ほぼ全ての普通列車が他社車両で運転されるJR線をご存じですか?

JRグループの旅客鉄道会社における普通列車は、基本的に「急行券」(※1)なしで乗車できる列車を指します。そのため、JRでは快速列車も普通列車の一種ということになります。普通列車には指定席車両(エリア)を設けていたり、特別車両(グリーン車)を用意したりしているものもありますが、いずれにしても急行券が不要なら“普通列車”です。
さて、旧国鉄時代から大半の普通列車が他社車両で運転されている路線があることをご存じでしょうか。そしてその路線は、JRグループで唯一、両手操作式のワンハンドルマスコンを備える電車が走ることでも知られています。一体どこの路線なのでしょうか…?
(※1)JRグループの旅客営業規則では「特別急行券(特急券)」も急行券の一種となる。なお、その名の通り急行券は普通列車と比べた時の時短券という立て付けなのだが、最近は「急行(特急)列車並みに高速な快速列車」とか、逆に「下手な普通列車よりも遅い急行(特急)列車」なんていうものもあり、その定義が揺らいでいる気がしなくもない。
その路線は「伊東線」

そんな摩訶不思議な路線は、東日本旅客鉄道(JR東日本)が運行する伊東線です。静岡県熱海市の「熱海駅」を起点に、同県伊東市の「伊東駅」までを結ぶ約16.9kmの路線で、JR東日本が保有する鉄道路線では、赤羽線、五日市線に次いで“短い”です。
熱海駅の隣にある「来宮駅」までは、東海道線と並走します。来宮駅には東海道線のホームはないですが、運転上の通過(または出発)時刻が設定されています。また、東海旅客鉄道(JR東海)との施設/保安上の境界点でもあります(営業/運転上は熱海駅を境界としている)。
伊東線は熱海~来宮間が複線、来宮~伊東間が単線なのですが、単線区間の途中駅は全て交換(列車の行き違い)が可能です。伊東駅では、伊豆急行(伊豆急)が運行する伊豆急行線と直結しています(ここ、覚えておいてください)。
熱海駅の伊東線専用ホームに行ってみる

伊東線の起点となる熱海駅は、東海道線に所属する駅です。先述の通り、営業と運行上はJR東日本とJR東海の境界駅となっていて、当駅をまたいで運転される東海道線の旅客列車はここで乗務員の交代を行います。
ただし、施設/保安上の境界は来宮駅の下り出発/上り場内信号機(=「丹那トンネル」の東側坑口)となるため、熱海~来宮間はJR東海の乗務員もJR東日本の指令の指示に従います。

JRグループでは通常、旅客鉄道会社の営業上の境界駅はいずれか1社が管轄します。しかし、東海道新幹線と「山陽新幹線」が絡む場合は一部に例外があり、東京~熱海間/米原~新大阪間/小倉~博多間では在来線と新幹線で別の旅客鉄道会社が駅を運営しています。
このような場合、2社がそれぞれ改札口(出入口)を設けることが多いのですが、地理的都合で熱海駅の場合は在来線(JR東日本)の改札を経由しないと新幹線(JR東海)の改札口にたどり着けません。JR東海でしか売っていないきっぷ(※2)を購入したい場合は、在来線(JR東日本)の改札口の係員に相談してください。
(※2)JR東海の株主優待を適用した乗車券、JR東海オリジナルかつ熱海駅から利用できる企画乗車券など。

…と、伊東線の話に戻りましょう。在来線(JR東日本)の熱海駅のホーム割りは以下の通りです(一部進路は端折っています)。
1番線 : 伊東線下り(熱海駅折り返し)
2番線 : 東海道線下り / 伊東線下り(東海道線からの直通)
3番線 : 東海道線下り(基本的に沼津方面からの折り返し) / 東海道線上り(一部の東京方面からの折り返し)
4番線 : 東海道線上り(主に伊東線からの直通) / 下り(一部の沼津方面からの折り返し)
5番線 : 東海道線上り(沼津方面からの直通と当駅始発の大半)
伊東線の下り方面は1~3番線から発車できますが、熱海駅で折り返す普通列車は1番線、東海道線から直通してくる列車は2番線を使うのが原則です。伊東線の上り方面は1~4番線に到着できますが、1番線に到着すると伊東線の下り方面にしか折り返せません(2~4番線なら東海道線下り方面にも折り返せる)。
今でこそ“伊東線専用”という雰囲気で、車止めもある1番線ですが、昔は東海道線の下り線からも進入可能で、かつ東海道線の下り方面に出発することも可能でした。しかし、設備のスリム化により、現在のように伊東線の折り返ししかできなくなりました。

伊東線ですが、上の写真にもある通り定期運転される熱海駅からの下り列車は普通が1時間に1~3本、特急が10時台から14時台に1時間に1本と、思ったよりも少なめです。昔はもう少し本数が多かったのですが…。
ただし、伊東線は土休日や多客時に運転される臨時列車が多いことが特徴です。熱海駅の施設が一部スリム化された一方で、単線区間の全駅の行き違い設備が維持されているのは、このような事情があるからと思われます。もっとも、臨時列車は特急か団体臨時が多く、普通は少なめなのですが(
伊東線完結の普通列車は「古めかしいステンレス」か「豪華すぎるやつ」

熱海駅の1番線で電車を待っていると、伊東方面から伊東線の普通列車がやってきます。しかし、待てど暮らせどJR東日本の電車は来ません。伊東駅で直結している伊豆急行線から直通してきた、伊豆急所属の電車ばかりです。
複数の世界初を打ち立てた「8000系」

伊豆急8000系電車は、伊豆急の親会社である東京急行電鉄(※3)から2004年から2008年にかけて譲受した車両です。譲受当初は「2両編成」「4両編成」という組成だったのですが、現在は全て「3両編成」となっており、伊東線に直通する場合は全て6両編成(3両編成×2)で運転されます(伊豆急行線の「伊豆高原駅」で増解結を実施することが多い)。
(※3)現在の「東急」。なお、厳密にいうと伊豆急行は東急の孫会社である(中間持株会社である「伊豆急ホールディングス」を介して株式を全数保有)。

東急8000系といえば世界初の「ワンハンドルマスコン車」「電気指令ブレーキ車」「界磁チョッパ制御車」です。JRグループでワンハンドルマスコンといえば左手操作が主流ですが、国内初採用の東京急行電鉄(当時)は両手操作を取り入れました。
伊豆急はこの車両の保安装置を自社およびJR線対応のものに換装したり(※5)、トイレを設置したり、一部の座席を取り換えたりと大がかりな改造を施し、伊東線に乗り入れています…が、運転台の改造は必要最小限で、ワンハンドルマスコンも両手操作式のままです。図らずも、JRグループを走る唯一の両手操作式ワンハンドルマスコン車両となっています。
(※5)8000系の保安装置のうち、ATS-PはJR東日本から購入した200系電車(旧113系/115系電車)に搭載されていたものを流用している。そのせいか、JR東日本の車両ではほぼ使われなくなった大型の「列車番号設定器」がいまだに現役。

豪華すぎる普通列車として知られる「2100系(リゾート21)」


伊東線の普通列車の大半は伊豆急8000系の6両編成で運行されていますが、たまに「7両編成」が混じっています。これは伊豆急2100系電車(通称「リゾート21」)で運行されています。
2100系は伊豆急が沿線活性化のために投入した自社設計車両で、1985年から1993年にかけて製造されました。始めから普通列車として運用する前提で作られたにも関わらず、下手な特急用車両よりも豪華な設備で「豪華すぎる普通列車」として知られています。2100系は全5編成が作られましたが、投入時期によって特徴があります。
1次~2次車(R-1・R-2編成 : 全車両廃車済み)
伊豆急で以前走っていた100系電車(これも自社設計)の足回りを流用して作られました。それだけに老朽化も早く、R-1編成は2006年、R-2編成は2009年に廃車されました。なお、R-2編成は伊豆急への納品の前に親会社の東京急行電鉄(当時)に引き渡され、東急ATSを臨時設置した上で「田園都市線(※6)20周年記念」として東急各線(一部を除く)を走ったことがあります。3次車(R-3編成)
足回りを含めて完全新製されましたが、初期編成と大きな仕様差はありません。現在は上の写真にある「キンメ電車」として走っています。4次車(R-4編成)
R-4編成では、複数の仕様変更が行われ、「リゾート21EX」として区別されています。仕様変更点は多岐に渡っていますが、私個人としての注目ポイントは「最高運転速度の向上(100km/h→110km/h)」「ATS-Pのプリセット」「パンタグラフの削減(5基→3基)と形状変更(ひし形→下枠交差形)」「グリーン車(ロイヤルボックス)の増結」でしょうか。これらの変更により、かつては土休日に「リゾート踊り子」として特急運用に入っていました。現在はロイヤルボックスを抜いた7両編成で2代目の「黒船電車」として走っています。5次車(R-5編成)
R-5編成はR-4編成からさらなる仕様変更が行われ、「アルファ・リゾート21」として区別されています。主な変更点は「車体形状の大幅変更」「マスコンの形状変更」です。R-5編成もリゾート踊り子の運用に入ることが多かったのですが、現在は親会社の東急が主催する旅行商品「THE ROYAL EXPRESS」の専用車両として運用されている影響で、自社線を走る機会がかなり減っていますw
(※6)当時の田園都市線は二子玉川園(現在の二子玉川)~中央林間間で、渋谷~二子玉川間は「新玉川線」という別路線だった(新玉川線は2000年に田園都市線に編入された)。
JR東日本からやってきた、最も近代的な「3000系」

親会社から8000系を買った伊豆急ですが、一番古い車両は1970年代の製造です。界磁チョッパ制御車両に必要な部品の確保も、難しくなりつつあります。そこで伊豆急は直通パートナーであるJR東日本の209系電車に目を付け、2021年に2100番台の4両2編成を譲受し、2022年から伊豆急3000系電車として運用を開始しました(これにより、8000系の一部が運用を離脱しました)。
8000系電車とは異なり、自社線やJR線を走るための装備は既にあるため、3000系の改造は小規模で、アロハ柄のラッピング以外は元の209系の雰囲気“そのまんま”です。
3000系の元になった209系は「京浜東北・根岸線」用の0番台がルーツです。同線にE233系1000番台が投入されて余剰になった際、当初から行う予定だった「機器更新(≒VVVFインバーターの換装)」に加えて「一部車両へのクロスシート搭載」「トイレの追加」「編成の短縮(10両→4両 or 6両)と自動解結装置の追加」を実施し、2000番台/2100番台に改番した上で幕張車両センターに転属しました(※6)。
209系2000番台/2100番台はJR東日本の千葉支社管内で普通列車として使われてきました。しかし、千葉支社の閑散区間においてワンマン運転を始めることに伴い、一部車両を新型かつワンマン運転対応のE131系電車に置き換えたため、余剰が発生しました。その余剰分の一部が、現在の3000系なのです。
3000系は現状4両編成2本しかないこともあり、伊東線内では一番出会うのが難しい車両です。
(※6)209系0番台に各種改造を施す際、空気式ドアエンジンを搭載する車両は「2000番台」、電気式ドアエンジンを搭載するものは「2100番台」として区分された。
伊東線の普通列車は、なぜほぼ全て伊豆急車両なのか?

現在、伊東線を運行する普通列車のうち、JR東日本の車両(E231系/E233系)を使って運行するものは1日4往復だけで、残りは全て線内折り返し(=熱海~伊東間のみの運行)を含めて伊豆急の車両です。もっというと、JR東日本の車両を使う普通列車は全て東海道線から(へ)の直通のみで普通列車グリーン車を連結しています。
なぜ、伊東線の普通列車は4往復を除いて全て伊豆急の車両なのでしょうか。その背景には特急列車が絡んできます。

伊東線の特急列車は現在、臨時便のごく一部を除き全て伊豆急行線に直通します。以前は土休日に伊豆急車両を用いる特急列車(リゾート踊り子)もありましたが、現在の「踊り子」用のE257系、「サフィール踊り子」用のE261系は共にJR東日本首都圏本部大宮総合車両センター所属です。

以前のnoteでも触れましたが、他の鉄道事業者と直通運転を行う場合、現在は「車両を乗り入れ先に貸し出す」というスタイルを取ります。このスキームでは、乗り入れ先の鉄道事業者が距離に比例して「車両使用料」を支払います。この支払いを極力なくすため、互いの事業者が互いの車両を乗り入れさせる「相互乗り入れ」も珍しくありません。
伊東線と伊豆急行線“だけ”で考えた場合、両線が“完全に”相互直通運転する前提だと普通列車用の車両の比率は「JR東日本 : 伊豆急≒1:3」となり、4本に1本はJR東日本の車両にする必要があります。しかし、特急列車は東海道線の距離も考慮に入れると用意すべき車両の比率は「JR東日本 : 伊豆急≒3:1」と逆転します。
臨時列車もあること、そして普通列車と特急列車の車両の違いも絡めて精算が極力なくなるように考えた結果、「普通列車は全て伊豆急車両で、特急列車は全てJR東日本車両」となったのだと思われます。
なお、もっと昔にさかのぼると、伊東線と伊豆急行線の普通列車に東海旅客鉄道(JR東海)が所有する113系が混じっていた時期もありました。これ、どうやって精算していたんですかね…?
まとめ : 全国のJR線で唯一の両手操作ワンハンドルマスコンを見られるのは今のうち?

ということで、JR線なのにほぼ全ての普通列車が他社車両で運行される、不思議な伊東線の紹介でした。
現在の伊豆急行線の主力は8000系なのですが、古い車両は1970年代の新造で、かつ現在では部品調達が難しくなりつつある界磁チョッパ制御ということもあり、リプレイスをかなり真剣に考えなければいけません。伊豆急の自社発注車である2100系も、完全新造初号機のR-3編成(キンメ電車)は四捨五入すると40歳なので、やはりリプレイスの検討対象です。
JR東日本から209系2100番台を譲受したのは、極端に古い8000系の一部を置き換えるためでしたが、伊豆急としては8000系、そして2100系のさらなる置き換えも進めたいはずです。今後の置き換え計画はJR東日本で209系2000番台/2100番台をどうするか次第な面もありますが、そう遠くないうちに伊豆急の車両も置き換えが進むと思われます。
JRグループで唯一の、両手操作のワンハンドルマスコンの電車(自社車両とは言っていない)を見たい人は、なるべく早めに伊東線への乗車を検討してみてください。
