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イブ物語|判断寓話|ファンタジー小説|猫征|第四話


大きな焚き火が、夜の村を明るく照らしていた。

楽器を奏でる獣人たちの軽快なリズムに合わせ、子供たちが焚き火の周りを楽しそうに踊っている。

病に苦しんでいた時の面影は薄れ、その顔には久しぶりに戻った笑顔があった。

少し離れた場所に座るワンとニアも、その光景を穏やかに眺めている。

「みんな、嬉しそう」

ニアが楽しそうに呟くと、ワンも子供たちへ目を向けたまま頷いた。

「ああ、悪くない」

焚き火の向こうでは、村人たちが料理を囲みながら笑い合っている。

ワンはその様子をしばらく眺めたあと、隣に座るニアへ顔を向けた。

「何か必要なものはないか?」

ニアは少し驚いたようにワンを見たあと、小さく首を横に振った。

「ワンが用意してくれた薬のおかげで、みんなの具合も落ち着いてきたわ。これ以上望んだらバチがあたる」

「いや、でも……」

ワンは何か思いつかないかと考えるように視線を泳がせる。

「例えば、好きな食べ物は? 飲み物でもいい……そうだ! 爪研ぎとか、タワーならすぐにでも――」

最後まで言わせる前に、ニアが持っていた骨付き肉をワンの口へ押し込んだ。

「むぐっ」

ニアは少し拗ねた顔でワンを見つめる。

「ワン。大丈夫だから。それに最後の方のは何か違うと思う」

ワンは口に押し込まれた肉を咥えたまま、不思議そうに首を傾げた。

プレゼント選びを初手から間違える男である。




猫から始まる世界征服 第四話


「さっさと来い!」

宴会が盛り上がりを見せていた、その時だった。

村の入り口から聞こえた怒鳴り声に、楽器の演奏が止まる。

楽しそうに踊っていた子供たちも足を止め、何事かと声のした方へ振り返った。

数人の獣人たちが、一人の男を取り囲むようにして村の中央へ連れてくる。

男の身体にはロープが巻かれ、背後から槍を突きつけられていた。

旅慣れた様子のローブと衣服を身につけている。

青い髪の隙間から覗く瞳も同じ青色で、その無機質な眼差しには、捕らえられた者とは思えないほど動揺がなかった。

「こいつ、村の周りをうろついていたんだ」

獣人の一人が、手にした槍の柄で男の背中を軽く小突く。

「人攫いか奴隷商人に違いない」

別の獣人も険しい顔で声を上げた。

ざわめきが村人たちの間に広がる。

「まずは落ち着け」

騒ぎを聞きつけた長老のロウが前へ出ると、周囲は徐々に静かになった。

その隣では、アトラが腕を組みながら男を睨んでいる。

「あなた、何しにこんな森の奥まで来たの?」

焚き火の光を受けた赤い髪が揺れる。

アトラは膝をつかされた男の前まで歩くと、その顔を覗き込んだ。

男は相変わらず表情を変えない。

ただ、その視線だけがアトラとは別のものを追っていた。

アトラの腰から伸びる、長く綺麗な尻尾である。

尻尾が右へ揺れると、男の目も右へ動く。

今度は左へ揺れる。

視線も迷うことなく左へ動いた。

何度か試すように尻尾を揺らしたアトラは、冷たい目で男を見下ろした。

「変態だわ」

「変態……」

「変態だって……」

男を取り囲む獣人たちの間に、ひそひそ声が広がっていく。

その声を遮るように、男がようやく口を開いた。

「テイル……」

周囲の声が止まった。

男はゆっくりと顔を上げると、妙に自信に満ちた声で言った。

「私の名前はテイル。究極の尻尾を求めて世界をさすらう者です!」

一同が黙った。

狂気である。

尻尾への愛を、ここまで堂々と言い放つ者はそういない。

「安心してください。捕まるタイミングは計算通りでした。では、尻尾も十分に堪能できたので、私はこれで」

何事もなかったかのように立ち上がったテイルは、そのまま立ち去ろうとした。

だが身体に巻かれたロープを後ろから強く引かれ、すぐに元の場所へ座らされる。

「おっと」

尻餅をついたテイルを見て、ワンが堪えきれず大声で笑った。

「すごいな。そこまで自信満々な変態は初めて見たぞ!」

隣に立つニアは、そんなワンの横顔をしばらく見つめたあと、静かに額へ手を当てた。

また一人、変な男が現れた。

言葉にしなくても、その表情だけで十分伝わってくる。

「捕らえておけ」

ロウがそう告げると、獣人たちは再びテイルのロープを引いた。

連れて行かれそうになったテイルは、困った様子も見せずに振り返る。

「おっと、みなさん。それでいいのですか? 私、貴重な情報を知っていますよ」

ロウの表情が一瞬で険しくなった。

手を上げて獣人たちを止める。

「ほう。何を知っているのだ?」

ロウが問いかけると、テイルはわずかに口元を上げた。

縛られたまま立ち上がり、よろよろとロウへ近づいていく。

そして耳元へ顔を寄せ、何かを小さく囁いた。

次の瞬間、ロウの目が大きく見開かれる。

「なんじゃと!」

突然の大声に、近くにいたアトラが駆け寄った。

「どうしたの?」

テイルから聞いた内容をロウが伝えると、アトラの顔から笑みが消えた。

周囲の村人たちを見回したあと、重い口を開く。

「アルカン王国の部隊が、ここを目指している」

その言葉が落ちた瞬間、辺りから声が消えた。

つい先ほどまで宴会を照らしていた焚き火だけが、変わらず音を立てて燃えていた。



ロウの家には、村の主だった獣人たちが集められていた。

小さな部屋の中央に置かれた机を囲み、ロウやアトラ、村の若者たちが険しい表情で席についている。

ワンとニアもその中に加わっていた。

捕らえられたテイルだけは身体をロープで縛られたまま、なぜか当然のような顔で椅子に座っている。

「どうも、この森に獣人の隠れ里があると密告した商人がいたそうです」

テイルの言葉に、室内の空気がさらに重くなる。

誰も口を挟まず、その続きを待っていた。

「なぜ軍が動いたのかまではわかりません。ただ、商人が捕まえていた奴隷が逃げたため、それを取り返しに来るという話でした」

ニアはその言葉を聞くと、膝の上で手を強く握った。

頭に浮かんだ人物が誰なのか、ワンにはすぐにわかった。

「そんな、奴隷なんてこの村には来ていない!」

若い獣人の一人が、机を叩くようにして声を上げる。

テイルは落ち着いたまま、小さく首を横に振った。

「まあ、逃げた奴隷がこの村にいるかどうかは、あまり関係ないでしょう」

一同の視線がテイルへ集まる。

「彼らにとって重要なのは、逃げた奴隷を見つけることではなく、ここに獣人が何人いるかですから」

その言葉の意味を理解した村人たちの表情が曇る。

「戦うわ!」

アトラが立ち上がり、腰に差していたナイフへ手を伸ばした。

周囲にいた若い獣人たちも、覚悟を決めたように頷く。

「ダメじゃ」

ロウの低い声が、それを止めた。

「この村にはろくな武器もない。それに、まだ病から回復しておらん者も多い。今ここで戦えば、子供たちすら助からん」

誰も反論できなかった。

重い沈黙の中、アトラは悔しそうに唇を噛む。

「でも、逃げたとして……どこに行けばいいのよ」

ヒューマンから逃げ続け、ようやく見つけた場所がこの村だった。

ここを失えば、次に安心して暮らせる場所がある保証などない。

その時、これまで黙って話を聞いていたワンが口を開いた。

「数は?」

室内にいた者たちが一斉にワンを見る。

テイルもわずかに眉を上げたが、すぐに答えた。

「五十人以下」

「装備は?」

「馬はいません。アルカン王国の標準的な歩兵部隊です」

「到着までは?」

「おそらく三日。迷わず進めば、二日の距離ですね」

ワンは表情を変えないまま、次々と質問を続ける。

「情報の信憑性は?」

「情報源が私だけでは弱いですか?」

ワンは少しだけ考えるようにテイルを見つめた。

「お前の目的は?」

テイルは迷うことなく答えた。

「尻尾の保護です」

ワンは即座に頷いた。

「なら確かだな」

ニアはゆっくりと顔を上げ、二人を見比べた。

どうやらこの二人にしか通じない、何かがあるらしい。

「目標は村の秘匿。となると、殲滅戦だな。中途半端だと報復がある」

ワンの言葉でテイルの口元が緩む。

「火、水、毒は使えませんね。どうします?」

ワンは顎に手をやるとしばし考える。

「餌にするには?」

テイルの眉が上がる。

「相手によります」

「ゴブリンじゃ、話にならん。最低でもコボルト。出来ればオーガなんていれば最高だが」

「コボルトの巣なら少し離れた場所で見ました」

「決まりだな……あとは、どうやってそこまで連れて行くかだが」

ワンはテイルの目を見て首を振る。

「俺一人じゃ無理だ、最低でも五人は必要だ」

「なら、お願いすれば良いのでは?」

二人の会話だけが、進んでいく。
周りは黙って話を聞くしかなかった。

ワンは一息吐くと、一同に向かって声をかけた。

「これから、王国軍と追いかけっこをする。死んでもいい奴は手を挙げてくれ」


最初の反抗の狼煙が上がろうとしていた。

後に天才軍略家と呼ばれた男テイルと英雄ワンの出会いは、一本の尻尾によって導かれたと記録されている。



🔙第三話   第五話🔜



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