品質を評価する力と、自分の好みを見つける力
最近、「目利き」についてよく考えている。
世の中の評判や人気などの他者評価に惑わされず、自分の判断軸でものを選び取る力こそが私が長年掲げている「知性ある消費」の姿であり、その前提として目利き力は重要なワードなのではないかと思うからだ。
こう考えるようになったのは、この数年来ハマっている中国茶の影響が大きい。以前noteにも書いたように、自分の好みを探求し、再現していく内省的な営みの面白さは中国茶の世界の広大さによって気付かされた。
自分の好みと人の好みの間に優劣はなく、どれも等しく価値があり、尊重されるべきものである。一般的には人気がなくても、自分にとっては最高に好きだと思えるもの。周りに流されることなく、自信を持って自分はこれが好きだと言えるもの。
それこそが嗜好品の世界を探究する醍醐味であって、高いものを集めるとかレアなものを手に入れて自慢するなどはその本質ではないのだと思う。
そんなこんなで私は中国茶からお茶の世界に入ったので、日本茶についてはあまり深めて来なかった。中国の緑茶は釜炒り製法、日本茶は蒸し製法なので味わいが変わる、と中国茶インストラクターの試験で勉強したくらいの知識量である。
けれど縁あって5月の茶摘みも終わった頃に静岡を訪れ、日本茶の世界の一端に触れさせてもらったことで、改めてお茶という嗜好品を通して「目利きとは何か」を考えるきっかけになった。
体験として面白かったのが、「KADODE OOIGAWA」という施設で試した「GREEN TEA MANDARA」という16種類のお茶の飲み比べ。浅蒸し/深蒸しの軸と火入れの強弱の2軸でお茶を16種類に分類し、それぞれの違いを感じることができる。

この飲み比べは4種類ではなく16種類なのが面白いなと思っていて、端にあるお茶同士の味の違いは素人でもわかりやすい。でも蒸しの深さも火入れの強さも二段階ずつあることで、真ん中あたりはものすごく微妙な違いになってくる。この微妙な違いこそが、好みの探求の上で重要になってくるのではないかと思ったのだ。

たとえば上記のチャートでいうと、「い」「わ」「た」「に」の4つの味の飲み比べだけならそう難しくない。そもそもお茶の水色も全然違う。製法によって味がこんなに変化すると学ぶだけなら、この端の4種類だけでも十分だ。
でも、たとえば中央の「ぬ」「へ」「る」「と」の4つの味の違いを理解するのは至難の技だ。私は一応中国茶でお茶のテイスティングは慣れているつもりだったけれど、何回も交互に飲んで比べても違いがさっぱりわからないものがいくつかった。特に火入れの強弱の微妙な違いを理解するのは難しい。
さらに面白かったのは、深蒸しはそんなに得意じゃないと思っていたら突然「ぬ」「る」あたりだけピンポイントでおいしいと感じる瞬間があったこと。
私は緑茶も中国のものを飲む機会が多いので、味わいでいうと浅蒸しの方が慣れもあってか飲みやすく、四隅をそれぞれ飲み比べた時点では一番浅蒸しで火入れも一番弱い、「い」のお茶が好みに感じられた。
にもかかわらず、深蒸し寄りでそこそこ火入れ強めな「る」や「ぬ」あたりを飲んだときに突然「これはおいしい気がする!?!?!?」と思った。深蒸しすぎるとお茶の青さが気になってあまり好みではなく、火入れも強すぎると火香がお茶そのものを乗り越えてくる感じがする。でもだからといって浅蒸しの火入れ弱が一番おいしいと感じるわけではなく、程よいレベルであれば意外と深蒸しの火入れ強めも好みなのだというのは自分の中で大きな発見だった。
この飲み比べが面白かったのは、茶葉の種類ではなく加工の仕方によって比較しているところだ。一般的に、お茶に限らずお酒でも「飲み比べ」というと異なる品種や銘柄で比べることが多い。一方で、銘柄による比較はどうしてもブランドという情報が先に入ってしまうので、純粋な好みの探求というより知識量の披露やマウントにつながってしまうこともある。
しかしこのGREEN TEA MANDARAは製法にフォーカスして比べているので、余計な先入観なく自分の「好き」探しに集中できるのを感じた。と同時に、「好き」というのは上下や優劣があるわけではなく多様性が尊重される世界である、ということも。
深蒸しが好きだから通というわけでもないし、火入れが強いのを好む方が味がわかるというわけでもない。飲み比べながらお互いに好みを言い合って、好きな味が全然違う面白さから素直に好みの多様性を感じる。
そういう、「上下のない比較」ができる面白い体験だった。
現代では、先入観なしに何かを評価するのは難しい。そもそも誰かの感想とセットで情報が流れてくるし、バズっているから、ランキング1位をとっているから、誰かの愛用品だから、という情報とセットでものを選び、買っている。
それ自体は悪いことではなく、インターネットとSNSのおかげで私たちは効率よく「いいもの(とされるもの)」に辿り着けるようになった。でもその代償として、自分の好みの軸や審美眼を育てる非効率な時間を持てなくなってきている。これはともすると、自らの意思で買っていると思い込んでいるだけで実は効率よく買わされている状態とも言えるのかもしれない。
だからこそ、GREEN TEA MANDARAの16種類のお茶をドンと出されたとき、生身の自分自身の純粋な嗜好が試されることに一瞬たじろいだ。そこに一般的な正解があるわけではない。あるのは自分だけの正解だ。自分の舌と鼻が「いい」と感じるものはどれか?そういうシンプルな視点で選ぶことを、しばらくしてきていなかったのかもしれない、と気付かされた。
世の中でよいとされているものを見抜く力ではなく、自分がよいと思えるものを選びとる力。効率化が極まって、一般的な「正解」にすぐに辿り着けるようになった時代だからこそ、世間がどう言おうと自分はこれが好きだと自信を持って言える軸を育てることの重要性を改めて感じた。
もうひとつ、別軸で目利きについて考えさせられたのがお茶の「審査」の体験をさせてもらったこと。
お茶農家さんたちがお茶を摘んで粗茶に加工したあと、問屋や小売がそれぞれのお茶を審査してどれをどのくらいの量買い付けるのかを決める。ちょうど私が行ったのが茶摘みがあらかた終わった時期だったので、豊富な茶葉の中から比較をさせてもらった。

驚いたのが、この審査はお茶農家さんごとはもちろんのこと、同じ農家さんでも収穫日ごとに分けて行っているということ。お茶は一番茶、二番茶という言葉があるように、収穫時期によって味が大きく変わる。なので時期ごとに分けているとは思っていたけれど、一日単位で細かく審査しているのは意外だった。
ちなみに同じ農家さんの収穫日違いを5種類比較させてもらったのだけど、素人には一日目と五日目の違いがかろうじてわかる、かな…?くらいの違いしか判別できなかった。茶葉そのものの違いだけでなく、摘んだ後の加工の仕方や気温・湿度なども関わってくるので「この日の茶葉は火が入りすぎている香りがする」なども評価するのだそう。
違いを教えてもらってからもう一度嗅いだり味わってみてもさっぱりわからず、プロの舌と鼻のすごさを思い知った。
この難しい比較のあとで、農家さん違いの同日収穫の茶葉を比べさせてもらったら、今度は逆にこんなに違いが出るものなのか〜!と違いが感じられたのも面白かった。すべて同じ品種なのに、育て方と加工の仕方が違うと出来上がりは違うものになる。

さらに収穫・加工した日によってもまた味わいが変化していくので、組み合わせは無限にある。こうした異なる味わいの茶葉たちを組み合わせて、毎年同じ味の商品としてパッケージにしていくのが卸や小売の仕事だ。
お茶は農作物なので、年によって変わるのはもちろん、上記の通り一日単位でも味が変わる。同じ農家さんが同じように育て、加工していても去年どころか昨日と完璧に同じ味に仕上げるのは難しい。工業製品ではなく自然のものである宿命だ。
でも「商品」として世に出すからには、安定して同じ味に整える工程が必要だ。ある程度こういう味わいが得られると期待できるからこそ人はブランドとして認識し、購入するのであって、毎年味わいが違ったらブランドの一貫性は作れない。
これはお茶にかぎらず、あらゆるジャンルで言えることでもある。私たち消費者には見えないところでプロの目利きたちが調整してくれているから、私たちは常に安定して「同じもの」を買うことができている。
ものづくりにおいては生産者さんばかりが注目されがちだけど、実はその背後にある「目利きのプロ」たちの仕事も重要な役割を果たしている。工程を深く理解し、その違いが完成品の違いにどう影響するかを熟知しているからこそ、選び、編み直すことができる。目利き力は身体性でもあり、知識でもある。
静岡でこの2つの体験をしたことで、「目利き」や「審美眼」と呼ばれるものを見る力は、個人的な好き嫌いの軸と品質をフラットに評価する軸の両方があることを理解した。そしてこの2つの軸ははっきりと分けられるわけではなく、時に重なり合いながら存在している。
好き嫌いの直感だけでは再現性がない。でも品質をフラットに評価するだけでは他と違いがでない。この2つの軸を組み合わせながら自分にとって「いいものとは何か」の判断軸を作り上げていくことが、目利きであり審美眼と呼ばれるものなのだろうと私は思う。
すべての分野にここまでの熱量を傾けるのは現実的ではないけれど、何かひとつでも自分なりの軸を持てる対象があれば、「消費する機械」から抜け出し、人間的消費を取り戻すきっかけになるのではないか。
他者の軸ではなく、自分の軸で選ぶために。
好き嫌いの軸を持つことと、品質の良し悪しを見分けられる軸を育てることの二つが、その足がかりになるのではないかと思う。
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