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非常に特別な認識能力によって、自然にそのつながりの視覚化が可能になる 連載 超訳 プロレゴメナ 93 本編14

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序説(承前)

 しかし、純粋理性の批判よりも前に先行して行われた単なる計画は、以下のように不適切なものとなっているはずだ。理解できない。信頼できない。役に立たない。だが純粋理性の批判の後に続くのであれば、それは有益なものになるだろう。なぜなら、純粋理性の批判によって、全体を概観し、この科学において重要な主要点を一つひとつ検討できて、本格的な研究の準備よりも、さらに整理できる立場にいるからだ。
『批判』が確立したことで、その解析方法にしたがってある計画されたものがここにある。『批判』自体は総合的な方法にしたがって構成される必要があったが、ここでいう計画は、分析的方法にしたがっている。科学がそのすべての関節を手足の構造として理解できるように、『批判』自体が合成方法に従って構成する必要があった。非常に特別な認識能力によって、自然にそのつながりの視覚化が可能になる。
 ぼくがここに提示したプロレゴメナは、将来に現れるすべての形而上学のために世に投じたものだ。だが、これでもまだ曖昧で難解だと感じる人がいるかもしれない。そんな人にはこう考えればいい。すべての人が形而上学を学ぶ必要はないということを。

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