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一つの科学を確立するためは、分析と総合の繰り返しが必要だ… 連載 超訳 プロレゴメナ 94 読書会編 63

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超訳プロレゴメナ読書会 第六回から

 2018年6月2日(土)に第6回目の読書会を開催しました。場所は文京区の公民館です。

 参加者は5人でした。都合があって参加できなかった三人のなかには牧野さんがいました。仕事の都合ですが、とても残念だとのメールが届いていました。第六回では序説の最後が対象となるからでしょう。
 次回の6月18日(月)には参加できるようですから、その時は序説の最後の箇所も少し振り返ってみたいと考えています。

山際このみ:
 かなり『純粋理性批判』に踏み込んだ文章が見えてきたように思います。それも一つの科学を確立するためは、分析と総合の繰り返しが必要だともいっているって観えるんだけど!
 
曽根康夫:
 科学というのは、総合として表現されるものですが、その確立のためには分析の手順を踏まえなければならないってことですね。さっき読みあわせた最後のほうに、それを指摘した箇所がありました。

『批判』が確立したことで、その解析方法にしたがってある計画されたものがここにある。『批判』自体は総合的な方法にしたがって構成される必要があったが、ここでいう計画は、分析的方法にしたがっている。科学がそのすべての関節を手足の構造として理解できるように、『批判』自体が合成方法に従って構成する必要があった。非常に特別な認識能力によって、自然にそのつながりの視覚化が可能になる。

第93回 本編14

 分析に相当するのが、個々の概に演繹を施して、抽象化の過程を経ることなのだと、いえるでしょう。
 
栗原雄太:
 抽象化っていうことは、無駄なものを除去し必要最小限のもので、一つの概念を表現するってことなのでしょうか。
 
曽根康夫:
 一言でいえばそういうことですね。
 
桐川夢見:
 それって簡単ことじゃないでしょう。
 
前島幸太郎:
 そのとおりです。だからカント自身が、完成するまで多くの時間を必要としたのでしょう。

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