長期経営計画は、こうやって作られた — 会計士が中から見た「決めきれないものを決める」工程
長期経営計画と聞いて、私が最初に思い浮かべていたのは、トップが描いた壮大な未来像を、経営企画部が立派な資料に仕立て直す仕事でした。社長の頭の中に十年先のビジョンがあって、経営企画部はそれをきれいなスライドと数字に翻訳する。要するに清書屋のようなものだろう、と。
実際に中で関わってみると、その思い込みは早々に崩れました。いちばん時間を食っていたのは、壮大な絵を描くことではありません。集めた将来に関する基礎情報はすべてが整合しているわけではなく、上の人たちの言うことも揃わない。そういう「決めきれないもの」を、それでも一本に決めていく。これがこの仕事の本体でした。しかも、誰か一人が孤独に描き上げる仕事ではない。経営企画部で手分けをして、決め打った案を経営層に何度もダメ出ししてもらいながら、少しずつ形にしていく泥臭い仕事でした。
この記事は、その長期経営計画づくりを、着手から発表までの工程として、時系列で書いていきます。経営企画への転職を考えている会計士の方、あるいは経営企画に異動して長期計画にこれから初めて関わる方が、やる前に全体像をつかんでおける、そういう記事にしたつもりです。
長期計画は「描く仕事」ではなく「決めきれないものを決める仕事」だった
結論から書きます。長期経営計画づくりの本体は、未来を描く作業であるものの、将来の情報をいくら集めても見通せないもの、分からないものなど簡単に割り切れないものや、経営層の中でも各々が頭で描いている将来像に差があったりして、取りまとめるのが非常に難儀ですが、それでも一本に決めていく作業でした。
会計や監査を長くやってきた方ほど、計画づくりと聞くと「正しい前提を積み上げれば、正しい数字に収束する」という感覚を持っていると思いますし、私もそうでした。しかし、実際の事業会社の長期計画づくりで起きるのは逆のことです。情報を集めるほど答えは割れていく。経営層の描く未来像も一枚に揃わない。それでも会社は十年先の旗を一本に決めて、全社に掲げなければなりません。いちばんの重さは、その「割れているものを決め打つ」ところにありました。
この記事では、その工程を5つのフェーズに分けて時系列で追います。刷新の空気が社内で醸成されるところから始まり、情報収集、ストーリーづくり、本部との数字の往復、討議と全社合意を経て、発表に至る。地図を先に渡しておくと、読みながら自分が今どのフェーズの話を読んでいるか見失わずに済むと考えました。
もう一つ、この記事には背骨が二本あります。一本は工程そのもの。もう一本は、各フェーズで必ず出てくる「決めきれなさ」を、現場がどう処理したか。後者をきれいごとにせずに書くこととします。
最後にお伝えしたいことがあります。ここから先、本文の主語はおおむね「経営企画部」になります。私一人の手柄話として書けないのです。長期計画は一人で作るものではなく、それぞれ強みの違うメンバーが手分けをして、組織に叩かれながら練り上げるものでした。その構造ごと書くことが、この仕事を正しく伝えることになると思っています。
フェーズ1 — 「刷新が必要だ」という空気が、先に社内で醸成される
長期計画づくりは、経営企画部が「そろそろ長期経営計画を作り直すべき」と旗を立てるところからは始まらなかったのです。始まりは、空気のほうでした。
前に作った長期計画から、それなりの時間が経っている。その間に事業を取り巻く環境も変わっている。そうなると、前の計画が今の現実にだんだん合わなくなってくる。会議の場でも日常の議論でも、「今の長期計画、もう実態とずれてきていないか」という感覚が、あちこちでぽつぽつ口に出るようになる。誰かが号令をかけたわけではない。刷新が必要だ、という空気が、先に社内で醸成されていく。
経営企画部の役割は、その空気を正式な起案に変えることだった。「だいたい1年半後のこの時期に、新しい長期計画を発表することを目標にしたい」と、経営層の集まる会議体に諮る。そこでOKをもらって、ようやくプロジェクトが正式に動き出す。
ここに、外から見えにくい一次情報がある。長期計画は、経営企画部の思いつきや野心から始まるわけではない。空気が先にあって、経営企画部の起案は後だ。経営企画というと自ら戦略を起案する花形のイメージがあるかもしれないが、立ち上がりの実態はむしろ、社内に漂い始めた問題意識を受け止めて、進める形に整える役回りに近い。
そして、この「いつ発表するか」を会議体で握った瞬間に、その後1年半の全工程の締め切りが決まる。発表日から逆算して、討議の場、本部との往復、情報収集の期限が、すべて時間軸の上に並んでいく。出発点は壮大なビジョンではなく、一本の発表期限だった。
フェーズ2 — 情報を集めるほど、答えが割れていく
正式に動き出すと、次にやるのは情報収集だ。ここで会計士的な感覚は一度裏切られる。情報は、集めれば集めるほど一つの答えに収束する、とは限らないからだ。
情報収集には順番の設計がいる。いきなり現場に「十年後どうなっていたい?」と聞いても、出てくるのは今の延長線でしかない。だから経営企画部は、まず大きいところから当てにいく。世界の人口動態、主要国の長期見通しといったマクロの絵。次に業界全体の構造変化のトレンド。そのうえで、現業の実態を各部署からヒアリングする。マクロから現業へと層を下りていく、この順番そのものを設計するのが経営企画部の仕事だった。
ところが、集めても割れる。たとえば数十年先まで、それこそ2050年あたりまでの世界の見通しを複数の調査機関から集めると、機関によって言っていることが違う。人口が大きく増えていく地域があることは、どの資料を見てもはっきりしている。だが、その伸びていく世界に対して自社がどう関わっていくのか、そこから先は情報の側からは出てこないので自力で練り上げる必要がある。
このとき腹に落ちたのが、情報は前提を絞ってくれるが、決めてはくれない、という感覚だった。会計や監査は、突き詰めれば「正しい一つの数字に寄せていく」世界だ。長期計画の情報収集はその逆で、割れたものを割れたまま抱えて、意思決定の場に渡していくしかない。集めれば答えが出る、という期待値で入ると、ここで必ずつまずく。
フェーズ3 — 上層部の頭の中も、割れている
情報が割れているなら、せめて経営トップの描く未来像に合わせればいい。そう考えて経営層の頭の中をのぞきにいくと、そこも割れていた。
経営層が、十年先の会社についてどんな像を持っているのか。それをつかもうとして話を聞きにいくと、人によって言っていることが違う。どちらの方向に重心を置きたいのか、現場で計画を組み立てる側からすると、どっちに向かって進めばいいのかが見えてこない。
長期計画では、数字を積み上げる前に「会社がどんな物語で十年先へ向かうのか」という全社のストーリーを先に置く必要がある。だが、その物語の発注元であるはずの経営層の像が、一枚に揃っていない。揃うのを待っていたら、いつまでも一行目が書けない。
ここで経営企画部が取った進め方は、揃うのを待たない、だった。経営層それぞれの言葉の断片を頭に入れたうえで、「たぶんこういう方向だろう」と一度勝手に決め打って、たたき台を作る。完璧な合意ができるのを待つのではなく、割れたままの状態で、仮の一本を先に出してしまう。
会計や監査の感覚だと、上が方針を固めてから下が作る、という順番を想像しがちだ。実際は逆だった。下にいる経営企画部が先に決め打って一本にし、それを上に見せて直してもらう。きれいなビジョンを上から授かって清書するのではなく、割れているものに対して現場が仮の答えをぶつけにいく。それこそ仮ではなく自分たちとしてはこれが答えだと信じて。長期計画づくりがいちばん「清書屋」のイメージから遠いのは、このフェーズだ。
フェーズ4 — ガイドラインを先に置き、本部の数字を引き上げる
決め打ったたたき台ができると、ようやく数字の話に入る。ただし順番が、会計の感覚とは逆だった。
経営企画部は、各本部から数字を集めてきて合算する集計役ではない。先に「全社としてここに着地させる」というガイドラインを置く。なぜ先に置くかというと、本部から上がってくる数字は、構造的に手堅くなるからだ。各本部からすれば、達成できる水準で出しておくほうが安全だ。だから放っておくと、全社の積み上げは届く範囲の数字にまとまってしまう。それをチャレンジングな水準まで引き上げるのが経営企画部の役回りだった。
引き上げといっても、頭ごなしに「数字を上げろ」と言って動くものではない。「経営企画部としてはこの水準に達することができると思う。なぜならXX」を、本部と徹底的に討議しに通うことになる。一本目の記事で書いた、相手のところへ何度も足を運んで腹落ちさせていく動き方が、ここでも効いてくる。
そして、ここが会計士として転職してきた人間の価値がいちばんはっきり出るところだ。数値を担う役回りは、ただ各本部の数字を足し合わせる電卓ではない。積み上げの中身を、いくつもの角度から検証していく。本当にこの数字になるのか。数字同士はちゃんとリンクしているのか。過去からの推移で見て、ありえない跳ね方もしくは低く見積もり過ぎてはいないか。同業他社の水準と比べて、楽観的/悲観的すぎないか。
具体的にはこういう差し戻しをしていた。販売の計画は伸びている。ところが、その伸びを支えるはずの生産計画や購入計画が、販売の伸びに整合していない。物価の上昇を織り込んでいないので、コスト側が楽観的になっているかもしれない。数字としてつじつまが合っていないこのあたり、戦略の前提のほうも本当に大丈夫かと、戻す。
戦略そのものは、それぞれの分野にバックグラウンドを持つメンバーが描く。会計士が回るのはその数値検証の側だ。だが「ただ集約するだけ」と「整合と妥当性まで詰める」とでは、出てくる計画の質がまったく違う。電卓に留まるか、付加価値を出せるかの分かれ目が、ここにある。
なお、このガイドライン自体も一発では決まらない。決め打って、会議体でダメ出しをもらって、修正して、また出す。決めきれないものを決め打ち、組織に叩かせて、また決め直す。その繰り返しが、このフェーズの実態だった。
フェーズ5 — 役員での集中討議、全社合意、そして発表
ここまで来ても、まだ計画は完成しない。たたき台を、経営層に正面からダメ出ししてもらう場が要る。
経営企画部は、複数の案やたたき台を用意し、役員が集中して議論できる場、たとえば役員メンバー全員揃っての1日中討議できる合宿のような形式、を設計する。資料を整え、論点を立て、討議を回す。出てきた意見を拾い、案に盛り込み直し、もう一度討議にかける。この往復を経て、ようやく全社の合意になる。
このとき、経営層の討議だけで固めるわけではない。各部署のエース級を集めたグループ討議を並走させ、現場側の感覚と経営層側の意思の、両側から計画を煮詰めていく。一人の経営企画担当者の発想で押し切るのではなく、組織の複数のレイヤーを意図的に噛ませて、計画の解像度を上げていく。手分けをして組織に叩かせるという、この記事の最初に書いた構造が、最後のフェーズでいちばんはっきり形になる。
そうして発表される長期計画の資料は、整っていて、立派に見える。だが中で作った側の実感としては、あの資料は工程のいちばん上に乗った薄い皮にすぎない。本体はその下にある。1年半かけて、決めきれないものを決め打っては組織にダメ出しをもらい、また決め直し続けた、その往復のほうが本体だった。
だから「自分の会社の長期計画づくり」を、入る前に確かめる
ここまで読んで、これを全部やらされるのか、と身構えた会計士の方へ。やる前に調べられることが、3つある。
1つめ。タイミングは運による。ただし「現社長の在任年数」で刷新時期はある程度読める。
長期計画の策定サイクルと、自分が転職するタイミングが噛み合うかどうかは、正直なところ運の要素が大きい。仮にサイクルが合っても、その会社が前と同じように見直しをかけるとも限らない。そこは選べない。
ただ、読み解く手がかりはある。社長交代は、会社によってはそれぞれだとは思うが、年明けあたりに発表され、6月の株主総会で正式に決まり、その期の終わりごろに新体制の方針として打ち出される、という流れになることが多い。新しい社長体制になると、長期計画も刷新されやすい。だから転職を検討している段階で、現社長が在任何年目かを調べておくと、刷新の波が近いかどうかをある程度読める。「やる前に調べる」が、ここでそのまま効く。
サイクルが合わず、長期計画づくりそのものには入れなかったとしても、会計士には別の出番がある。財務三表を転がして、この前提ならこのくらいの利益水準になる、という計算ができる。将来数値の妥当性を検証する側で力を出せる。ただし、会社の将来の数字を決めることに一枚噛むということは、やりがいと同時に、それなりに重い責任を背負うということでもある。そこは両面で見ておいたほうがいい。
2つめ。進め方は、面接で直球で聞いてしまってよい。
聞き方はシンプルでいい。「御社の長期経営計画に携わりたいと考えています。トップダウンで策定されますか。それとも経営企画部で案を練り、それに基づいて討議を重ねていく進め方ですか」。隠すような話ではないので、ここは遠回しにせず直接聞くほうがいい。
経営企画部が案を練って討議を重ねていく、という答えなら、この記事で書いてきた工程がそのまま回っている会社だ。会計士の力が効く余地が大きい。トップダウンで降りてきたものを形にする、という答えなら、清書に近い役回りになりやすく、代えのきかない働き方はしにくい。
3つめ。「電卓で終わらずに関われるか」を、会計分野のメンバー数と、自分の在籍年数で読む。
長期計画には2つの層がある。会社・事業本部・研究・工場と、それぞれの戦略を描く層。そして、その戦略を数字に落として検証する層。会計士が回るのは後者だ。問題は、その後者が「ただ集約するだけ」になってしまうか、整合と妥当性まで詰める仕事になるかで、価値がまったく変わることだ。
ここは経営企画部にいる会計分野のメンバー数と、自分が会社に入ってからの年数の掛け合わせで読むといい。掛け合わせのパターンは、おおむね次のように整理できる。
・会計分野のメンバーが多い場合:手分けでき、総意で作れる。安心感があり、作業量も抑えられる。
・会計分野のメンバーが少ない場合:数人で回す。作業量も責任も重いが、その分の経験値は稼げる。
・転職直後 × 少人数の場合:会社のことがわからず勘所もないまま、集計屋になってしまうリスクが最大。
・転職して1〜2年後に関与する場合:会社が見えてから入れる。得られるものがはるかに大きい。
率直に言うと、転職してすぐ長期計画づくりに放り込まれそうなら、会計分野の人がある程度の人数いる会社のほうがいい。右も左もわからないうちに少人数で回すと、勘所がないまま集計屋で終わってしまいかねない。できれば、転職して1〜2年たって会社の中身が見えてきてから関わるほうが、同じ工程でも得られるものははるかに多い。これは、やる前に知っておいて損のないことだと思う。
長期経営計画は、未来を描くロマンの仕事だと思って中に入った。実際にやっていたのは、決めきれないものを決め打って、組織に何度も叩かせて、また決め直すことの繰り返しだった。だからこそ、一人の武勇伝としては書けない。強みの違うメンバーが手分けをして、組織にダメ出しをもらいながら練り上げる仕事だ。そのなかで会計士が効くのは、正解のない世界で割れた数字を一本に決め打つところと、その数字を最後までつじつまの合うものに詰めるところ。この両方が要る工程は、そう多くない。やりがいの大きい仕事だと、今は思っている。
会計士が経営企画で最初にぶつかる「言語の壁」については、こちらの記事に書いた。経営企画の5つの顔をまとめた記事と合わせて読んでもらえると、この職種の輪郭がもう少しはっきりすると思う。
