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#16|「PoCといっても、我々にとっては本番なんです」

【この記事で学べること】
PoCを検証で終わらせず、数千店舗の本番展開へつなげる設計

1分でわかる、この記事のポイント
・実店舗で行うPoCは、実施する側には検証でも、来店するお客様や働く従業員にとっては「本番」であり、テストだからといって許されるものではない。

・2店舗から約3,700店舗へ広げる過程は、同じPoCの繰り返しではなく10、30、100、500店舗と規模が変わるたびに、確かめるべき問いも変わるし、変えていかないといけない。

・小規模なら人手で吸収できる例外も、大規模展開では事業を止める問題に。早い段階で例外を出し切り、規模ごとの判断基準と体制を設計することが重要でBuilderは企業同士を紹介するだけでなく、互いの目的と制約を翻訳し、全国展開できる役割分担や供給・運用条件へ組み直す役割も担うというお話。



Builder | Issue #16
第1章 | Builderとは何者か


PoCをすればいいわけではない

「PoCといっても、我々にとっては本番なんです」

国内大手コンビニチェーンでリテールメディア事業を率いていた事業責任者は、常々そう話していました。

PoCを実施したこと自体に意味があるのではない。その先の本番へ移行できなければ意味がない。しかも、実際の店舗で試す以上、たとえ1店舗であっても、そこで働く店員さんや来店されるお客様にとってはテスト環境ではなく本番です。だから「実験だから」という甘えは許されません。

#015では、ある事業責任者の「もやもや」を出発点に、つくるべきものは単なるデジタルサイネージではなく、店舗、アプリ、購買データを組み合わせた広告事業ではないかと、完成形を考えた話を書きました。今回は、その完成形を実際の店舗へ広げるために、どのようにPoCを重ね、足りないパートナーを集めていったのかを書きます。


2店舗から始めたのは、「小さく成功するため」ではない

最初にデジタルサイネージを設置したのは、都心と郊外にある2店舗でした。立地も客層も店舗の条件も異なる場所で、実際にディスプレイを設置し、広告を流したときに何が起きるのかを確認するところから始まりました。

次は10店舗程度の規模へ広げ、ディスプレイの形や大きさ、店内での配置を試しました。その後は30店舗規模で複数のメーカーやベンダーを使い、機器や設置方法、運用の違いを比較しました。この段階で、あるグローバルメーカーのディスプレイを軸に進める方向性が見えてきました。その後、100店舗、500店舗へと段階的に拡大し、そこから約3,000店舗を一気に加えて約3,500店舗へ。現在は約3,700店舗規模に広がっています。

数字だけを見ると、2店舗から始まり、10、30、100、500、そして数千店舗へと、成功に合わせて設置店舗を増やしたように見えるかもしれません。しかし、重要なのは店舗数そのものではなく、段階ごとに確かめる内容が変わっていたことです。

最初の2店舗では、実際の店舗に入れたときに何が起きるかを見る。10店舗規模では、画面の形状や配置の選択肢を比べる。30店舗規模では、複数のメーカーやベンダーを試し、全国展開を任せられる方式を絞り込む。100店舗、500店舗へ進めば、個別の機器だけでなく、設置、配信、保守、店舗との連絡など、運用全体が規模拡大に耐えられるかが重要になります。

同じ目的のPoCを何度も繰り返していたのではありません。次の意思決定に必要な事実を集め、確かめる問いを変えながら、事業を一段ずつ本番へ近づけていたのです。


「トラブルを起こさない」ではなく、今のうちに課題を出し切る

事業責任者は、小規模で運用していた時期に、趣旨として次のような指示も出していました。

「とにかく、イレギュラーや課題をあぶり出してくれ。5店舗で起きるトラブルなら、まだ個別に対応できる。しかし、5,000店舗へ広がってから同じ問題が起きれば、会社への影響は甚大になる。だから、運用面の課題やお店の反応を徹底して確認してほしい」

PoCというと、私たちはつい「問題なく動いた」という結果を求めます。

予定どおり設置できた。映像も配信できた。大きな苦情もなかった。それで成功と報告したくなります。しかし、将来の大規模展開を前提にするなら、小規模な段階で問題が出ないことは、必ずしもよい結果ではありません。想定していなかった条件を試せず、後から同じ問題が数千店舗で発生する方が危険だからです。

コンビニにディスプレイを置く仕事は、機器を壁に付けて映像を流せば終わりではありません。店舗ごとに形や広さが異なり、ビルにテナントとして入っている店舗では、躯体工事や管理会社との調整のため、想定した場所に設置できないこともあります。そもそも設置できる店舗とできない店舗があり、予定したサイズが入る店舗と入らない店舗もある。必要なディスプレイの形状や施工方法、電源や配線の条件まで、店舗数が増えるほど例外の種類も増えていきます。

設置後も同じです。画面が消えたら誰が気づくのか。店舗からの問い合わせを誰が受けるのか。故障時に誰が現地へ行くのか。配信素材に問題があった場合、誰が止めるのか。店舗の営業を妨げずに交換や修理ができるのか。5店舗なら人の頑張りで吸収できる運用も、5,000店舗では仕組みがなければ破綻します。

小さく試す意味は、小さな成功をつくることではありません。失敗しても影響を抑えられるうちに、できるだけ多くの例外を見つけ、次の規模で同じ問題を起こさない仕組みへ変えることです。この考え方は、サイネージに限らず、システム導入、新サービス、店舗施策など、多くのPoCに共通すると思います。


事業が大きくなると、必要な相手も変わる

30店舗規模で複数のメーカーやベンダーを比較し、特定のグローバルメーカーを軸にする方向性が見えてきた頃、次に必要になったのは、そのメーカー本社との直接交渉でした。数店舗分の機器を買う話ではなく、将来は数千店舗へ広がる可能性があります。期日通りに大量の製品を納品できるかという安定供給、製品仕様、価格、保守、将来の機種変更など、目の前の見積もりだけでは決められない論点が増えるからです。

私は、メーカー本社と直接話す場をつくり、事業責任者と一緒に海外本社へも足を運びました。これは、間に入る販売会社や施工会社を外すためではありません。全国展開には、それぞれの専門会社が欠かせません。ただし、事業の前提を左右する条件については、意思決定できる相手と早い段階で直接話し、どこまで一緒に取り組めるのかを確かめる必要があります。

さらに難しかったのは、機器よりも運用でした。

事業責任者は、これほど複雑な広告事業を自社だけで運営するのは難しいと考えていました。長年、関係の深かった大手広告会社へ依頼する選択肢もありました。しかし、当時はリテールメディア自体がまだ創成期で、コンビニ運営、広告、デジタルという三つの領域を横断できる体制は、市場全体でも限られていました。

求められていたのは、コンビニというビジネスの難しさを理解し、広告ビジネスにも詳しく、さらにデジタルマーケティングや大量の広告配信を運用できる会社です。しかし、その三つを最初からすべて満たす会社は、簡単には見つかりませんでした。


「入りたい会社」と「任せたい会社」の間をつなぐ

同じ頃、私はデジタル広告に強い大手インターネット企業から、このコンビニチェーンとの仕事を広げたいという相談を受けていました。同社にとって、この企業との本格的な取り組みは悲願ともいえるものでした。

一方のコンビニチェーンには、現場の難しさを理解しながら、広告とデジタルの運用を一緒につくれる相手が必要でした。片方には「入りたい」という強い意志があり、もう片方には「任せられる相手がいない」という課題がある。私は双方の事情を知っていたため、両社を引き合わせました。

ここで行ったのは、知り合い同士を紹介しただけではありません。

コンビニチェーンが何を実現しようとしているのか、大手インターネット企業のどの力が必要なのか、既存のパートナーとどう役割を分けるのかを整理し、双方が「一緒に進める意味」を理解できる接点をつくることでした。

両社の関係はその後さらに発展し、その企業は、リテールメディア事業を担う新会社にも参画しました。そこで構想されたのは、店内サイネージやアプリ、購買データを組み合わせ、広告の認知から購買、効果検証までを一体で設計する事業です。もちろん、そこへ至るまでには、社内外の多くの方々が長い時間をかけ、構想を磨き、実装と運用を積み重ねています。私が最初に両社をつないだことだけで、この事業ができたわけではありません。

それでも、完成形を実現するために足りない力を見つけ、その力を持つ相手の事情も理解し、両者が動き出せる場をつくることは、「Builder」が担う仕事の一つではないかと思います。「人をつなぐ」の価値は、人脈の広さではなく、異なる会社の目的と強みを翻訳し、組み合わせることで、どちらか一社ではつくれなかった事業を動かすことにあります。


今なら、AIで「数千店舗で起きる例外」を先に探せる

当時は、店舗で起きた問題を一つずつ集め、関係者へのヒアリングや会議を重ねながら、次の段階で確認すべきことを決めていました。今なら、この作業にもChatGPTなどの生成AIを使い、短時間でさまざまな課題を想定できるでしょう。

例えば、店舗の形態、設置条件、機器構成、施工方法、配信運用、保守体制、問い合わせフローを機密情報や個人情報を除き、社内ルールに沿ってAIに読み込ませ、「10店舗では人の対応で吸収できても、5,000店舗では破綻する運用を挙げてください」と依頼します。さらに、路面店、商業施設内、オフィスビル内、駅周辺、郊外などの店舗類型ごとに、設置できない条件、起こり得る障害、確認すべき権利関係や現場負荷を整理させれば、PoCで意図的に試すべき例外の候補を短時間で広げられます。

メーカーやベンダーの比較にも使えます。単に価格とスペックを並べるのではなく、供給能力、故障率、代替機、遠隔監視、現地保守、部品の保有期間、仕様変更時の対応など、全国展開に必要な評価軸をつくり、各社への質問票へ落とし込む。会議記録や店舗からの報告を蓄積し、似たトラブルをまとめ、原因と再発防止策の候補を出すこともできます。

AIは、まだ起きていない例外を完全に予測できるわけではありません。
それでも、人だけでは見落としやすい論点を増やし、「問題が起きないPoC」ではなく「今のうちに問題を見つけるPoC」へ変える助けになります。どのリスクを今回の店舗で試し、どこまで解消すれば次の規模へ進むのかを決め、その結果に責任を持つのは人と組織です。


PoCで問うべきは、「成功したか」ではない

この事例から、私はPoCを「小さく試して成功を確認する場」ではなく、「本番を小さな範囲で先に始め、拡大前に壊れる場所を見つける場」と捉えるようになりました。

次にPoCを計画するときは、実施店舗数や予算を決める前に、次の四つを確認してみてください。

  • この段階を終えたとき、何を決められるようにするのか

  • いまなら許容できても、100倍の規模では許容できないトラブルは何か

  • あえて異なる条件を試すために、どの顧客や現場を選ぶのか

  • 自社に足りない力は何で、それを持つ相手とどう役割を分けるのか

PoCが予定どおり終わったかではなく、次の規模へ進むための判断材料がそろったか。問題がなかったかではなく、将来大きな損失になる問題を先に見つけられたか。そう問い直すだけで、PoCの設計は大きく変わります。

正解のない新規事業では、最初から完璧な機器、運用、パートナーを選ぶことはできません。だからこそ、小さな本番を繰り返し、現実から得た事実で前提を更新し、次の規模に必要な人と会社を集めていく。これも、正解のない仕事を実際に動く形へ変えていく、「Builder」の仕事なのだと思います。

次回は、完成形から逆算して仕事を始める方法を、Amazonの「Working Backwards」という考え方から見ていきます。なぜAmazonは、商品をつくる前にプレスリリースを書くのでしょうか?

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