ひと夏だけの寺子屋
家業をたたみ、これからどうしようかと考えていた頃のことです。
夏休みに入ると、子どもたちは毎朝公民館へ、ラジオ体操に出かけていました。
帰ってくると朝ご飯を食べ、また遊びに出かけていきます。
そんな自分の子どもの様子を見ながら、ふと思いました。
「せっかく毎朝みんな集まるんだから、そのまま三十分だけ勉強して帰ればいい。」
そんな思いつきから、公民館で寺子屋を始めました。
期間は、ひと夏だけ。授業はしません。
子どもたちは夏休みの宿題やドリルを持ってきて、それぞれ長机に向かいます。
三十分しかありません。一人ひとりを見て回る時間もありませんでした。
分からないことがあれば、自分から聞きに来る。
それだけは、最初から決めていました。
聞きに来なければ、時間だけが過ぎてしまいます。
私は前で静かに座っていました。
前回の連載で、「勉強の仕方がわからないんです」という保護者の言葉を書きました。
そのときは、うまく言葉にできませんでした。
でも、あの夏の公民館を思い出すと、あそこに答えの一つがあったような気がします。
数年後、学習塾で講師をしていた長男が帰省し、「今年は自分がやる」と、同じように寺子屋を開きました。
あとで聞くと、私よりずっと評判が良かったそうです。
長男は、教えるのが上手でした。
私も学習塾では同じように教えていました。
ひと夏の寺小屋で、子どもたちに伝わっていたかどうかは、今でも分かりません。
この連載では、実体験や現場での観察をもとに、AIも活用しながら文章化しています。 記事内画像にはAI生成イメージを含みます。
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