飲みもゴルフも苦手なまま、私は事業会社でやってこられた
私は長いあいだ、自分のコミュニケーション能力が高いほうだとは思っていませんでした。
お酒が飲めないので、飲みニケーションは全くダメ。ゴルフに付き合ったり、せっかくの休日をつぶして会社の人と何かをしたりというのも、苦手というより、絶対にやりたくないと思っていました。そういう意味では、自分はコミュ力が低い部類だと感じていたのです。
ところが一方で、妙な自覚もありました。審査を通さないといけない、社員やパートナーに説明して説得しないといけない。そういう、仕事を前に進めるために踏ん張らないといけない場面では、面と向かって相手の温度感をつかみながら話すのは、むしろ得意な部類でした。意識して、自分の型にしていたところがあります。
だから「自分はコミュ力が低い」と一括りにするのも、なんだか違う気がしていました。この宙ぶらりんの感覚の正体が、事業会社に転職して、ようやく分かったのです。
この記事は、これから経営企画や経理に転職しようとしている会計士・USCPA・簿記1級の方に向けて書いています。コミュ力に自信がなくて不安だ、という方にこそ読んでほしい話です。
「コミュ力」という言葉が、二つの会社で別のものを指していた
先に結論を言ってしまいます。監査法人で言う「コミュ力」と、事業会社で言う「コミュ力」は、同じ言葉なのに、中身がまるで別物でした。
私はずっと、両者の違いをうまく言葉にできずにいました。今ならその理由が分かります。「コミュ力」という言葉が一つしかないせいで、同じ土俵の上の話に見えてしまうのです。けれど実際は、野球とサッカーを「どっちもスポーツだよね」と言っているようなもので、競技そのものが違っていました。
地図を先に広げておきます。監査法人のコミュ力は、個人で、直接、一気に詰めていく力。事業会社のコミュ力は、組織を使って、回り道をして、周りを巻き込んでいく力。順番に見ていきます。

監査法人で「コミュ力が高い」とされた、二つの型
監査法人で「あの人はコミュ力が高い」とされていた人を思い出すと、大きく二つの型がありました。
一つは、仕事の中で人を動かす型です。そつなく、短い時間で必要な情報を相手から引き出せる。重要な交渉の場で、相手を説得しつくせる。理詰めで、筋道を立てて会話ができる。こういう人が「コミュ力が高い」と見られていました。
もう一つは、社外での付き合いがうまい型です。飲みの席で場を回せる。ゴルフや会食といった付き合いを、苦にせずこなせる。こうした人も、また別の意味で「コミュ力が高い」とされていました。
そして、この二つとは少し別の軸として、根っこに「腕」がありました。会計基準を異様なほど細かく押さえている。妥協せず、厳しく詰める。とがっている人ほど、すごいとされる世界です。極端に言えば、人付き合いが多少ぶっきらぼうでも、腕さえ立てば一目置かれました。腕が立つこと自体が、ある種の発言力になっていたのです。
なぜ、こういう評価になるのか。監査法人が、専門家の集団であり、職人の世界だからだと思います。評価の中心にあるのは、あくまで腕、つまり専門性です。理詰めで詰める力も、付き合いの良さも、その腕を支えたり、引き立てたりするものとして「コミュ力」と呼ばれていたのだと思います。
ここで、冒頭の宙ぶらりんの正体が少し見えてきます。私は、付き合いの良さで距離を詰める型ではありませんでした。飲みもゴルフも苦手だったからです。かといって、理詰めで相手を説得しつくす、いわゆる切れ者の型かと言うと、それも少し違う。私が持っていたのは、面と向かって相手の温度感をつかみながら、仕事を前に進めるために踏ん張る、という型でした。監査法人で目立つ二つの主流型の、どちらの中心でもなかったのです。でも、だからといってコミュ力がゼロだったわけではありません。私には私の型があった。ただ、それが主流の物差しでは測りにくかった、というだけの話でした。
事業会社のコミュ力は「周りを巻き込む」力だった
では、事業会社に移って「この人は社内のコミュニケーションがうまいな」と感じた人は、どういう人だったか。
社内の力点を、うまく押さえて物事を動かす人でした。キーマンをきっちり押さえて、案件が円滑に流れるようにする。しかも、上司からも気持ちよく承認をもらえるように、段取りを整えて進めていく。腕で正面から押すのではありません。人を立てながら、周りを巻き込んで、大人に運んでいく。少し「人たらし」に近い感覚です。
これも、なぜそうなるかと言えば、組織の成り立ちが違うからだと思います。事業会社では、まるで違う専門や立場の人たちが、一つの組織の中で一緒に動いています。会計の正しさを理詰めで突きつけても、現場や他部署、そして上司の納得がなければ、物事は一歩も進みません。腕だけでは回らないのです。だから、周りを巻き込んで合意を作る力が、そのまま「コミュ力」と呼ばれていました。
ついでに言うと、事業会社のほうが、大人の人格者が多いように感じました。これも、監査法人が未熟だという話ではありません。職人の集団は腕を競う場なので、とがった人が評価される。一方の事業会社は、いろいろな人を巻き込んで動かす場なので、角の取れた振る舞いが評価される。評価される人物像が、組織の性格に沿って違っているだけなのだと思います。
同じ「いい案を通す」でも、動き方が逆だった
この違いが、いちばんはっきり出たのが、「いい案を思いついて、それを通しにいくとき」の動き方でした。
監査法人にいた頃は、こうでした。「この処理は、この基準に当てはめれば、こう解釈できるぞ」という筋の良い案を思いつく。すると私は、主査やパートナーに直接、「これ、いい案でしょう」と説明しにいきました。その場で一気に通してしまおうとするのです。動きは直線的で、速い。それが正解だと信じていました。
事業会社では、同じ場面の動き方がまるで違います。いい案を思いついても、いきなり本部長には持っていきません。まず、直属の上司である部長に話して、同意をもらう。そのうえで、その部長にも同席してもらい、部長にもこちら側に立ってもらった状態で、本部長に説明しにいく。味方を一人ずつ増やしながら、一段ずつ上げていくのです。
書き出してみると、これまでの遠回りに見えた作法が、全部ここでつながります。直接いくか、回り道をするか。個人でいくか、組織でいくか。一気に詰めるか、段取りを踏むか。事業会社のコミュ力は、後者の集まりでした。
評価される人物像も、見事に反転します。会計士は、基本的に「俺が俺が」と前に出ることを良しとされ、推奨されます。一方の事業会社では、「俺が俺が」よりも、周りを巻き込んで進める人のほうが好まれる。グイグイ前に出ていく感じは、明らかに監査法人のほうが強いのです。
だから、監査法人の感覚のまま、グイグイ押すタイプのコミュニケーションを持ち込むと、事業会社では空回りします。ある程度の強引さは、もちろん必要です。けれど、それ以上に、周りを立てて、大人に運ぶほうが効く。私は、ここを切り替えるのに、ずいぶん時間がかかりました。
おわりに
念のため書いておくと、これはどちらが上という話ではありません。組織の成り立ちが違うから、評価される対人スキルの中身が違う。ただ、それだけのことです。
以前、監査法人で鍛えた優秀さは、事業会社でも半分は効く、という話を書きました。コミュ力も同じです。理詰めで筋道を立てる力、面と向かって相手を説得する力。これらは事業会社でもちゃんと資産になります。腕は、そのまま持ち込んでいい。捨てる必要はありません。
積み替えるのは、コミュ力の「型」のほうです。個人で、直接、一気に押す型を、組織を使って、回り道をして、周りを巻き込む型へ。繰り返しますが、これは能力の高い低いではなく、競技のルールが違うだけの話です。
最後に、コミュ力に自信がない方へ、一つ、救いになるかもしれない話をします。私は飲みもゴルフも苦手で、監査法人で目立つ主流の型を持っていませんでした。それでも、事業会社でやってこられました。派手で目立つコミュ力がなくても、自分の型を持って、それを事業会社のルールに合わせて出し方を変えていけば、ちゃんと通用するのです。切れ者タイプでないからといって、悲観する必要はありません。
だから、転職する前に、一度、自分のコミュ力を二つに仕分けておくことをおすすめします。一つは、監査法人ですでに鍛えた力。理詰めで筋道を立てる力や、面と向かって相手を説得する力です。これはそのまま効くので、自信を持って持ち込んでいい。もう一つは、これから事業会社で身につける力。周りを巻き込み、人を立てながら物事を動かす力です。これは、これから積み替えていく部分だと、あらかじめ腹をくくっておく。
この仕分けを先にやっておけば、少なくとも、監査法人の感覚のままグイグイ押して空回りする、という遠回りは避けられます。あなたのコミュ力は、たぶん、あなたが思っているより無駄になりません。出し方を、少し組み替えるだけです。
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この記事は、以下の記事をもとに、note向けに再構成したものです。元記事はこちらです。
