博士課程2年5月|学園祭で研究紹介3
これまで研究紹介を2回やったので、今回は大学生活に近い話題を選んでみました。大学院生の生活が垣間見えたらうれしいです。
ヨーグルトの蓋裏にはヨーグルトがくっつかないものがあります。ハスの葉が水を弾く原理を真似しているのですが、本当なのか気になって、大学院生のパワーで確かめてみました。生物模倣材料の研究を紹介します。

前回、前々回の講演内容はこちら↓
Introduction
大学院でバイオミメティクス(生物模倣)材料を研究しています。バイオミメティクスとは自然をお手本にして真似したり、自然から着想を得た科学技術のことを指します。

実用化されている有名なバイオミメティクスの例の1つに、ハスの葉があります。

● ハスの葉 → 防寒着・作業着などの衣類、ヨーグルトのふた、建築塗料など
ハスの葉の表面には、水に溶けにくいワックスと数マイクロメートルの凹凸があります。この構造により、葉に付いた水滴は汚れを巻き込みながら転がり落ち、葉は常にきれいな状態に保たれます。この仕組みが生み出す撥水性・自浄性が、衣類や容器、建築塗料などに利用されています。
バイオミメティクスの説明をする際にはよく取り上げられるハスの葉は、表面に小さい凹凸があることで水を弾くようになっているそうです。
自分も「すごいなー」と思っていましたが、これって本当なのでしょうか?
実際に自分の目で確認してみたいなと思い立ち、大学院生の自由研究をやってみました。「なにげない素朴な疑問を、研究者が大人の力で解明する活動」の紹介です。
※ 「大人の自由研究」の定義はこちらを参考にしました。
それでは、ハスの葉の表面に凹凸はあるのか、どのくらい水を弾くのかを、研究で実際に使っている方法で「測定」していきたいと思います。

Materials & Methods
まずはサンプルの準備と観察方法を説明します。
本郷キャンパスを出発し、15分くらい歩いて行くと不忍池があります。
ここは夏になると蓮の葉が生い茂るのですが、管理の方の許可をとって、蓮の葉を少しいただいてきました。

今回用意したサンプルはこちらです。
・ハスの葉(裏表、クロロホルム処理後)
・アルミホイル
・ヨーグルトの蓋裏(小岩井、ブルガリア)
・4個パックヨーグルトの蓋裏(ブルガリア、ビオ、ビヒダス、チチヤス)

観察方法は、走査型電子顕微鏡による表面構造観察、水接触角測定による表面疎水性評価です。表面の凹凸を見て、それが水の弾きやすさにどう関わっていそうか確認します。

さらっと原理を説明します。
電子顕微鏡は、光ではなく、電子を使ってものを見る顕微鏡です。

電子には波の性質があるのですが、目に見える光の波長が400〜800 nmなのに対して、電子の波長は0.0025 nmです。ものに当てる光の波長が短くなると、より小さいものを区別して見ることができるようになります。
走査型電子顕微鏡の分解能(2点を区別して見られる最小の距離)は1 nm程度になります。

電子線を当てて飛び出してくる電子を観測しているため、色がついていない代わりに、細かな凹凸が見えます。
【光学顕微鏡】ものに当てて反射した光を観測している
【電子顕微鏡】電子線を当てて飛び出してくる電子を観測している
→ 色がついていない、凹凸が見える
水に馴染みやすいかどうかを比べる基準になるのが、水接触角と呼ばれる角度です。
水を弾きやすいものに乗った水滴はぷるんと丸くなるし、逆に濡れやすい表面だったらべちゃっとなると思います。それを水滴の角度で表して、数値で比べられるようにしています。

【水接触角】表面が水と馴染みやすいかを数字で比較できる
Results
微小で階層的な突起
まずは、SEMを使ってハスの葉の表面を観察します。

葉の表面にはたくさんの突起が見られます。突起は規則的に並んでいて、ひとつひとつが表皮細胞が変形したものです。(クロロホルム処理後の表面を見ると、細胞ひとつに一つの突起がついていることがよくわかります。)
より拡大していくと、突起表面にはモジャモジャとした棘のようなものが広がっているのがわかります。


ハスの葉を1分程度クロロホルムに浸漬し、乾燥させ、再度SEM観察しました。すると、突起はそのままで、表面のモジャモジャした棘のようなものだけが見えなくなりました。それと共に、葉の表側には気孔のような穴が見えるようになりました。棘のようなものは、葉表面のワックスが析出した結晶または非結晶と考えられます。それが除去されたことによって葉表側の気孔が観察しやすくなったと考えられます。

モジャモジャは葉の表側だけにあります
これら2の、小さな突起とモジャモジャを組み合わせた構造が、どのように水の弾きやすさに効いているのか確かめてみます。

比較したのは、ハスの葉の表面、有機溶媒でワックスを洗い流した葉の表面、ハスの葉の裏側の3つ。この順番で接触角が小さく、つまり水を弾きづらくなっています。
表面の構造を見てみると、微小な突起があることでより水を弾きやすくなり、その上にモジャモジャのワックスが乗ることで、弾いた水がコロコロと転がるようにもなります。
つまり、大小様々な凹凸が組み合わさった表面、全体に「階層的な構造」を持つような表面は、より水を弾きやすく、弾かれた水が滑りやすくなります。
突起構造の集合体
ハスの葉の他の部分を見てみると、小さな突起がたくさん集まった構造も見られました。

大きな構造をとることによって、衝撃や摩擦によって葉全体の突起が壊れてしまうのを防いでいます。力がかかっても、大きな突起の頂上だけが壊れて、他の部分を守っているのです。

この大きな突起は、葉っぱの周縁部でしか見られません。葉の中心にはないのです。これには、もっと大きな理由が隠れていると最近の研究で言われています。

大きな突起がある葉の周縁部は、中心に比べて重くなります。重心のバランスを取るために葉っぱ全体が反り返り、だんだんお椀のような形になってきます。加えて、葉っぱごと茎が倒れてきます。そうすると、葉の表面で弾いた水は弾かれて葉の真ん中に集まったあとで、斜めった葉の上をコロコロと転がり、葉の外に落ちやすくなるのです。

・ワックス組成による疎水性 →撥水性
・微小な突起構造による接触面積の低減 →撥水性
・モジャモジャワックス →滑水性
・大きな突起(階層構造)が衝撃や水滴の重さを緩衝する→耐久性
・重心の偏りで葉全体の形状が変化 →自浄作用
なぜこのような表面を持つかは、ハスが生えている環境に理由があると考えられています。撥水性は水生または半水生植物によく見られ、環境から受けるストレスから身を守るために、自浄作用としての撥水性を持つのではないかと考えられています。
ハスは池や沼地に生息します。下にある泥が葉にかかることで、光合成できなくなったり、気孔が遮られる恐れがあります。他にも、葉の上に泥が堆積してしまうと、表面温度や湿度の上昇、病原性微生物への感染などの心配もあります。だからこそ、ワックスと突起による撥水性で葉を守り、葉の外側に大きな突起をつけることで葉の内側に水や泥がたまらず、気孔を葉の表側にすることで泥に埋まってしまうのを防ぐ構造を持つハスが、池や沼地の環境で生きているのでしょう。

ヨーグルトの蓋裏
この構造に目をつけて、応用したのがヨーグルトの蓋裏です。
べっとりとヨーグルトがくっついて食品ロスが発生したり、食べる人がイライラしないように、水を弾く蓋裏が開発されました。
いろんな種類のヨーグルトを調べてみると、それぞれで違った表面の構造を持っていることがわかります。それでも、小さな粒を吹きつけたような、より細かく様々な大きさの凹凸を持つヨーグルトの蓋裏が、より水を弾きやすいことがわかりました。

様々な大きさの凹凸を持つ階層的な突起があるほど水を弾きやすくなっているのがわかります。ハスの撥水性と同じですね。
というわけで、
ハスの葉には様々なサイズの凹凸があり、それが水を弾きやすく転がりやすい表面を作っていること
葉全体の形状も工夫されることによって、弾かれた水が葉の外にコロコロとこぼれ落ちるセルフクリーニングを実現していること
ハスの葉の小さな凹凸構造を真似して、ヨーグルトの蓋裏が開発されたこと
が自分の目で確認できました。
Discussion
ここまで、ハスの葉の撥水性を真似したバイオミメティクスを見てきました。
自分たちの研究室では、水中でホヤやイガイが岩などに強く貼り付くメカニズムを真似して、接着力を与える分子構造を組み込んだ高分子材料を開発し、強い水中接着強度を示す材料を研究しています。バイオミメティクスでは、生物の持つ構造や機能の1つを取り出して真似し、狙った性能を持つ材料を作っています。

この研究でも、今回の観察に使った手法を利用して、性能を評価しています。例えば電子顕微鏡では、接着剤を剥がした表面に、どのように、どのくらい接着剤が残っているかを確認しました。接着剤の接触角を測って、分子構造を変えたときに水中接着剤が水と馴染みやすくなるのか、弾きやすくなるのかを確かめました。研究では、このような測定をすることで、作った材料の性能を確認したり、メカニズムを推測したり、より良い材料を作るには何を変えたらいいか考えたりしています。

Conclusion
というわけで紹介してきた自由研究ですが、これが自分の研究成果になるわけではありません。これまでに誰かが確認してきたことを、もう一度再現したに過ぎないからです。
でもこれが遊んでいるだけだったり、無駄になったわけでもありません。
大学院生は研究をしたり授業を受けたりするだけでなく、ティーチングアシスタントとして授業補佐や広報活動の手伝いを行うことがあります。

今回紹介した内容は、もともと自分の趣味で観察していた結果を、学部1,2年生むけの体験授業の内容にアレンジして、実際に実験室で観察してもらうプログラムを実施しました。また、観察の様子を動画に撮って編集し、メタバース工学部という大学広報のInstagramに投稿したりもしています。

蓮の葉の撥水性の話、バイオミメティクスの研究、研究以外の大学院生の生活について、感じていただけたら嬉しいです。
いただいた質問
なぜハスの葉には撥水性が必要なのか?
環境から受けるストレスから身を守るために、自浄作用としての撥水性を持つのではないかと考えられています。
講演を聞いてくださった方複数から、「家でハスを育てています」「家の前にハスが生えています」「家庭菜園でトマトを育てていて」といった生活の中の植物のお話をお聞きすることができました。ハスの葉はとても大きく逆に茎が細いので、汚れを落とさないと倒れてしまうのだろうというコメントもいただきました。
・撥水性を高めているのはワックスがモジャモジャだからなのでしょうか?
・ワックスはそもそも水を弾く性質を持っているので、モジャモジャではなくても同様に機能するのでしょうか?
・モジャモジャじゃないワックスをつけるとどうなるのでしょうか
超撥水性は、そもそも表面の性質が疎水性であることが前提で、微細な凹凸が加わることでより撥水性が高められたり、滑水性が付与されています。なので、ワックスだけでも撥水性になると考えられます。現に、ハスの葉裏は微細な凹凸はなく、モジャモジャではない平滑なワックス面になっていますが、それでも水を弾いています(122°)。

では、平滑な面でワックスの有無を比べるとどうなるか。というのは自分も測定すればよかったと後悔しているポイントです。発表前に間に合いませんでした。参考までに、ヨーグルトの蓋裏の比較データを示します。微細な凹凸のないヨーグルト(チチヤス)の蓋裏は、アルミ素材の上に疎水性のコーティングがされていると思われます。アルミホイルと接触角を比べてみると、アルミはもともと水と馴染みやすい(親水性、接触角が90°以下)なのに対して、ヨーグルトの蓋裏は水を弾く(疎水性、接触角が90°より大きい)ようになっています。

・接触角の測定では、水滴を垂らすサンプルを平らなところにおく必要があるか
その通りです。今回は静止した水滴の接触角を測定しています。
面が液体を弾くかどうかを測る方法として、面を傾けて水滴の転がりはじめる角度を測定する手法もあります。

・3社のヨーグルトの蓋表面がそれぞれ違うのはなぜか
・今回は水の接触角を測定していたが、ヨーグルトの接触角はどうなる?
ビヒダスに関しては、特許技術を使用しています。熱接着層に5-20nm程度の疎水性シリカ微粒子を分散させた溶液を塗布し、溶媒を飛ばすことで、このような表面の階層的な凹凸を実現させているようです。

それぞれのヨーグルトの固さも違っており、チチヤスなどはプリンのようなツルッとした食感のヨーグルトになっています。また、このような工夫が施されているのは小さい4個パックになっているヨーグルトが多いです。ヨーグルトの状態、揺れやすさ、蓋裏加工のコストなどを総合して、各社が判断しているのかなと思います。
ヨーグルトと水とでは、弾かれ方はちょっと違うような気はします。ヨーグルトは油性ではなく水性ではあると思うので、水の弾きやすさと同様な傾向を示すと考えていいかと思います。
・蓮の葉はワックスを継続的に供給する仕組みはありますか?
・蓮の葉の縁の大きな突起は最初からあるのか、育つ中で出てくるのか?
・浮き葉と立ち葉があるが、撥水性は違うのか?
・枯れたハスだと撥水性はどうなるか?
蓮の葉が傷ついた後は、表皮組織の回復と表皮ワックス結晶の再生が起きて、撥水性を維持しているようです。ワックスについては、すでにあるワックスの塊を囲むように新しいワックスが供給されて、平面的にワックスの層を形成します。その後、すでにあるワックス層を下から押し出して新しいワックス層が形成されるパターンが観察されています。このように、表面の形状が傷ついたとしても新しいワックス層が供給され、疎水性は維持されています。化学的処理をして油分を取り除いてもワックスのモジャモジャが回復することがわかりました。

微小な凹凸の集合体について。葉の背が低い時点で、すでに葉が反り返りはじめます。それが、茎が伸びていくにつれて茎自体が傾いて水を振り落とすようになると考察されています。この研究から考えると、葉の縁の凹凸の集合体は、ハスの葉に最初から分布しており、成長と共に葉全体の形状に影響を与えているようです。

枯れた葉については、特に調べられていません。機会があれば観察したり、調べてみたいと思います。
・構造を制御して所望の接触角を得ることはできるのか?
・突起のサイズ依存性、どのくらい小さければ撥水性になるのか?
・逆に超親水性表面にできるか
表面に微細な凹凸を作ることで撥水性を制御する際は、突起サイズ、突起の分布状態、そこに降りかかる水滴の大きさが関係してきます。
例えば、小さな突起が隙間なくびっしり分布しているような表面では、小さな水滴は弾くことができますが、大きなサイズの水滴が落ちてきたときには水滴の重さ(静水圧)で突起がつぶれたりして濡れてしまいます。逆に、大きな突起がポツポツ分布しているような表面では、大きなサイズの水滴を弾くことができますが、小さな水滴は突起同士の隙間に入り込んで濡れてしまいます。

ハスの葉では階層的な突起があることで、さまざまなサイズの液滴に対する抵抗力が高まっています。
ソフトリソグラフィー技術などを使って、人工的に微小な突起を持った表面を作ることができます。この手法では、基板に微細な穴を開けて型にして、そこに樹脂などを流し込んで硬めて取り出すことで微細な突起を持った表面を作っています。

また、疎水的な表面が微小な荒さでより疎水的になるような表面は、逆に表面の化学的性質が親水的な場合、より親水的になります。微小な凹凸は、疎水性な表面をより疎水的に、親水的な表面をより親水的にします。

微細な凹凸を持つ構造に対して表面の化学的性質を変えるだけで、超親水的→超疎水的に変化します
次回に向けて
自由研究をどこかで発表したいなと思っていたので、今回の講演内容にしました。元ネタはこれです↓
秋の講演も予定が合えば出たいと思っています。
今まとめている研究テーマか、現在進行形のテーマのどちらかの話ができたらいいなと思っていますが、進捗次第ですね。副専攻で修論を書く予定なので、その内容でも話せたらいいかもしれません。
参考文献
A critical review on robust self-cleaning properties of lotus leaf (Wang, 2023, review)
https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2023/sm/d2sm01521hShape Control of Lotus Leaf Induced by Surface Submillimeter Texture (Li, 2020)
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/admi.202000040Mechanism of self-recovery of hydrophobicity after surface damage of lotus leaf (Wang, 2024)
https://plantmethods.biomedcentral.com/articles/10.1186/s13007-024-01174-7Hybrid Topography of Lotus Leaf under Hydrostatic/Hydrodynamic Pressure (Zhao, 2023)
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/admi.202202044Surface Submillimeter Papillae Enhanced Mechanical Property of Membrane (Wang, 2020)
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/admi.202001080Superhydrophobic 3D Porous PTFE/TiO2 Hybrid Structures (Aktas, 2019)
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/admi.201801967
いいなと思ったら応援しよう!
次の記事を書くモチベになります