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深く考えない人、そうした習慣がない人なら、7+5=12という命題は、矛盾の規則に従って7と5の和の概念から、導きだされた純粋な純粋に分析的な命題だと、考えるかもしれない。しかし… 7と5の和の概念に含まれているものは、この二つの数をたんに一つの数に結び付けただけのもの… 連載 超訳プロレゴメナ 253 読書会171

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第24回目の読書会(つづき)

池田幸男:
 先日先生が送ってきた第二版の序論ですが、純粋な数学や自然科学が、総合的なものって書かれていましたね? 前回のぼくたちのディスカッションですが、先生はこえていたのに、聞かないふりしていたんじゃないかって、そうも、思いましたね。

前島幸太郎:
 ただ先生は、学生の頃にやり残したことを完成したいって、そんな気になっているのかもしれませんね?

牧野照邦:
 先生の『超訳純粋理性批判』も、完成に向かっているって、そんなことも考えさせれました。

曽根康夫:
 そうですね! 残った箇所でも困難な所は、テーゼとアンチテーゼくらいのものではないでしょうか?

山際このみ:
 それはわたしたちが、先生にいろんな要求していけば… 協力っていたほうがいいかな? 必ずいつかは完成する思えて仕方ない!

前島幸太郎:
 それはぼくも確信しています。でも今日は、前回の補足1と関連が大きい、「ア・プリオリな総合的な判断」とりあげるだけにしませんか?

 前島幸太郎が資料表示の画面に示したのは、下記のようになっていた。

 深く考えない人、そうした習慣がない人なら、7+5=12という命題は、矛盾の規則に従って7と5の和の概念から、導きだされた純粋な純粋に分析的な命題だと、考えるかもしれない。しかしここで慌てないで、じっくり考えてみれば、7と5の和の概念に含まれているものは、この二つの数をたんに一つの数に結び付けただけのもので、この両方を包みこんだ一つの数が何なのかを、まったく考慮していない、それがわかってくるのだ。
 ここに登場した12という概念は、7と5を結び付けることを想像するだけじゃ、けっして思い浮かんでくるものじゃない。またここで使った、和という働きを、概念として分析してしても、そこに12をみつけることなんかできはしない。だから何か他の方法で12を自然に導いてくれる方法を考え出さなければならない。
 それが可能な方法として、いま思いつくのは、五本の指を使ったり、ゼグナーがその著『算術』で表わした方法で五つ点を使うことになるだろう。それは5を、五個のものの集まりと考え、その一つひとつの単位を徐々に7の概念に追加していくことになる。
 そこでぼくは、まず7という数字を取り上げ、5という概念を視覚的に表現するために指を使い、先に五個のものの集まりとした単位を、ぼくのイメージの中で7に徐々に加えていく。その結果、12という数が出現する。
 ここでは、7に5を加えることについて、7+5という和の概念を使って考えはしたが、それが和として12に等しくなることは考えていない。つまり、この算術的な命題はいつでも総合的なものなのだ。これについては、さらにもっと大きな数を対象にして考えていけば、このことが、さらに明確になるだろう。なぜなら、概念をどれだけひね繰り返したとしても、直感の助けを借りることなしに、その概念を分析しただけでは、その和を見つけることは、けっしてできないことが、明らかだからだ。

第二版序論 V.から

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