「あそこ、お墓あるよね?」
母の実家は、山の奥にあった。
ポツンと1軒家、といってもいいくらい。
車道は舗装されているが外灯はない。
夜になると真っ暗だ。
聞こえてくるのは、虫の鳴く声だけ。
母の実家は大好きだったが、
小学生だった私は、真っ暗な夜は怖かった。
車に乗るときは、1番も最後も嫌。
どっちも怖かったからだ。
山道を少し走った先に
大きな湖のような池があった。
プールや海、街に出るときは
必ずその脇を通っていた。
その池の近くの広場で
小さな盆踊りが開催されるという。
子どものころ、毎夏行った母の実家。
でも、この盆踊りの記憶は
不思議と1回だけ。
車に乗り、広場へ向かう。
真っ暗な道。
ライトに照らされる山道。
その先も暗い。
カーブの道。
大きな木々が照らされる。
(すき間から「何か」が
見えたらどうしよう…)
変な汗で手は湿ってしまう。
ーー ぎゅっ
山道が目に入るのが嫌で目をつむった。
見えなければ、見えないで怖い。
目をあける。
でも、走っている最中に
もし窓の向こうに、顔が見えたら…??
(ひぃ…)
また目をつむった。
広場では、盆踊りが行われていた。
私は出店があるのだと思っていたが
やぐらがあるだけの純粋な盆踊り。
小学生だった私は、
(踊るだけかぁ)
と、少し残念だった。
でも、踊らないと
ジュースをもらえないと聞き
踊りに参加した。
さあ帰ろうと、叔父さんが車を回してきた。
でも、私に見えていたものは
不思議な光景だった。
叔父さんの車は、
たくさんのお墓をすり抜けて
こちらに走ってきた。
小学生とはいえ、高学年だった。
あの時の私は、はっきり起きていた。
(え…?なんで…?)
(お墓をすり抜けてきてる)
お墓なんてなかったはずなのに…
「あっ、あのさ…」
『早く車に乗ってー』
でも、聞こうと思ったけれど
口にすることは出来なかった。
帰り道は怖くて
3人掛けの真ん中に座った。
周りは見たくない。
私は車の中で、目をつむったまま
会話をして家に帰った。
次の日、母に聞いてみた。
「あのさ、おかーさん。
池の近くの広場にさ
あそこお墓あるよね?」
『お墓なんて無いわよ』
母は、あの真っ暗の道を
学生時代何度も通っている。
間違えるはずがない。
でも。
でも‥‥。
「そしたらさ、近くにお墓は?」
『えー?無いはずよ』
(じゃあ、私が見たあれって何…)
プールに連れて行ってもらうときに
何回見てみても、
そんな場所はない。
(見落としたかな?)
その年、何回も、何回も確認した。
東京に帰る時にも、見たけれど
そんな場所は見つからなかった。
ただ、池の脇には
大きな石碑があるだけだった。
その記憶が怖かった私は、
強引に理由を考えた。
子どものころは
お墓とお化けがセットだった。
(きっと、お化けも盆踊りしたかったんだ)
(一緒に楽しんでいたのかもしれない)
そう思って、心にしまい込んだ。
少ししてから
盆踊りの由来を知った。
先祖の霊を迎え、供養する意味もあるという。
( ……… )
まだ子どもだった私は
余計に怖くなってしまった。
少し大きくなってから、分かったこと。
その池で遊んでいて亡くなった子がいて
石碑は、そのためのものだった。
それからずいぶん経ち、
大人になってからも何度か母に聞いた。
そして、この記事を書きながら
また母に聞いてみた。
「ねえ、昔さ。
あの池の広場で盆踊りあったじゃない?
お墓が見えたって話、覚えてる?」
『そんな話したっけ?』
やはり、母は覚えていなかった。
その代わり、昔の池の話をしてくれた。
母が子どものころは
あの池で泳いで遊んでいたという。
もう一度あの日の話をして
「不思議だね」と、電話を終えた。
でも私は、今でも覚えている。
叔父さんの車が、
いくつものお墓をすり抜けながら
こちらへ走ってきた光景を。
私が見たあのすり抜けたお墓は
何だったのか。
それは、今でも分からない。

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