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蝉時雨のなかで、AI時代の「選択」を想う(自社AI:情報安全保障の新常識⑯)

夏。それは日本人にとって、過ぎ去りし日々や「逝った人たち」を静かに偲ぶときであり、喧騒の中でふと立ち止まり「今」を見つめるとき。そして、送り火の向こうに、揺らめく「未来」を考えるときでもあります。私たちは古来、効率や合理性だけでは測れない「目に見えないもの」を大切にしてきました。先日、自宅近くの道で見知らぬ高齢の男性が、その歩みを止め、遠くに見える鳥居へ体を向き直し、恭しく帽子を上げて一瞬の間、目を閉じ過ぎ去っていきました。その姿に、私ははっとさせられました。

日々、目先のタスクに追われる中で、私はどれほど、そうしたひとつひとつの意味ある「行い」や「こころ」を失っていたことかと。

自分の今の「行い」が、未来への「選択」そのものである。降りしきる蝉時雨が、まるでそう語りかけてくるようです。奇しくも、「AIの性格がバージョンアップで悪くなった」という声が真剣に議論されるこの国だからこそ、私たちは技術の表面的な機能だけでなく、その背景にある思想や、それがもたらす「目に見えない」影響に対して、もっと深い思慮を巡らせるべきなのかもしれません。

この夏、AIという、私たちの社会を根底から変えうる強大な力との向き合い方について、「行い」や「こころ」の観点から改めて考えてみたいと思います。

「ベンダーからお金で買う」という、賢明な第一歩

現代社会は、常に時間との戦いです。特に、日々の業務に追われ、専門的なIT人材の確保もままならない多くの組織にとって、最新のAI技術を迅速に、かつ安定的に導入するための最も賢明な選択は、信頼できるベンダーが提供する包括的なソリューションを導入することでしょう。

これは、「時間と手間、そして専門知識をお金で買う」という、極めて合理的な経営判断です。自前で試行錯誤する多大な労力と時間を考えれば、洗練されたツールと手厚いサポートに投資し、即座に業務効率化の恩恵を受けることは、競争力を維持し、本来の事業に集中するための「正しい第一歩」に他なりません。

この判断を、性急に「ベンダーロックインだ」と批判するのは、現場の実情を理解しない、あまりに一面的な見方でしょう。むしろ、その利便性を最大限に活用し、速やかにAI活用のステージに上がることこそ、現代のビジネスパーソンに求められるスピード感です。

しかし、物語が「第一歩」で終わらないように、私たちのAI戦略もまた、その先へと続いていかなくてはなりません。この賢明な第一歩の先に、どのような道が拓け、どのような岐路が待ち受けているのか。今回は、その「一歩先」の景色を、皆さまと一緒に考えてみたいと思います。

観点①「短期的な時間」と「未来の選択肢」の交換

「時間をお金で買う」という行為の本質を、少しだけ深く掘り下げてみましょう。私たちがベンダーに費用を支払うことで得ているのは、多くの場合、「導入や運用の手間を省く」という短期的な時間です。これは非常に価値があり、疑いようのないメリットです。

しかし、ここで一つ、静かに自問してみたいのです。その短期的な時間の獲得と引き換えに、私たちは無意識のうちに、もっと大きな何かを差し出してはいないでしょうか。それは、「未来の選択肢」という、目には見えない、しかし極めて重要な資産です。

特定のベンダーが提供するエコシステムに深く根を下ろすことは、その環境に最適化された業務フローやデータ形式、そして組織文化を形成していくことを意味します。それは安定と効率をもたらす一方で、将来、より安価で、より高性能で、あるいは自社の理念により合致した画期的な技術が他の場所から現れたとき、そこへ乗り換えることを著しく困難にします。システムの移行に要する莫大なコストと労力が、事実上の「見えない足枷」となるのです。

5年後、今では想像もつかないようなAI技術が、現在の半額で利用できるようになったとします。そのとき、私たちは身軽にその恩恵を享受できるでしょうか。それとも、「今のシステムから抜け出せない」という理由で、その絶好の機会を指をくわえて見送ることになるのでしょうか。

そう考えると、真に賢い投資とは、目先の効率化のためだけに資金を投じることではないのかもしれません。むしろ、将来にわたって、あらゆる技術革新の恩恵をいつでも受けられる「身軽さ」と「選択の自由」を維持するためにお金を使うこと。それこそが、不確実な時代を生き抜くための、より高度な時間戦略と言えるのではないでしょうか。

観点②「コスト」として消えるお金、「資産」として積もる価値

企業の健全性を測る上で、会計的な視点は欠かせません。ここで、AIへの投資を二つの異なるレンズで見てみましょう。

一つは、多くの組織が採用している「損益計算書(P/L)」のレンズです。このレンズを通すと、ベンダーに支払うAIサービスの利用料は「費用(コスト)」として計上されます。費用は、利益を確保するために、可能な限り抑制すべきものと見なされます。このアプローチは、短期的な収益性を高める上では有効です。しかし、支払ったお金はサービスと引き換えにその場で消えていき、組織の中に何かを積み上げることはありません。

もう一つは、「貸借対照表(B/S)」のレンズです。これは、企業の長期的な財産の状態を示すものです。このレンズでAI戦略を捉え直すと、全く異なる景色が見えてきます。自社でAI基盤を研究・開発するために投じる人件費や設備投資は、短期的にはP/L上の費用を増加させるかもしれません。しかし、その投資活動を通じて得られるものは、単なるコストの発生ではありません。

独自データでファインチューニングされた「他社には真似できないAIモデル」

AIを自らの手で運用し改善していける「組織内に蓄積されたノウハウ」

その技術を担い未来のイノベーションを生み出すことができる「人材」

これらは、会計帳簿には直接記載されないかもしれませんが、企業や組織の競争優位性の源泉となる、極めて重要な「無形資産(アセット)」です。この無形資産は、一度形成されれば、使うほどに価値を増し、新たな価値を生み出す土壌となります。

私たちは、AIへの支出を単に「コストを支払って機能を買う行為」と捉えるのか。それとも「未来の優位性を築くための資産形成、投資」と捉えるのか。この会計的視点の違いが、5年後、10年後の企業や組織の姿を大きく左右することになるでしょう。

観点③「機能の利用者」から「価値の創造者」へ

ベンダーが提供するAIツールは、いわば「高級な既製服」です。最先端の素材とデザインで作られており、多くの人々の体にそれなりにフィットし、素晴らしい見栄えを提供してくれます。しかし、どれほど高価であっても、それは万人のための服であり、自分という個人の体型や思想に完璧に寄り添うものではありません。

ビジネスにおける真の競争優位も、これと似ています。他社と同じツールを同じように使っているだけでは、横並びの効率化はできても、他社を凌駕する圧倒的な差別化は生まれません。真の価値の源泉は、外部から購入できる機能の中にはなく、自社の内部、それも現場の奥深くに眠っています。

トップセールスパーソンが顧客の心を掴む、絶妙な会話の間や言葉選び

熟練の職人が、機械の微かな異音から故障を予知する、長年の勘

長年にわたって蓄積された、顧客からのクレームや感謝の声に潜む、製品改善のヒント

これらは、マニュアル化することが難しい「暗黙知」であり、その組織だけが持つ独自の「宝」です。この宝を、安全なローカル環境でAIと対話させ、学習させること。それこそが、自社のためだけに仕立てられた、完璧な「オーダーメイドのスーツ(=AI)」を創り出す唯一の方法です。

このオーダーメイドのAIは、他社には決して真似のできない独自のサービスや、異次元の業務効率を生み出すでしょう。私たちが目指すべきは、「便利なAI機能の利用者」という受け身の立場に留まることではありません。「AIという新たな粘土を使い、自社にしか創れない独自の価値を形にする創造者」へと、そのパラダイムを転換することなのです。

観点④「オープンソース」という人類の叡智の結晶

ここで、少し大きな話になります。この「自らの手で価値を創造する」という思想を、技術的に、そして哲学的に支える、人類史における極めて重要な発明があります。それが「オープンソース」という考え方です。

AIをベンダーから購入することしか知らない方々にとっては、馴染みのない言葉かもしれません。オープンソースとは、ソフトウェアの設計図である「ソースコード」を、無償で、かつ誰でも自由に利用、改変、再配布できるように公開する、という考え方、またはそのように公開されたソフトウェアそのものを指します。

これは単なる「無料のソフトウェア」ではありません。その根底には、「知識や技術は特定の人々や企業が独占するものではなく、全人類の共有財産として、協力して発展させていくべきだ」という、壮大な哲学が存在します。世界中の無数の善意の技術者たちが、特定の企業の利益のためではなく、「より良いものを作りたい」という純粋な動機で、日々、互いの成果を共有し、改良を重ねています。この営みは、国境や人種、所属組織の壁を越えた、巨大な「知の共同体」です。

このコミュニティは、特定の誰かが支配するものではないため、極めて中立性、公平性、そして透明性が高いという特徴を持ちます。ベンダーの都合で機能が変更されたり、サービスが終了したりするリスクがありません。その設計図は常に公開されているため、セキュリティ上の脆弱性も世界中の目でチェックされ、迅速に修正されます。

歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリは、その著書「サピエンス全史」の中で、私たちホモ・サピエンスが他の種を圧倒した力の源泉は、多数の見知らぬ者同士が協力できる「虚構(共通の物語)を信じる能力」にあると説きました。国家、宗教、そして貨幣。これらはすべて、私たちが共有する「虚構の物語」です。ここ日本でも、そんな「目に見えないもの」に対する深い敬意が存在し「行い」「こころ」として受け継がれています。

私は、このオープンソースという概念こそ、人類が発明した「協力のための物語」の、現時点における最高到達点だと考えています。それは、競争ではなく「共創」を、独占ではなく「共有」を、不透明なブラックボックスではなく「透明な信頼」を価値の中心に据えた、人類の認知革命が生み出した最も美しい成果の一つなのです。

このオープンソースのLLMが、今、誰でも利用できるようになっています。これは、AIという強大な力を、私たち一人ひとりの手にすることができる、歴史的な機会に他なりません。

結論:依存か、自律か。そして、共創へ。

再び私たちの選択の話に戻りましょう。ベンダーの提供する優れたAIサービスは、私たちの多忙な日常を支え、多くの課題を解決してくれる強力な味方です。その価値を否定する必要は全くありません。しかし、その利便性に身を委ねる中で、私たちは自らの「行い」を、すなわち「自ら考え、自ら創り出す力」を、少しずつ手放してはいないでしょうか。

AIの判断プロセスが完全なブラックボックスであることに、一抹の不安を感じないでしょうか。「AIがそう判断しました」という言葉で、私たちは顧客や社会に対する説明責任を果たせるのでしょうか。AIの挙動を自らコントロールできない状態は、果たして健全と言えるのでしょうか。

私たちが立つべき岐路は、単なる「クラウドか、ローカルか」という技術的な二者択一ではありません。それは、「依存か、自律か」という、組織のあり方を問う、より根源的な選択です。

そして、オープンソースという光が照らし出すのは、その二者択一の先にある、第三の道です。それは、「共創」という道です。

一社で全てを抱え込むのではなく、業界内の仲間や、地域の大学、志を同じくするパートナー企業と連携し、オープンな技術基盤の上で、共に学び、共にAIを育てていく。A社が開発した知見を、B社が改良し、その成果をまた業界全体で共有する。

これは、日本ならではのAIエコシステムを築き上げる道でもあります。競争すべき領域では競争し、協力すべき基盤技術では手を取り合う。その賢い棲み分けが、私たち全体の未来を豊かにするはずです。

蝉時雨が鳴り響くこの夏、遠くの鳥居に敬礼した方のように、私たちも一度、立ち止まってみたい。目先の効率や利便性の追求という「行い」の先に、どのような未来が待っているのか。

AIという、まだ人格を持たない、しかし強大な力と、私たちはどう向き合うべきか。その力を、単に購入して消費するのか。それとも、自らの手で育て、対話し、未来を共に創るパートナーとするのか。その選択は、他の誰でもない、今を生きる私たち一人ひとりの手に委ねられているのです。

私は、ただ「物語」を論じるだけではなく、自らの行動も起こしました。

1.「AIの選択」を考えるための勉強会を始めました。

2.「AIの最適解」を探り「モデル」をお客様と共創する会社を始めました。

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① ChatGPTのその先へ!AIを「自分の手元で動かす自由」とは?
② 基礎を学ぶ: AIの「頭脳」、LLMって何?
③ あなたのデータはどこにある?AIの「拠点」戦略
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⑦ デジタル赤字と小作人化する日本
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