物理はあんまり得意じゃないけど、自然に向かって取り組んだガリレイやニュートンの気持はよくわかる… わたしが自然を観ている眼は、ガリレイやニュートンとは大差ないって思っているけどね! そこには、人間全体の共通した理念が存在しているのかもしれませんね… 連載 超訳プロレゴメナ 298 読書会199
第30回読書会
2019年5月4日(土)に第30回目の読書会が開催された。今回は、Zoomを利用しだしてからは8回目になるのではないだろうか?
今回は17節を対象にすることになるが、自然や自然科学が話題の中心になってからは、4回目となる。
しかし、自然や自然科学を対象にした話題は、39節まで続くから、まだ始まったばかりと言っていい。だから、その前段として、自然そのものというよりもぼくたちが、自然にたいして、どんなぐあいに対処していくかが、問われている、そんな雰囲気さえ感じとれる節だともいえる。もっとも、この雰囲気は、今後しばらく続いていくもなのだが…
曽根康夫:
とうぜんですが、カントが自然や自然科学そのものを語ることはないわけです。それはけしって形而上学のテーマとはならないものですから… しかし、自然をどう見るかは、哲学者にとっても重要な問題なんですよね! だから、何にたいして自然と呼ぶかも、哲学、さらに形而上学にとっても重要だから、17節の最初のほうにこう書いたのではないでしょうか?
ここでのぼくたちの探求は(物自体の性質は触れないで)、可能な経験の対象としての物にだけに関わることになる。その結果として得られた対象の複合体が、ぼくたちが正しく自然と呼ぶものだ。
牧野照邦:
カントの著作を何度も読んでいると、理念が第一にあって、そこから多くの秩序が生まれるって、感じることも多いんですね!
桐川夢見:
自然そのもを解き明かすのは、自然科学者なのかもしれないけれど、自然に対処する姿勢は、だれにだって共通するものが、あるのじゃないかしら?
山際このみ:
わたしは、物理はあんまり得意じゃないけど、自然に向かって取り組んだガリレイやニュートンの気持はよくわかる… っていうよりも、わたしが自然を観ている眼は、ガリレイやニュートンとは大差ないって思っているけどね!
前島幸太郎:
そこには、人間全体の共通した理念が存在しているのかもしれませんね。
池田幸男:
そうした理念を人間が持っているからこそ… 空間や時間も人間が創造することが可能だったと言えるわけでしょうね…
栗林雄太:
だから、「コペルニクス的転回」も理念の行きつく果ての存在だったといえるのでしょうね。
須田隆雄:
カントは『批判』の第二版すべてを書き終えた段階で、自分自身の事業そのものを、「コペルニクス的転回」に喩えたのでないとも思えますよね。
前島幸太郎:
そのとおりだと思います。『純粋理性批判』のすべてを、読み終えたとき、ぼくも理念の行きつく先を、しばらく考えていましたから…
