌、巡航速度。この四つが崩れると、仕事も人生も同時に崩れることを、嫌というほど見てきたからだ。優秀だった同僚が、ある日突然連絡が取れなくなる。会議で輝いていた人が、半年後には別人のように疲弊している。原因を遡ると、たいてい同じ場所に行き着く。寝ていなかった。休んでいなかった。自分の機嫌を後回しにしていた。
結局、一番大事なのは、明日も続けられることだった。今日どれだけ成果を出したかではなく、明日もまた机に向かえる状態で一日を終えられるかどうか。続けることは才能ではなく、設計である。そして水木しげるさんは、その設計を生涯貫いた数少ない一人だった。
第四章 いつでも自分よりすごい人はいる
現場には常に天才がいる。仕事の速い人、資料が抜群にうまい人、営業が強い人、AIの使い方が異様に上手い人。挙げ始めればきりがない。しかし、そんな人たちと自分を比べ始めると、終わりがない。比較は無限に続き、自己嫌悪も無限に続く。
だから、誰かに勝つことより、自分のペースで続けることを優先する。その方が、十年後、二十年後にははるかに大きな差になる。短期的には負けて見える戦略が、長期的には最も強い戦略になることがある。水木しげるさんが妖怪という地味なテーマを延々と描き続けたのは、流行を追わなかったからこそだ。流行に乗らなかったから、流行に殺されもしなかった。比較せず、競争せず、自分の関心だけを掘り下げ続けた結果、誰にも真似できない領域が残った。
これはPMの現場でも同じである。誰かと比べて勝とうとする人は、その比較対象が変わるたびに自分を見失う。一方、自分の巡航速度で淡々と続ける人は、気づけば二十年同じ業界にいて、いつの間にか替えのきかない存在になっている。
第五章 AI時代に消えない価値
AIは速い。正確で、疲れない。睡眠も食事もいらない。この事実を前にすると、人間は無力に感じやすい。
しかし人間は疲れる。だからこそ、無理をしないという選択に意味がある。休む、遊ぶ、寝る。これらは怠慢ではない。長く生きるための技術である。AIは止まらないが、人間は止まる必要がある。止まれる人だけが、長く動き続けられる。
そして皮肉なことに、AI時代に最も価値を持つのは、AIにはできない「人間としての持続性」なのだと思う。十年後も同じ業界にいて、同じ関心を持ち続け、同じ人間関係を維持している。これはAIには絶対にできない。AIにはアカウントの寿命があっても、人生はない。水木しげるさんが九十歳を超えて妖怪を描き続けていた事実そのものが、AI時代における人間の価値を逆説的に示している。速さではなく、長さ。瞬発力ではなく、持続力。そこにしか、人間の最後の領域は残らない。
エピローグ
二十年PMが見てきた結論を、もう一度書いておきたい。
人生は短距離走ではない。努力の量を競うゲームでもない。無理をして勝つより、少し笑いながら長く続ける方が、結局は遠くまで行ける。途中で何度休んでもいい。何度ペースを落としてもいい。続いてさえいれば、必ずどこかにたどり着く。
水木しげるさんを見ていると、本当の才能とは特別な能力ではなく、壊れずに続けられることなのかもしれないと思う。そして人生後半とは、もっと頑張ることではなく、自分の巡航速度を知り、優しいまま壊れず、少し笑いながら生きることなのかもしれない。
気合や根性ではなく、構造として自分を運用する。寝ることを甘えと呼ばず、休むことを怠慢と呼ばず、自分のペースを守ることを戦略と呼ぶ。それが、AI時代に長く残るための、もっとも地味で、もっとも確実な設計である。さんまさんの「生きてるだけで丸儲け」、所ジョージさんの「巡航速度」、高田純次さんの「真面目に考える、でも深刻にならない」、そして水木しげるさんの「無理をしない戦略」。この四人が示しているのは、人生後半における同じ一つの真実なのだと思う。
本記事を含む一連の記事は、書籍化を視野に入れながら執筆を続けている。
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