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KPIで測れない仕事が、社会を支えている


「成果」や「効率」で語れない仕事がある。
それでも、その仕事がなければ、社会は成り立たない。

評価できない価値を、
どう社会が引き受けてきたのかを考える。


第1章|評価の物差しとしてのKPI

成長や改善、効率といった言葉は、
現代社会では KPI という形で語られることが多い。

KPIとは、目標を定め、数値で測り、比較し、改善していくための指標だ。
変化が見え、成果が積み上がることを前提としている。

この評価の仕組みは、長いあいだ日本経済を
拡大へと導く原動力として機能してきた。


第2章|数値で測れるものが、社会の中心にあった時代

高度経済成長期、日本の産業構造は
こうした数値化しやすい評価の物差しと、非常に相性がよかった。

需要は予測しやすく、
量を増やせば成果につながり、
技術改良の方向も明確だった。

成果が見えやすい分野が社会の中心にあった時代には、
この評価の仕組みは大きな問題にならなかった。


第3章|数値で測れない仕事が、確実に増えている

だが今、
こうした評価の物差しでは捉えきれない仕事の比重は、
確実に増えている。

介護や医療的ケアの現場は、
その代表例だ。


これらは
誰にでも起こりうる可能性を含んでいる。

しかし、多くの場合、
当事者にならなければ
意識せずに暮らせてしまう。

その距離の遠さが、
評価や制度の遅れを
見えにくくしてきたのかもしれない。


第4章|「良くする」のではなく、「悪くならない」を支える

介護の仕事で日々行われているのは、
何かを「良くする」ことではない。

転倒せずに一日を終えること。
いつも通り食事ができること。
大きな事故なく今日を終えられること。

そこにあるのは、成長曲線ではなく、
悪くならない状態を維持する仕事である。


医療的ケア児の支援も、同じ構造を持っている。

状態が急変しなかったこと。
発作なく一日を過ごせたこと。
家族が今日を乗り切れたこと。

それは成果として積み上がるものではない。
だが、社会にとって欠かせない行為だ。


第5章|評価できないとき、人は金額で語ろうとする

こうした分野では、
そもそも成果を前提とした評価の物差しが当てはめにくい。

「どれだけ改善したか」
「どれだけ効率化できたか」
という問い自体が、現場の実態と噛み合わない。

それでも評価しようとすると、
最終的には賃金やコストといった
金額の多寡で語られやすくなる。

それは、この仕事を軽視しているからではない。
他に測れる物差しが見当たらないからだ。


第6章|家庭が引き受けてきた「評価の外側」

結果として、
評価しにくい仕事は、
長いあいだ制度の中心から外されてきた。

その受け皿になったのが、
家庭であり、家族だった。

「親なんだから」
「家族だから」

そうした言葉の裏で、
評価の枠に収まらない領域は、
個人の責任として引き取られてきた。


第7章|特別な話ではない

介護や医療的ケア児は、
もはや特別な例ではない。

評価できない価値が、
社会の土台を支えている。

その現実が、
ようやく見え始めただけなのだ。


第8章|社会が「できるようになった」ことの責任

社会ができるようになった(has become)ことの責任を、
どこまで引き受けるのか。

医療の進歩によって、
生きられる時間は延びた。
その結果として生まれたケアの総量を、
家庭の善意だけに委ね続けることは、
すでに限界に近づいている。


第9章|評価を増やす、という回避

私たちは、
「どう評価するか」を増やすことで
状況を乗り切ろうとしてきたのかもしれない。

だが実際には、
現時点で評価できるものとの類似点を探し、
既存の評価枠に寄せてきただけ
という場面も少なくなかった。

医療現場と福祉現場の関係は、
その象徴的な例だ。


「評価されないから、制度に残る」
というケースもある。

数億円を稼いでいても、
継続的な就労として評価されなければ、
扶養の枠内にとどまる。

「数億円稼いでも扶養」という違和感



第10章|次の問いへ

もし、測れないものが増えすぎたのなら。
次に問われるのは、
評価の精度をさらに上げることではない。

評価しないという選択を、
制度としてどう引き受けるか。


制度が変わり始めているのは、
理想が先にあるからではない。

すでに、
変わってしまった現実が、
そこにあるからだ。


▼次回予告
評価できない仕事が増えているのだとしたら、
問うべきなのは
「どう評価するか」ではなく、
**「評価しないまま、どう支えるか」**なのかもしれない。

次回は、
ベーシックインカムを
「再分配」や「失業対策」ではなく、
評価しない支援という視点から考えてみたい。




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