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#15|「横田さん、私、もやもやしてるんすよ」から始まった大手コンビニの新規事業

【この記事で学べること】
言葉にならない「もやもや」から、事業の完成形を見立てる方法

1分でわかる、この記事のポイント
・新規事業の「もやもや」は、アイデアが足りないから生まれるとは限らない。選択肢はあっても、何を目指す事業なのかが共有されていないと前に進まない。

・日本最大のコンビニを舞台に、店舗メディアを、単なる店頭サイネージではなく、店舗、アプリ、購買データをつなぐ顧客接点として捉え直すと、事業の可能性と必要な条件が変わって見えてきたという事例をご紹介。

・「成功したら、この会社に何が残るべきか」を描き、そこから顧客、広告主、自社に必要な価値を逆算することで、次に検証すべきことが明確になるが、それが今ならAIが先行事例、収益構造、失敗要因を調べ、仮説を広げてくれる。ただし、どの未来を目指し、何に投資するかを選ぶのは最後は人というお話。



Builder | Issue #15
第1章 | Builderとは何者か


その事業は”もやもや”から始まった

「横田さん、私、もやもやしてるんすよ。このもやもやを、スッキリさせてもらえませんか?」

数年前、国内最大級の小売企業で新規事業を担当していた責任者から、そう相談されました。

#014では、会議や商談で出た「それ、いいね!」を、AIで素早く仮説に変え、前へ進める方法を書きました。しかし実際の新規事業では、アイデアを具体化しても進まないことがあります。

責任者自身の中に「何かが違う」という感覚が残り、何を選んでも決め手にならない。今回は、そんな“もやもや”から始まった仕事の話です。


提案はある。それでも決められない

その会社には、リテールメディアに関するさまざまな提案が持ち込まれていました。

リテールメディアとは、簡単に言えば、小売企業が持つ店舗やアプリ、EC、購買データなどを活用し、広告や販促施策を展開するビジネスです。皆さんも、店内の大きなディスプレイに広告動画が流れているのをご覧になったことがあるのではないでしょうか?

新しい技術もあれば、実績のある会社からの提案もあり、やろうと思えばすぐに始められるものも。それでも、事業責任者は踏み切れずにいました。

こういう相談を受けると、私たちはつい、さらに新しい提案を足したくなります。競合事例を調べ、別の技術を紹介し、選択肢を増やせば、相手は答えを見つけられると考えるからです。

しかし、このとき必要だったのは、提案をもう一つ増やすことではありませんでした。

なぜ、これだけ提案があるのに決められないのか?

その人が感じている違和感を一緒にほどき、
「このビジネスに勝ち目はあるのか?」
「投資に見合うだけの利益を、継続的に生み出せるのか?」
「そもそも自社が参入する意義は?」
を言葉にすることでした。

もちろん、持ち込まれていた提案の質が低かったわけではありません。それぞれ、示されたテーマに対する答えとしては、よくできていたのだと思います。

「サイネージをどう導入するか」「広告をどこへ表示するか」という問いに答えても、「この会社だからこその新しい事業への参入意義」という、もう一段上の問いには、届いていなかったのかもしれません。

選択肢が足りないから決められないのではなく、判断するための完成形がないから、どの選択肢も決め手にならない。事業責任者が抱えていた“もやもや”とは、そういう状態だったのだと思います。


つくろうとしていたのは、サイネージではなかった

「お店の空きスペースにディスプレイを置いて、動画広告を流せばいいんじゃないの?」と思うかもしれません。しかし、全国津々浦々に店舗がある企業では、そう簡単な話ではないのです。

「どの画面を、どの店舗に、何台置くか」を考えればいいだけでは、新しい事業になりません。

大企業の新規事業や多額の投資を伴う案件では、単体の収益性だけでなく、既存ビジネスとの相乗効果や副次的な効果まで求められます。

当時、私が考えた完成形は、店舗に設置したサイネージ広告だけでなく、店舗情報、スマートフォンアプリ、購買データを組み合わせ、広告主には購買までつながる顧客接点を提供する。利用者には、自分に合った情報やクーポンが届き、アプリを使う理由が増える。そして、小売企業には新しい収益の柱が残る。そこまでつながることが、事業化の必須要件と考えていました。

ですので、サイネージは、そのための重要な顧客接点ですが、あくまで一つの手段です。

アプリ上の広告やクーポン、購買データを使ったターゲティング、広告接触後の効果検証、広告主が継続して出稿できる運用までがつながって、初めて広告事業になります。

私は、この会社が本気で取り組むなら、数年以内に数百億円規模へ育つ可能性を前提に考えないとゴーサインは出ないと思っていました。数台の画面を置けるかではなく、全国の店舗、アプリ、購買データという資産を組み合わせ、これまでになかった広告媒体をつくれるか。完成形の大きさが変われば、最初に立てる問いも変わります。

必要なパートナーも、集めるデータも、社内で巻き込む人も変わります。最初のPoCで「画面が問題なく映るか」だけを確かめるのか、それとも広告主が継続して出稿したくなる価値まで検証するのか?多数の広告案件を安定して運用できるのか?目指す完成形によって、同じPoCでも設計はまったく違うものになります。

新規事業では、最初から精緻な計画をつくる必要はありません。しかし、「うまくいった先に、誰の何が変わり、自社に何が残っているのか」という仮の完成形は必要です。それがなければ、目の前の施策が正しいかどうかを判断できないからです。


今なら、AIで“もやもや”を早く解きほぐせる

この相談を受けた当時、ChatGPTのような生成AIはまだ生まれたばかりで実用的ではありませんでした。私は事業責任者との対話を重ね、持ち込まれていた提案を読み込み、さまざまな関係者へのヒアリングやネットでの業界調査を続けながら、違和感の正体を一つずつ探していきました。

今なら、この過程はもっと速く進められます。

例えば、打ち合わせの議事録や既存の提案書をChatGPTに読み込ませ、ディープリサーチで国内外の先行事例、収益構造、顧客体験との両立、失敗例まで調べます。そのうえで、目の前にある提案と比較すれば、「各社の提案は機器や広告枠の販売で終わっていないか」「店舗、アプリ、購買データが一つの事業としてつながっているか」「広告主、利用者、小売企業の三者に継続的な価値があるか」「全国へ広げたときに収益と運用が成立するか」といった問いを、短時間でつくることができます。

AIが「これが、あなたのもやもやの正体です」と、一つの正解を決めてくれるわけではありません。ただし、違和感の原因になりそうな仮説を複数出し、事実と推測を分け、足りない情報を質問に変えることはできます。私なら、例えば次のように依頼します。

以下は、新規事業責任者との会話と、現在受けている提案の概要です。責任者は、どの提案にも「何かが違う」と感じています。国内外の先行事例を調べたうえで、違和感の原因として考えられる仮説を複数挙げてください。各仮説について、根拠となる事実、まだ分からないこと、責任者へ確認すべき質問を分けてください。また、目の前の施策ではなく、この会社に残る事業という視点から、考えられる完成形を三案示してください。

こう頼めば、AIは成功事例を並べるだけでなく、「顧客への価値が曖昧なのではないか」「既存の店舗やデータを十分に生かせていないのではないか」「機器導入の先に継続収益の仕組みがないのではないか」といった、対話の入口をつくってくれます。

もちろん、社内資料を扱う場合は会社の利用ルールに従い、AIが示した事例や数字は元の情報まで確かめる必要があります。それでも、何もないところから人だけで考え始めるより、複数の仮説を短時間で比較できる意味はとても大きいです。

当時、対話と調査を重ねながら見つけた「つくるべきなのはサイネージではなく、広告事業ではないか」という仮説にも、今なら数日でたどり着けたかもしれません。


Builderは、AIの調査を事業の選択へ変える

ただし、調査が速くなっても、どの事例を真似るかを決めるだけでは、新しい事業は生まれません。

AIが示した複数の可能性から、どの問題を自分たちが引き受けるのかを選ぶ。相手が言葉にできなかった違和感を、関係者が議論できる問いへ変える。そして、その会社が持つ店舗、顧客接点、データを生かした完成形を描く。ここから先が、Builderの仕事です。

一度で正解を当てる必要もありません。

まず、「私は、こういう事業をつくりたいというお話だと理解しました」と仮説を置く。相手から「そこではない」「それなら面白い」「この条件は外せない」という反応をもらい、完成形を書き換える。その往復によって、頭の中だけにあった違和感が、関係者と共有できる事業構想へ変わっていきます。

AI時代のBuilderに求められるのは、誰より多くの情報を知っていることではないと思います。AIを使って情報と仮説を素早く集め、それを相手にぶつけられる形にし、返ってきた反応から問いを更新する。そして最後は、どの可能性を現実の事業として選ぶのかに責任を持つ。答えを代わりに決めるのではなく、AIと人から材料を集め、何を目指すのかを一緒に選べる状態をつくることも、Builderの重要な役割です。

次に曖昧な相談を受けたら、「何を提案すればいいか」と考える前に、こう聞いてみてください。

「この取り組みが成功したとき、御社には何が残っていればいいのでしょうか」

その答えが見つかると、次に必要な相手も、最初のPoCで確かめるべきことも変わります。今回の案件でも、完成形が見えたことで、目の前で進んでいたPoCが抱える大きな課題も明確になりました。

次回は、数台のサイネージから始まるPoCを、将来の事業につなげるために何を変えたのかを書きます。

小さく試すことと、考える事業まで小さくすることは、同じではありません。

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