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#031 「任せる」と「丸投げ」は、何が違うのか

「任せる」と「丸投げ」。その境界は、どこにあるのでしょうか。

自由に考えてもらうことと、考えることまで相手に渡してしまうこと。似ているようで、その間には大きな違いがあります。



「この業務、DX化してください。やり方は任せます」

そんな依頼を受けたとします。

細かな指示はなく、自分で考える余地も大きい。「そこまで任せてもらえるんだ」と、少し前向きな気持ちになるかもしれません。

ところが、いざ始めようとすると手が止まります。

何を変えたいのか。問題はどこにあるのか。そもそも、なぜDX化する必要があるのか。

やり方を考えようとしているはずなのに、その前に決めなければならないことが次々と出てくる。しばらく考えているうちに、少し妙なことに気づきます。

「やり方は任せる」と言われたけれど、どこからが自分の仕事なんだろう。

任せてもらったのか。それとも、考えるところから丸ごと渡されたのか。

この違いは、どこにあるのでしょう。


「仕事を任せる」を、少し分けてみる

仕事を任せるというと、「この仕事をお願いする」と、ひとまとまりで考えがちです。

けれど実際には、「どこまで任せるか」を考えながら仕事を渡しています。問題を解いていく過程を眺めると、その中にはいくつか違う仕事があります。

What|何が問題なのか
Where|問題はどこにあるのか
Why|なぜ、それが起きているのか
How|どう解くのか


たとえば、経験の浅い人に仕事をお願いするときには、何を解くのか、どこに問題がありそうか、なぜ起きているのかをある程度一緒に整理したうえで、「では、どう解くかを考えてみて」と渡すことがあります。

その人が経験を積めば、今度はWhyから考えてもらう。さらに任せられる範囲が広がればWhereから、役割によっては「そもそも何を問題として扱うべきか」というWhatから考えることも増えていきます。

こうして見ると、仕事を任せるときに変えているのは、仕事の量や難しさだけではありません。

「何を自分で考えてもらうのか」も変えている。

同じ「任せる」という言葉でも、Howを任せるのと、Whatから任せるのとでは、相手に渡しているものがまるで違います。


任せる範囲を広げれば、それでいいのか

ここまでなら、話は比較的簡単です。

経験に合わせて、HowからWhyへ、Whereへ、Whatへと、少しずつ考える範囲を広げていけばいい。細かく指示するのをやめ、自分で考えてもらう領域を増やしていけばいいように見えます。

ところが、実際にはそうきれいには進みません。

初めて大きなテーマを任されたとき、「そこまで自分で考えていいんだ」と嬉しくなることがあります。期待されている感じがするし、自分なりにやってみようという気にもなる。

でも、やってみると難しい。

会社全体の話を考えていたはずなのに、気づけば自分の部署の改善案になっている。大きな課題を探していたはずなのに、いつの間にか、身近で解決できそうな小さな問題に着地している。

本人は真剣です。考えることを放棄したわけでもありません。ただ、自分が見たことのある世界の中で考えれば、問いも答えも、その世界の中から生まれます。

任せる範囲を広げても、見える範囲まで自動的に広がるわけではない。

「任せる」だけでは足りない理由が、ここにあります。


自分で走れるところまで、一緒に走る

昔、上司から仕事の任せ方について、
Hands-on / Eyes-on / Hands-offという考え方を教わりました。

中でも印象に残っているのが、
Hands-onは「自走できるところまで」という考え方です。

任せたのだから、あとは自分で考えてもらう。まだ自分では走れない領域でそうしてしまえば、それはHands-offしただけになります。

一方で、ずっと隣にいて答えを教え続ければ、今度は自分で考える余地がなくなる。

Hands-onは、そのどちらでもありません。

「もう少し広く見ると、誰が関係しているだろう」
「その問題は、本当にそこだけで起きているんだろうか」

そんな問いを一緒に考えながら、本人だけではまだ見えていないところまで行ってみる。答えを代わりに出すためではなく、やがて一人でもそこまで行けるようになるために関わる。

そして、自分で走れるようになったら、関わり方を変えていきます。

いつまでも横を走るのではなく、進み方や結果が分かる仕組みをつくり、必要なときには気づける状態にする。これがEyes-onです。

さらに、その領域なら安心して任せられるようになれば、Hands-offにできる。

以前は「人との関わり方」の話だと思っていたこの考え方が、ここまで考えてみると少し違って見えてきます。

仕事の任せ方の2軸



「自走できる人」ではなく、「自走できる範囲」

仕事では、「あの人は自走できる」という言い方をよくします。

けれど、Howからなら一人で考えて進められる人でも、初めてWhyから任されたら、そこでまた立ち止まるかもしれません。

Whyでも走れるようになり、次にWhereから任されたら、今度はこれまで知らなかった部署や顧客、前後の工程まで見なければならなくなる。Whatから考えるなら、さらに広い世界を見る必要があります。

だとすると、変わっていくのは、その人が「自走できる人」になることではないのかもしれません。

広がっているのは、「自走できる範囲」です。

そう考えれば、一度Hands-offできるようになった相手に、新しい仕事を任せたとき、再びHands-onが必要になることも不自然ではありません。

新しい範囲へ踏み出したら、また少し一緒に走る。そして自分で走れるようになったら、少しずつ離れていく。

育成と呼んでもいいし、仕事の割り振り方と呼んでもいい。

大切なのは、「任せるか、任せないか」の二択ではなく、
任せる範囲を広げながら、それに合わせて関わり方も変えていくことなのだと思います。


上で決めた答えが、そのまま下の答えになるとは限らない


この構造は、一人の上司と一人の部下の間だけで起きるものでもありません。

会社の中では、仕事がいくつもの階層を通って動きます。経営で考えたことが事業へ渡り、事業で具体化したものが部門へ、そして現場へ渡っていく。途中の仕事を外部へ依頼することもあります。

上の階層では、十分に議論してWhatからHowまで整理した。それでも現場へ持っていくと、

「では、自分たちの業務では何を変えるのか」

という問いが、もう一度生まれます。

考えてみれば、上ではHowだった「業務をデジタル化する」という方針も、それを受け取った現場から見れば、自分たちが具体化しなければならない新しいテーマです。

上の階層で決めたHowが、次の階層では新しいWhatになることがある。

What → Where → Why → Howは、一度回せば会社の隅々まで答えが届くような一本道ではありません。仕事を受け取る人や階層が変われば、そこからもう一度、考える仕事が始まります。

だから、上で構想を描けたことと、現場が動けることは同じではない。その間を「あとは任せた」だけでつなげようとすれば、受け取った側には空白が残ります。

逆に、その空白をすべて上で埋めてしまえば、今度は下で考える余地がなくなる。

ここでもやはり、「任せるか、任せないか」の二択では足りません。


任せるとき、二つのことを見る

最初の「DX化してください。やり方は任せます」という言葉に戻ってみます。

問題は、「やり方を任せた」ことそのものではありません。

相手に、何を任せたのか。

Howなのか。Whyからなのか。
あるいはWhatから考えてもらう仕事なのか。

そして、どこまで関わるのか。

まだ一緒に考える必要があるのか。仕組みで見ていれば走れるのか。もう手を離していいのか。

この二つは、役職だけで決まるものではありません。同じ人でも、慣れた領域と初めて扱う領域では違いますし、仕事の目的によっても変わります。

細かく指示することが「丁寧」で、自由にさせることが「任せる」なのではない。

逆に、Hands-onすることが「任せていない」ということでもありません。

むしろ、新しい範囲を本当に任せようとするからこそ、一緒に走る時間が必要になることもあります。

任せるとは、手を離すことではない。

何を任せるのか。
そして、どこまで関わるのか。


その二つを、相手が自分で走れる範囲に合わせて変えていく。

そう考えると、「任せる」と「丸投げ」の間にあった曖昧な境界が、少し見えやすくなる気がします。

任せる範囲と関わり方

次に読むなら

「任せる」は、全部を手放すことではない。
では、その境界線は、何を見て決めればいいのでしょうか。

次は、「信頼」と「任せる範囲」の関係を考えます。

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