ぼくたちの認識が普遍的で妥当なものって、納得できるのは理解力を活用した結果といっていいわけですね? それで思うのは… Verständnisfähigkeit、英語では、understandingを、悟性って日本語にしたのも納得できるような気さえしてきました… その意味で、先生の超訳が、理解力(悟性)ってなっているのも哲学を万人のものにするための試みなのかも… 連載 超訳プロレゴメナ 316 読書会編 212
第32回読書会(つづき)
須田隆雄:
ぼくたちの認識が普遍的で妥当なものって、納得できるのは理解力を活用した結果といっていいわけですね? それで思うのは…
Verständnisfähigkeit、英語では、understandingを、悟性って日本語にしたのも納得できるような気さえしてきました。
山際このみ:
考えに考えて、悟ったものが、普遍的で妥当って言えるからだね。だから、西周(にしあまね)の気持も分からないことないけど、でも… 悟性って言葉が、多くに哲学を敬遠させたのも確かなことなんだよね…
栗林雄太:
その意味で、先生の超訳が、理解力(悟性)ってなっているのも哲学を万人のものにするための試みなのかもしれませんね!
牧野照邦:
その通りだと思います。先生は、自分の学位のことよりも、多くに哲学を知ってもらいたいことが、まず先にあるからなんでしょう!
曽根康夫:
ぼくは、超訳からいつかは、悟性が消えるって思ったこともあるんだけど… 先生の気持を考えると、永遠に残るのかもしれませんね。
前島幸太郎:
それでも、今回のような、経験判断が対象となったところだけに止まるんじゃないのかな… 考えに考えて、悟るって行為は、経験を語る時だけに、強調することだと、ぼくには思えるだけど…
山際このみ:
それは、次回の改版で幸太郎が考えれば良いことだよ!
牧野照邦:
いよいよ、先生の下での研究生として前島君の出番になりそうですね! ところで話が変わりますが、桐川さんと、栗林君は、新しい仲間で、プロレゴメナを最初から読み始めたってことを聞きましたけど… それがこの読書会の開催を月に一回に減らしたってことなんでしょうか?
池田幸男:
その通りのようですね… また、学生から社会人になったぼくたちの負担も考慮したしたみたいですね!
牧野照邦:
それは慎重な配慮ですね! ぼくも月に一回くらいの方が負担は減るとは思いますけど… でも、ぼくのなかの、学生は、まだ生きてはいますけどね…
Zoomの中から、ため息のようなものが聴こえていた…
