PLAYLIST STORIES SONG 02. 「明日のことは決して誰もわからない」Mr.Children『Tomorrow never knows』よりSCENE.01歌舞伎町(前編)
※この作品は楽曲の歌詞を小説化したものではありません。作者が楽曲から受け取った風景や感情をもとに構成しています。
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一九九六年、十一月。
午前一時を過ぎた歌舞伎町は、まだ眠る気配がなかった。
雨上がりの舗道に赤や青のネオンが滲む。
ゲームセンターから漏れる電子音。
客引きの声。
タクシーのクラクション。
酔った若者たちの笑い声。
街は朝まで終わらないことを知っているように、光り続けていた。
ヨシノ・ミカは、ガードレールに腰を下ろしていた。
制服姿、ルーズソックスを膝下でたるませている。
両耳にはイヤホン。
膝の上にはCDウォークマン。
右手には、火のついたパーラメントのメンソール。
煙は夜風にほどけ、ネオンの光へ溶けていく。
音楽だけが、この街の音を遠ざけていた。
「おい」
声は届かなかった。
ミカは動かなかった。
「……おい」
制服警官が二人、目の前で立ち止まった。
年配の警官は顔をしかめ、もう一歩近づいた。
肩に手を置かれた瞬間、ミカはようやく顔を上げた。
イヤホンを片方だけ外す。
「……え?」
「煙草、消せ」
ミカは煙草をもう一度口元へ運ぼうとした。
警官は指の間から煙草を取り上げた。
そして革靴で火を踏み消した。
白い煙だけが、しばらく夜に残った。
「名前は」
返事はない。
「学校は」
返事はない。
イヤホンから漏れる音だけが、小さく夜へ流れていた。
年配の警官は小さく息をつく。
「バッグ、見せてくれるか」
ミカは膝の上のウォークマンをバッグへしまい、ファスナーを閉めた。
それからバッグを胸に抱え込む。
その仕草だけで十分だった。
警官は隣の若い警官と目を合わせる。
「交番まで来てもらう」
ミカはゆっくり立ち上がった。
逃げようとはしなかった。
イヤホンを耳から外し、ウォークマンの停止ボタンを押す。
突然、街の音が戻ってきた。
クラクション。
笑い声。
呼び込みの声。
誰かの怒鳴り声。
さっきまで遠くにあった夜が、一度に押し寄せてくる。
「離して」
その夜、ミカが初めて警官に返した言葉だった。
声は小さかった。
「悪いな」
年配の警官は静かに言った。
「このまま帰すわけにはいかない」
ミカは何も言わず、歩き出した。
交番へ向かう途中、一度だけ振り返る。
ネオンは変わらず光り続けていた。
誰も、自分のことなど見ていない。
この街では、ひとり増えても、ひとり消えても、夜は何も変わらない。
ミカは前を向いた。
交番の白い明かりが、夜の終わりを待つように静かに灯っていた。
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