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建築は、人の命を守れるのか。― 3.11から15年

今日、3月11日。
東日本大震災から15年が経つ。

当時、私は仙台にいた。

木造住宅を手作業で造る会社に勤めていた頃だ。

会社は住宅地の中にあり、
震災の後しばらくは周辺地域を回りながら
被害状況を確認していく日々が続いた。

被害の大きい順に対応していく。
それが当時の仕事だった。




揺れ

地震の瞬間、私は建物の中にいた。

緊急地震速報が鳴る。
あの音は今でも恐ろしい。

反射的に机の下に潜り込んだ。
そして次の瞬間、建物が大きく揺れ始めた。

今まで経験したことのない長い揺れだった。
その時、強く記憶に残ったのは音だ。

建物がきしむ音だった。
木構造の建物が、ゆっくりと大きく歪んでいく。

いつ崩れてもおかしくない。
そんな恐怖を感じながら、机の下で揺れが収まるのを待っていた。


松島の住宅

震災後、私たちは周辺地域を回りながら住宅の被害を確認していった。

特に心配だった家がある。
松島に設計した住宅だった。

すでに完成し、家族が住んでいた。

何度も連絡したが、最初はまったくつながらなかった。
何日かしてようやく連絡が取れたとき、本当に安堵したことを覚えている。

その家は木造二階建てだった。

もともと地盤が弱い場所だったため、基礎杭をしっかり施工していた。
周囲の地盤は沈んでいたが、建物には大きな被害はなかった。

建物を強くすることは出来る。
しかし、それだけでは足りない。

建築は、土地の上に成立している。



松島へ向かう道

数ヶ月後、松島へ向かった。

仙台から北上していく。
あの光景は、二度と忘れないと思う。

多くの自衛隊の人たちが復旧作業にあたり、
道路だけは通れるようになっていた。

しかし、道路の両側の家々は破壊されていた。
まるで戦争の跡のようだった。

さらに海に近づくと、家はほとんど残っていなかった。
基礎だけが残り、建物は流されていた。


建築と地盤

そのとき、強く感じたことがある。

建物をどれだけ頑丈に造っても、
地盤が弱ければ意味がない。

建築は単体では存在しない。
土地の上に成り立っている。


自分の生活

幸い、私と家族が住んでいた家は無事だった。

小高い場所に建っていたアパートだった。
しかし隣の家では、地盤の亀裂が家の中央を通っていた。

結局その家は建て直されることになった。
数日間、避難生活を送った。

家に戻った後もしばらくは、電気も水もない生活だった。


虚無感

あの時、強く残った感情がある。

虚無感だった。
家族を失ったわけではない。

自分も動ける。 何かしたい。
しかし、何も出来ない。 自分は弱い。

そんな思いをしばらく抱えていた。


結び


明日、3月11日。

あれから15年が経った。

緊急地震速報の音を聞くと、
今でもあの日を思い出す。

建物のきしむ音。
長く続いた揺れ。

机の下で、ただ揺れが収まるのを待っていた。

あの時の虚無感も、時々よみがえる。

今の自分は、あの頃より強くなっているのだろうか。
それとも、何も変わっていないのだろうか。

建築は、人の命を守れるのだろうか。

15年経った今でも、私はその問いを持ち続けている。




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