整える力は実はそこそこあった。 私サイズの暮らしができるようになるまで。
2025年7月、夫と別居した。
新しい家のドアを開けたとき、最初に感じたのは安堵だった。派手な解放感ではなく、長い息をゆっくり吐き出すような、静かな安堵。やっと、ここまで来た。
娘と二人の暮らしが始まった。
引っ越しのバタバタが落ち着いて、半年ほど経った頃だったと思う。洗面台を拭きながら、ふと気がついた。
あまり汚れていない。
手が止まった。22年間、洗面台はいつも汚れていた。拭いても拭いても、気づけばまた汚れていた。片付けも掃除も得意ではない私が、続けられないのが悪いのだと思っていた。整える力が足りない自分に問題があるのだと、ずっとそう信じていた。
でも、違った。
娘と二人になっただけで、洗面台はきれいなままだった。トイレも、想像より手がかからなかった。冷蔵庫は3分の1のサイズに変えたのに、食材の把握が格段に楽になった。ゴミは、3人から2人に減ったとは思えないほど、驚くほど少なくなった。
ゴミが減った話はこちらにも記載しています。
少しずつ、気がついていった。
物が壊れない。
これは、思った以上に大きな発見だった。
たとえば、ガラスのピッチャーやティーポット。気に入って使っていたものが、いつのまにか欠けている。注ぎ口が、ある日見ると欠けている。元夫に聞いても、「知らん」という。
割れた瞬間を見ていなければ、それ以上は聞けない。仕方なく、また同じようなものを買う。それが何度あったか、もう数えていない。
娘と二人になってからは、3コインズで買った安いガラスのピッチャーでも、無傷のまま冷蔵庫に立っている。高級なものを使っていたわけではない。安いものでも、雑に扱う人がいなければ、欠けない。それだけのことだった。
洗い物も、たまらなくなった。
以前は、シンクに洗い物が積まれている状態が「普通」だった。いつ洗っても、いつのまにか増えている。
元夫は麺類が好きでよく麺を茹でるが、湯切りのザルはいつもシンクの中だった。地味に場所をとるザル。他に洗い物があってもその上にドンと置かれる使った後のザル。いつもシンクはいっぱいだった。
私が片付けるのが遅いからだと思っていた。今はザルは使った後すぐに定位置にしまわれる。
冷蔵庫を開けても、賞味期限切れの謎の総菜が出てこない。以前は、いつからあるのか分からない何かが、奥の方に必ず潜んでいた。それを見つけて捨てるのも、私の仕事だった。今は、入れたものが入れた分だけある。それだけで、冷蔵庫を開けるのが少し楽しくなった。
冷蔵庫がスッキリしたことに気が付いた時の記事はこちら
調味料の減り方も変わった。
料理は元夫もする方だったが、使い方は雑で、量も多かった。汚れたガスレンジを掃除するのも、いつも私だった。3人から2人に減っただけなのに、調味料の減るペースは尋常じゃないくらい遅くなった。料理の負担と、後始末の負担。両方が同時に軽くなったのだから、楽に感じるのも当然だった。
物が壊れない。
洗い物がたまらない。
冷蔵庫に謎の総菜がない。
調味料が減らない。
どれも、地味すぎて誰かに話すほどのことではない。けれど、22年間、私はこれらすべてを「自分の管理が悪いから」だと思っていた。片付けが下手で、整理整頓が苦手で、家事が回らない人間なのだと。
でも、違った。
整えられなかったのは、私の力が足りなかったからではなかった。ただ、私サイズではない暮らしの中にいたのだ。
後始末をしない人の後始末をすることまでは、私は担えなかった。それだけのことだったのかもしれない。
私が下手だったのではなく、私サイズではない暮らしを続けてしまっただけのことだった。
それに気づくのに、22年もかかってしまったけど、これからだって自分の心地よい暮らしは作れるのです。
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