心理的安全性で盲点となってる、部下からナメられるスキル
今、職場では、心理的安全性がホットだ。
え?そんなことないけど?と思った人がいたら、相当、危機感を持った方がいい。
アラフォーの同級生で集まると、必ずと言っていいほど出る話題が「心理的安全性どうしてる?」
経営者は危機感を持ってる。もはや、心理的安全性を実現した職場でないと、優秀な新卒が来ないことを。
40歳も過ぎれば、現場のリーダーも増えていく。彼らは経営側から要請されるわけだ。現場でも、心理的安全性をどうすれば実現できるか考えてくれと。
ハラスメント相談でも、心理的安全性が損なわれてるという言葉に、経営サイドは敏感に反応する。
ハラスメントが認定される基準は上がっている。
そして、心理的安全性というワードを出した時、若手職員もピクっと反応する。職場の雰囲気も良くなる。それだけ、彼らの高い関心事ということだ。
もはや、心理的安全性無しの職場は、維持発展ができなくなる。近いうちに必ずその時期が来る。
私は、そう確信してる。
さて、長くなかったが、ここからが本題である。
心理的安全性とは何か?意外とこれが理解されてない気がする。
多分、理解してる人は少ない。心理的安全性に敏感であった私が理解を間違ってたのだから。
もし、これから書く言葉にそんなことぐらい知ってるよ、という感想の持ち主がいれば、この記事はすぐに閉じていただいて構わない。
まず、結論として、心理的安全性の定義を書こう。
心理的安全性(psychological safety)とは、自分の意見や気持ちを安心して表現できる状態のことです。
ビジネスシーンにおいては、上司や同僚に異なる意見を言ったとしても、人間関係が破綻したり、相手から拒絶されたりしないと感じる状態を指します。
(以上、NECソリューションイノベータ株式会社のホームページから引用)
私は心理的安全性を間違って理解していた。
安心感のある雰囲気ができれば、それは十分、心理的安全性を実現できていると思ってた。
それだけでは、まだ甘いのである。
心理的安全性は、同僚から不満を気軽に言われる状態になって初めて成立する。
つまり、上司が「僕たちの職場は良い職場だよね?」と言って、部下が「はい、そうですね」と笑顔で言ったら、それは全く心理的安全性を実現できてない職場になる。
これからの時代は、どこかの独裁国家のような扱いだ。
部下が「課長が時々うっとうしいですけど、とりあえず休まず行けてますね」
ここまで言えたら、心理的安全性を実現できている職場である。
確かに振り返ってみたら、今の自分の部署は、部下が同年代や年上しかいない。
必然、毎日文句を言われる。だんだん、いじられるようになる。
しかし、みんな生き生き働いてるのである。
だって部下がムカついたら、私に不満をぶつければいいのだから。
確かに、実感として、図らずも心理的安全性を実現できている職場ではあるなと、今のところは思う。
これからの上司は、部下から不満をぶつけられるスキルが必要だ。そのことを考えたマネジメントをする必要がある。
多くの上司は、ナメられたら、職場が成り立たないのではと危惧してると思う。
ここで私ははっきり言わせてもらう。
上司とはナメられる存在である。
どうしたって職場では不満が出る。不満を発生させてる時点で、上司はナメられるのである。
だって、自分の不満要因を解決してくれないのだから。
それを少しでも緩和するには、部下の不満を察知して、少しでも状態を良くするために、解決に注力するしかない。

そうした姿勢を続けていくうちに、部下がこの人だったら、不満を言っても聴いてもらえる、と思うようになる。
部下はだんだん不満や意見を言うようになる。またそれに対して解決に注力する。共感する。
こうして、心理的安全性の循環ができる。
部下の不満を察知することは大変なことだ。
今までだったら、上司は少しでも察知するために、ネット、本、人が集まる場に意識的になり、判断できる情報を集めなくてはいけなかったと思う。
でも、今はAIで基礎的な情報はだいぶカバーできる。
心理的安全性を実現することは、部下の不満を考え続けることと同義に思えてならない。
まだまだ現場で始まったばかりの分野。
私の言ってることは現場では実現できてるので、感覚の方向性としては間違ってないと思うが、もっと言語化できたら、改めてまた記事にしたい。
