#019 その「正しさ」は、どこまで通用するのか
正しいと思っている判断も、条件が変われば同じようには通用しないことがあります。
今回は、「正しさ」がどこまで成り立つのかを考えます。
ある日の午後、営業担当に顧客から連絡が入った。
「急で申し訳ないんですが、納期を一週間早められませんか。このままだと、うちの立ち上げに間に合わなくて」
長く取引している、大切な顧客だった。
営業担当は製造へ確認する。
「一週間、前倒しできますか?」
少し間があって、返事が来た。
「できなくはないです」
ただし、条件があった。
この案件を前倒しするには、すでに組まれている生産計画を変更する必要がある。
別の顧客向けの製品を後ろへずらす。
一部の部材は特急で調達する。
場合によっては、現場の残業も増える。
営業担当は迷う。
困っている顧客を助けたい。
長い付き合いもある。
ここで応えられれば、これからの関係にもつながるかもしれない。
製造側も、それは分かっている。
だから「無理です」とは言わない。
ただ、一つだけ付け加えた。
「このお客さんを助けるために、別のところの余裕を使うことになります」
その言葉で、少し見え方が変わる。
誰も、間違っていない
顧客を助けたい。
間違っていない。
決めた生産計画を守りたい。
それも間違っていない。
他の顧客への影響を避けたい。
もちろん間違っていない。
余計なコストや現場の負担を増やしたくない。
それも会社としては正しい。
問題は、誰かが間違っていることではない。
正しいことが、同時には成立しないことだった。
納期を短縮すれば、顧客には価値が生まれる。
その一方で、別の場所には負担が生まれる。
特急調達のコスト。
生産計画の変更。
現場の残業。
別案件へのリスク。
一つの意思決定から生まれる価値と負担は、同じ場所には落ちない。
顧客が受け取る価値を、現場が負担することもある。
一つの顧客との関係を守るために、別の顧客に使える余裕が減ることもある。

では、もっと視野を広げればいいのだろうか。
全体を見れば、答えは一つになるのか
こういう場面では、よく言われる。
「部分ではなく、全体最適で考えよう」
確かに、それは大切だ。
営業だけではなく、製造を見る。
製造だけではなく、顧客を見る。
会社の利益も、現場の負担も、将来の取引も見る。
では、そこまで見れば答えは出るのだろうか。
顧客との関係を守れる。
売上を守れるかもしれない。
一方で、特急費がかかる。
現場の負荷が増える。
別の顧客への影響もあるかもしれない。
全体を見ても、まだ答えは決まらない。
なぜなら、
何を重く見るのかが決まっていないからだ。
顧客との信頼と、追加コスト。
現場の負担と、将来の売上。
今日困っている顧客と、来週困るかもしれない別の顧客。
すべてを見ることと、
何を優先するかを決めることは、
同じではない。
「最適」には、先に決められたものがある
仕事では「最適」という言葉をよく使う。
全体最適。
最適な在庫。
最適な価格。
最適な人員配置。
最適な生産計画。
どれも、どこかに「一番正しい答え」が存在するように聞こえる。
でも、最適とは何だろう。
利益を最大にするなら、一つの答えがある。
顧客満足を最大にするなら、別の答えになる。
社員の負担を最小にするなら、また違う。
将来の成長を優先しても変わる。
つまり、
何を「良い」とするかが決まって、初めて「最適」が存在する。
最適解は、最初から世界のどこかに埋まっているわけではない。
何を大切にするか。
何を優先するか。
どの範囲を判断材料にするか。
その前提を置いたあとに、
「その条件に対する最適解」が生まれる。
AIが、答えを精密にしていく
ここにAIが入ると、状況は少し変わる。
顧客のLTV。
失注確率。
追加原価。
残業時間。
生産能力。
他案件への影響。
将来の受注確率。
人間には同時に扱いきれないほど多くの変数を使って、AIが選択肢を比較する。
設定された目的と条件の中で、
「今回は納期短縮を推奨します」
と答える。
こうした答えの精度は、これからさらに上がっていくだろう。
人間が経験と勘だけで判断するより、AIの方が精密な答えを出す領域も増えていく。
すると、少し不思議なことが起こる。
AIの精度が低いうちは、人は答えを疑う。
「本当に合っている?」
「計算を間違えていない?」
「この予測は信用できる?」
ところが、AIが高い精度で答え続けるようになったらどうだろう。
私たちは、少しずつ答えそのものを疑わなくなる。
「AIがA案を推奨した」
だから、
「A案が正しい」
そう受け取るようになるかもしれない。
でも、この二つは同じではない。
答えが正しくても、使い方は間違えられる
AIが、
原価も、
顧客LTVも、
失注確率も、
生産への影響も、
設定された条件の中で正確に計算していたとする。
そして、その条件ではA案が最適だった。
ならば、
その範囲では、AIの答えは正しい。
それでも、確認できることがある。
「この判断に、現場の疲弊は入っている?」
入っていないとする。
では、AIは間違っていたのか。
違う。
AIは、与えられた範囲について答えている。
問題が起こるのは、
「この条件では正しい」
を、
「これが正しい」
へ広げてしまったときだ。
答えの意味を、その答えが持っている範囲より広く使ってしまう。
ここには、答えの精度とは別の問題がある。
すべてを考えればいい、という話ではない
では、AIが扱っていないものを、すべて探し出して判断すればいいのか。
それでは終わらない。
どんな判断にも、扱わないものはある。
むしろ、世界をある程度単純化するからこそ、私たちは判断できる。
顧客との関係をLTVとして見る。
社員の負荷を残業時間として見る。
品質を不良率として見る。
未来を期待収益として見る。
そうやって複雑な現実を扱える形にするから、比較し、計算し、決めることができる。
単純化すること自体が問題なのではない。
単純化したことを忘れることが問題なのだ。
すべてを判断材料に戻す必要はない。
その答えが、どんな前提と範囲の上に立っているのかを知る。
そして、一度だけ問う。
今回、その範囲だけで決めていいだろうか。
問題なければ、その答えを使えばいい。
もし、扱われていない何かが結論を変えるほど重要なら、そこで初めて戻ればいい。
「正しいか」から、「どこまで正しいか」へ
答えを受け取ったとき、私たちはまず、
「正しいか、間違っているか」
を考える。
もちろん、それはこれからも必要だ。
でも、AIが正しい答えを出す確率が上がるほど、もう一つの見方が重要になる。
その答えは、どこまで正しいのか。
何に対する答えなのか。
どんな前提を置いているのか。
どこまでを判断材料にしているのか。
そして、
その範囲だけで、今回は決めていいのか。
AIより上手く計算する必要はない。
AIが出した答えを、毎回疑う必要もない。
答えが正しいことと、
その答えをどこまで使っていいかは、
別の問題だからだ。
AIが正しい答えを出すようになったとき、
人間に残るのは、間違い探しだけではない。
その正しさを、どこまで使うのか。

Layer Zero Lens
正しい答えほど、その射程を見る。
何に対する答えか。
何を前提にした答えか。
その範囲だけで、今回は決めていいか。
正しいことと、どこまで使えるかは別の問題。
次に読むなら
「正しい答え」にも射程がある。
では組織では、その答えをもとに、意思決定はどのように生まれているのでしょうか。
「誰が決めた?」だけでは見えない、意思決定の構造を考えます。
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あなたの「問い」も、聞かせてください。
仕事や組織、AI、これからのこと。
まだ言葉になっていない違和感でも構いません。
Layer Zeroを、どこから読むか。
複雑なことを、構造からシンプルに。
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