教育とは、一方向であってはならないのです。師は弟子からも教わらなければならないのです。 こんなことを話したは、みんなに今を悔いなく楽しく生きてもらいたいからです… 再編 不器用な先生 第170回
「みんなも知っていると思いますが、内村鑑三というキリスト教を宣教していた人がいます。
内村鑑三には多くの弟子がいました。でもその弟子たちは師の言葉に納得できないときには反論もしてきました。内村鑑三はそれに快く答え自分の見解を語りました。師と弟子たちの激論は長く続いたそうです。
結局、師と袂を別った弟子も何人か出ました。でも後日その人たちが残した言葉には、内村鑑三への恨みは一言もありませんでした。それは彼らが本当の教育を味わった人たちだからです。
そこには“意志の自由〟が確立していたのだと思います」
自分の気持を鎮めるために一息ついた。
「教育とは、一方向であってはならないのです。師は弟子からも教わらなければならないのです。
こんなことを話したは、みんなに今を悔いなく楽しく生きてもらいたいからです」
教室を出ると目の前に環が立っていた。
「今日のお話って、学会で話したことの一部分でしょ」
笑って言った環は、葵たちと揃ってその場を去った。藏田由美子が振り返り笑顔を見せてくれた。
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手続きを終えて学食に行くと、平田早苗や杉田織江も入れて環が談笑していた。近くに空いた席もないようだから、離れたところに席をとることにした。
席にカバンを置いて食事をとりに行こうとしたら、織江と由美子が傍までやってきた。手には食券を五枚ほど持っている。たぶん交代で食事をとりに行く担当を決めているのにちがいない。
「今日は一人で食事なんですか?」
「君たちの周りに座るところがなさそうだからね。たまには一人もいいんじゃないかな」
「でもなんか、寂しそう。環の傍に椅子持っていてってあげるから傍にいらしゃらない?」
環を見ると目が合った。笑ってるから行ってもいいのだろうか。
けっきょく環たちと食事をすることになったけど、少し息苦しかった。来週からは外で食事をした方が良いだろう。
寂しさや 昼過ぎの鐘は 笑い声
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学食を出てから図書館に向かった。彩が二年生だったころの秋、二人で図書館によく行った。
彩はぼくにいろんなことを聞いてくるようになっていた。それに答えながらも、説明を補える本を教えてあげるのが目的だった。だが、いつからだろうぼくも彩にぼくの悩みを語るようになっていた。あのときから二人は本当に愛し始めていたんだと思う。
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教育学部でも同じ話をした。織江や早苗は環から話を聞いているに違いない。教師になる予定の学生だから関心も深いのだろう。
「でも先生が四月に悩まれたようなことがあったら、わたしたちは耐えていけるのかしら?」
それに似た言葉が何度か聴こえた。
「話せる相手がいれば耐えていけるはずです。二十年以上前の話になりますが、ここで初めて倫理の授業をしました。女子大での初めての授業で失敗しても話す相手はいませんでした。
そのときは、本当に教師なんか辞めようかとさえ思いました」
みんなが驚ている。
「でも辞めなかったんですね?」
杉田織江だった。
「失敗するたびに大声で笑う学生がいたんだ。逆にそれが励みなったのかもしれません」
「それ誰か知ってます」
平田早苗だった。杉田織江も笑っている。
怪訝な顔をしてる学生もいたが、早苗と織江が小声でみんなに教えてていた。
やがて教室中が笑いに包まれてしまった。
