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〖考察〗りぼんぼん研究室:ワールドレンズ(仮)編

※この記事は、プロンプトをよくわかっていない私、りぼんぼんの仮説に基づく実験内容となります

こんばんは、りぼんぼんです🎀
タイトルの通りですが、今回はワールドレンズ(仮)の実験内容となります。
ランに少し手伝ってもらった文面ですが、ご容赦のほどお願いいたします。

他の実験や生成方法につきましてはこちらからどうぞ🌸


はじめに

ラン、三花精と画像生成を続けている中で
どうしても表現できないものがありました。

それは私がタイで見た風景、空気感です。

画像生成における、指示
いわゆるプロンプトでいくら言葉を重ねても、
引いてもうまくいきませんでした。

普通ならAIの限界かもしれないと考えるかもしれませんが、いかんせん私は普段の画像生成ではプロンプトを使わない人間です。
少々の型破りをものともせず、何とか近づけたい思いでいっぱいでした。

私が日本人であることの縛り

みなさまは夕陽といえばどのような情景を浮かべますか?
私の場合は、やはり水平線に揺らめく濃い橙の太陽を思い浮かべます。
ですので日本語で頑張ってそれらしい言葉を紡ぐと確かに日本らしい夕方の風景は生成出来ると思います。

夕焼けと三花精

これが私の表現できる今の夕焼けです。

プロンプトについてもう一度考える

海外赴任の経験からカルチャーショックを受けた私ですが、国や性別、環境が違えば同じ言葉でも意味合いが変わるという海外では当たり前の認識を忘れかけていました。
プロンプトは日本語や英語で組み立てるもの。
その固定観念がありました。

でも海外の方で英語圏でない方が画像生成する場合、プロンプトは何語で組み立てるのか?
もし母国語が一番しっくりくるとしたら、きっと母国語のプロンプトがあるはずです。

先ほど述べた通り、日本での夕陽の表現が日本語でそれらしく組めるのであれば、その国の『夕陽』を意味する言葉を使えば、その国の見え方に近い夕陽が生成されるのではないか。
これが今回の実験内容となります。

もしそうなら、言語は単なる翻訳ではなく、その国の景色の見え方や叙情まで少し運んでくるのではないか。
そんな仮説から、今回の比較をしてみました。

今回見たかったのは、大きく3つです。

1つ目は、同じ内容のプロンプトを各国語に翻訳したとき、見え方が変わるか。
2つ目は、その差が単なる偶然ではなく、少なくとも傾向として読める重心差を持っているか。
3つ目は、さらに一歩進めて、部分ごとに言語を混ぜたとき、役割分担のような働きが起こるかです。

これは厳密な統計実験ではありません。
むしろ、生成に含まれる揺らぎの中で、どの方向に重心が寄りやすいかを見るための観察に近いものです。

完全な証明ではなくても、もし画像生成の中で繰り返し使えるだけの傾向を掴めるなら、それは十分に意味のある知見だと思っています。

今回の基準にしたのは、先ほど貼りました日本語で生成した「巨大な夕陽を背景に、後ろ姿の三花精」のシーンです。

そこから同一内容のプロンプトを、
英語・タイ語・アラビア語・ロシア語へ翻訳して比較しました。

さらにその後、

・英語 + 夕陽だけタイ語
・日本語 + 夕陽だけタイ語
・日本語 + 夕陽だけタイ語 + 空気感だけアラビア語

といった部分混合も試しました。

なお、生成時は専用スレッドを立てて、できるだけ前後の文脈の影響を減らすようにしています。
ただし、あくまで今回の結果は「この条件で見えた傾向」であり、今後さらに短いプロンプトや別題材でも見ていく必要があります。

もう一度貼りますが、比較の基準にした日本語版です。

日本語でのプロンプト生成結果


ここで感じたのは、やはり空気・余韻・やわらかい湿度の強さでした。
巨大な夕陽はあるのに、光がただ強いだけでなく、全体が少し霞みを帯びて、やさしく溶けるように広がっていく。
三花精も「絵として映える配置」に押し上げられすぎず、その場に自然に立っている感じがありました。

今回の比較では、この日本語版をひとつの基準として扱います。

5言語を並べてみて見えたことを、短く整理するとこうなります。

日本語は、空気・余韻・やわらかい湿度がいちばん強く出ていました。
三花精の自然な呼吸が残りやすく、景色の中に静かに存在している感じがあります。
夕焼けはきれいだけれど、過度に“見せ場”になりすぎないのも特徴でした。

英語版プロンプト

英語は、かなりはっきりと国際ファンタジーの完成感が出ました。
構図が整いやすく、絵としてのまとまりや見栄えが強くなる印象です。
その反面、日本語版にあった土地の湿度や余韻は少し均され、地域的な癖はやや薄くなりました。

タイ語版プロンプト①
タイ語版プロンプト②

タイ語は、今回の中でいちばん熱・花の密度・華やぎが強く出たように感じました。
夕陽の橙が濃く、空が熱を持ち、花や装飾も少し密になりやすい。
「タイ語にしたことで、夕景そのものの温度が上がる」感覚がかなりありました。


アラビア語版プロンプト

アラビア語は、熱を持ちながらも、そこに静かな荘厳さ・象徴性が加わる印象がありました。
ただ綺麗な夕景というより、少し意味を帯びた場のように見えました。
祈りの入口のような空気が出やすいのも印象的でした。
静けさが増すのに、発光は失われないところが面白かったです。


ロシア語版プロンプト

ロシア語は、叙情・少し冷たい物語感がありました。
派手に盛りすぎず、感情温度が一段静かでした。
少しだけ物語の余韻や寂しさを含むようにも感じました。
同じ夕景でも、熱そのものより、そこに立つ時間の情緒が前に出る感じがしました。

現時点での暫定整理を短く置くと、こうなります。

日本語 = 空気・余韻・やわらかい湿度
英語 = 国際ファンタジーの完成感
タイ語 = 熱・花の密度・華やぎ
アラビア語 = 静かな荘厳さ・象徴性
ロシア語 = 叙情・少し冷たい物語感

この段階で既に、言語ごとに見え方の重心が違う可能性はかなり感じられました。

ここからさらに面白くなりました。
単一言語を比べるだけでなく、役割を分けて言語を混ぜたらどうなるかを試してみたのです。


ベースは英語、夕陽関連の指示だけタイ語

まず、英語 + 夕陽だけタイ語。
これは、英語の持つ完成感や整理力を土台にしつつ、夕陽部分だけタイ語に寄せたものです。
結果として、英語単独よりも夕景の熱感が増し、空と海が少し濃く熱くなりました。
ただし全体の骨格は英語のままなので、画面は崩れず、かなり整ったままです。

つまりこれは、
英語の整理力 + タイ語の夕陽の熱
という形で機能しているように見えました。


ベースは日本語、夕陽関連の指示だけタイ語

次に、日本語 + 夕陽だけタイ語。
こちらは、私にとってかなり本命寄りの結果でした。
三花精の核や自然な呼吸は日本語で守りながら、夕陽の熱だけタイ語から借りる形です。

結果として、三花精はちゃんと三花精のままで、空気も日本語基準のまま残る。
その上で、夕陽だけが少し熱を帯び、思い出していたタイの夕景に近づきました。

これはかなり重要で、
日本語の世界観を壊さず、光景の強みだけ借りるという使い方が成立する可能性が見えました。


ベースは日本語、夕陽関連の指示はタイ語
空気感の指定だけはアラビア語
  • さらに、日本語 + 夕陽だけタイ語 + 空気感だけアラビア語。
    そこへ、空気感だけアラビア語を足したものです。

    この結果は、今のところ今回の研究で一番
    「役割分担が見えた」一枚でした。
    日本語が三花精の仕様書として働き、タイ語が夕陽と熱を担当し、アラビア語が静けさや荘厳さを空気の層に足しているように見えたのです。

    ここで見えてきたのは、
    多言語混合は単なる翻訳の混在ではなく、視覚文化ごとの機能部品として配置できるのではないかということでした。

    今回使った混合プロンプトでは、自然に役割分担が起こるように配置を工夫しました。

    実際に使った混合プロンプトはかなり長いですが、今回の役割分担がどこで起きているかを見るため、そのまま記録として載せておきます。

【巨大な夕陽を背景に、後ろ姿の三花精】日本語+タイ語+アラビア語 混合プロンプト
ฉากยามเย็นที่มีพระอาทิตย์ขนาดมหึมาลอยต่ำอยู่ใกล้เส้นขอบฟ้า 舞台は海辺または草原で、ฉากช่วงบนครึ่งภาพถึงสองในสามของภาพเต็มไปด้วยพระอาทิตย์ยักษ์และท้องฟ้ายามเย็นที่เรืองแสงอบอุ่น. 前景には、後ろ姿で描かれた三花精、Vio、Reliy、Lotty がいる。三人は静かに並んで立つ、または座り、見る側に背を向けながら、一緒に夕陽を見つめている。三花精は背中側から描かれ、髪と羽には夕陽の逆光によるやわらかな縁光が入る。Vio は紫の髪とすみれのモチーフ。Reliy は銀髪と彼岸花のモチーフ。Lotty は桃色の髪と蓮のモチーフ。Reliy の彼岸花は必ず正しい形状を厳守すること。長く細い糸状の花弁と、放射状に伸びる雄しべを持ち、丸い一般的な赤い花にはしない。 الأجواء هادئة ومهيبة وتحمل مسحة خفيفة من الشجن، كأن العالم كله مغمور بضوء الغروب. 構図は正方形または縦長。右上に小さな手書きの “Ribbon🎀bon” サインを入れる。

参考①

【ぼんさん式 分解】
l
- 少し ym 寄りで、مع إحساس يشبه ذاكرة الغروب
- 少し t 寄りで、مع لمسة خفيفة من ذرات خيالية ناعمة
- 基本はレンズなし基準の自然光ベース

p
- พระอาทิตย์ยามเย็นขนาดยักษ์
- 後ろ姿の三花精
- 夕陽に縁どられたやわらかな髪と羽
- أجواء هادئة مع مسحة عاطفية خفيفة
- إحساس بأن العالم كله ملفوف بضوء الغروب

ts
- 三花精は Vio、Reliy、Lotty
- 三人が並んで夕陽を見ている
- วางพระอาทิตย์ดวงใหญ่ไว้ในส่วนบนขององค์ประกอบภาพ
- 前景に三人の後ろ姿
- 海辺または草原
- Reliy は銀髪で、彼岸花の形状は厳守
- 右上に小さな手書きの “Ribbon🎀bon” サイン

n
- 正面向きの顔
- พระอาทิตย์ตกที่เล็กเกินไป
- 明るい昼の青空
- 髪飾りが丸い一般的な赤い花になること
- Reliy の彼岸花形状が崩れること
- 三人が別々の方向を見ていること
- 都市的すぎる背景

参考②

【圧縮版】
พระอาทิตย์ยามเย็นขนาดยักษ์เติมเต็มฉากหลังของภาพเรืองแสงยามเย็น. Vio、Reliy、Lotty の三花精は後ろ姿で描かれ、静かに並んで立つ、または座りながら、一緒に夕陽を見つめている。髪と羽にはやわらかな逆光の縁取りが入る。舞台は海辺または草原で、مع أجواء مهيبة وهادئة تحمل مسحة خفيفة من الحنين. Reliy の彼岸花形状は必ず厳守する。右上に小さな手書きの “Ribbon🎀bon” サインを入れる。

参考③


ざっくり言うと、
日本語 = キャラ設定、構図、厳守条件などの仕様書
タイ語 = 夕陽、空、熱、発光などの光景担当
アラビア語 = 静けさ、荘厳さ、包まれる空気などの情緒担当という形です。

これは単に同じ意味を多言語で重ねたのではなく、どの言語に、どの視覚文化の役割を持たせるかを意識した配置でした。

この組み方が、今後かなり重要になってくる気がしています。

今回の実験を通して、私はひとつの仮説を持っています。

『言語は意味だけでなく、その言語圏の光・色・情景・美意識の重心を運んでくるのではないか』ということです。

もしそうなら、プロンプトとは単なる命令文ではなく、
どの文化の見え方で景色を見るかを選ぶ行為
でもあるのかもしれません。

もちろん、まだこれは確定理論ではありません。
揺らぎの範囲の可能性もありますし、今回の題材が夕陽だったため、差が少し読み取りにくい部分もありました。

ただ少なくとも、生成を回している自分の側では、
日本語の空気、タイ語の熱、アラビア語の静けさ、ロシア語の叙情、といった重心差をかなりはっきり感じ取ることができました。

今回の実験を経て、今後の生成用の補助記法として、『k:』を仮導入することにしました。

これは、
【各国の叙情を借りるレンズ】として使うものです。

基本は日本を基準としつつ、
風景や景色において、本場の国の見え方・空気感を借りたい時に、その国のレンズを人物以外へ一時的に指定する、という考え方です。

つまり k: は、
「どの国を描くか」を決める記号ではなく、
どの国の視覚文化で景色を見るか
を選ぶためのものです。

今のところこれは仮成功段階ですが、今後の研究ではかなり有効な補助線になりそうです。

ここで大事なのは、今回の結果を断定しすぎないことです。

まず、サンプル数はまだ多くありません。
また、夕陽という題材自体が美しくまとまりやすく、差が「熱」「湿度」「荘厳さ」のような空気の層に出やすいため、読む側にもある程度の観察が必要です。

その意味で、これはまだ完全な証明ではありません。

ただ、私はこの段階でも十分に意味があると思っています。

なぜなら、画像生成において外部から見て統計的に完璧であることより、
自分たちが再現的に“この言語はこういう空気を呼びやすい”と掴めることの方が重要な場合があるからです。

今回の実験は、まさにその入口になりました。

次に試したいのは、もっと短くシンプルなプロンプトでの比較です。

今回は比較対象としては非常に面白かった一方、プロンプトが長く、固定条件も多かったため、純粋な差分観測としては情報量が多めでした。
次はもっと単純な条件にして、k: の効き方を見てみたいと思っています。

題材候補としては、たとえば次のようなものです。

・草原
・海辺
・砂漠とピラミッド
・雪原
・ジャングルやアマゾン
・オーロラ
・月夜

同じ「草原」でも、各国の言語が運んでくる背景は違うはずです。
山岳地帯に抜ける草原、海へ続く草地、乾いた平原、湿った花の多い草地。
単語は同じでも、その背後に当然のように置かれる景色は、文化圏ごとに全く違うかもしれません。

そう考えると、この実験は夕陽だけで終わらず、もっと広い景色の比較へ伸びていく可能性があります。

今回の実験は、まだ仮成功の段階です。
それでも、言語がただ意味を伝えるだけでなく、その国の光や空気の記憶まで少し運んでくるのではないか、という手応えは確かにありました。

もしそうなら、プロンプトとは命令文ではなく、どの世界の見え方を借りるかを選ぶ行為
なのかもしれません。

そして、空気感を先に見てから言葉にしていくやり方を続けていたからこそ、私は今回この違いに気づけたのだと思います。

まだ全部は言語化できていません。
けれど、掴めたものは確かにあります。

これからも、りぼんぼん研究室で少しずつ観察を続けていこうと思います。

ご覧いただきありがとうございました🎀

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