【2冊で1000ページ超】 「西部戦線全史」「独ソ戦史」(ともに山崎雅弘著)を読了 〜第二次世界大戦からの温故知新~
この季節、「あの戦争」を振り返るニュース、記事が増えます。
そう、「8月ジャーナリズム」とも揶揄されます。
それを脇に置いたとしても、原爆投下や終戦(敗戦)にまつわる記憶が、人それぞれの心のうちの家族史、個人史としてよみがえる季節ではないでしょうか。
そんな季節とも関係しますが、なかなかに分厚い文庫本、「新版 西部戦線全史」「新版 独ソ戦史」(ともに著者は山崎雅弘さん、朝日文庫)を、読みましたのでメモしておきたい。
「西部戦線全史」は2008年に学習研究社からの初出。その文庫版として2018年に朝日新聞出版から出た638ページ。「独ソ戦史」は2007年に同じく学習研究社から出て、2016年に文庫版として出た383ページ。
あわせて1000ページこえてます。
どおりで読了まですごく時間がかかったわけだ。。
副題まで紹介すると、
「新装 西部戦線全史 死闘!ヒトラー vs. 英米仏 1919~1945」
「新装 独ソ戦史 ヒトラー vs. スターリン、死闘1416日の全貌」
です。
このエントリ、読み返すと非常にだらだらくどくどしており、人様に読んでもらうに値しませんね。申し訳ありません。
まず例によって表紙や裏表紙、オビや見返しをチェックし、どんな本か紹介していきます。
「西部戦線全史」の紹介
表紙はモノクロームな写真2枚の組み合わせ。
ヒトラーと、装甲車の回転砲塔から上半身を出して笑顔で手をふる米兵らしき写真が左右並んで配置されています。
2枚の写真の背景はともにパリ。ヒトラーの背後にはエッフェル塔の基部。装甲車の背景は凱旋門のようです。
ドイツ軍によるパリ入城と、連合軍による奪還解放。西部戦線における象徴的なシーンをずばりあらわた表紙です。
写真はやや緑がかったカーキ色で、あの時代を醸し出そうとしている。CMYKのうちシアンとイエローを強調したのかな
でも、こんなわかりやすい写真、フェイクじゃないの?とふと思い、いちおう検索したら1940年に撮られた実在の写真ようです(以下にゲッティイメージズさんのリンク)。
オビの惹句には、
「第一次世界大戦の講和会議(1919年1月〜5月)からドイツ降伏(1945年5月)に至るまでの26年間を徹底解説した決定版! 世界情勢から局地戦までが視覚的にわかる、100点の詳細地図も掲載」
とあります。
後でも触れますが、この本を読んでよかったなと思うのは、第二次大戦をポーランド侵攻から描き始めるのではなく、はるか前の、1919年から説明してくれているところです。
ポーランド侵攻が1939年の夏だから20年も前から。
ヒトラー自決が1945年だから、激戦は6年も続いた。しかしその激戦にいたる前哨戦(激戦を用意した期間とも、防げなかった期間とも言える)が20年、横たわっている。
脱線しかけましたが、つぎに裏表紙に行きます。
シンプルな梗概が載っています。
「1939年9月1日にヒトラーのポーランド侵攻によって始まった第2次世界大戦。目まぐるしく変わる各国情勢から、独と英米仏連合軍との死闘、そして終戦に至るまでの軌跡を、ヨーロッパが戦場になった「西部戦線」を中心に、100点の地図と共に徹底的に解説する。」
裏表紙のオビもシンプルで、ただの目次ですね。
この戦争のおおまかな流れでもあるので、書いておきます。
第一章 戦間期のドイツと米英仏三国
第二章 第二次世界大戦の勃発
第三章 パリ陥落・蹂躙されたフランス
第四章 英国本土決戦(バトルオブブリテン)
第五章 アメリカ参戦と欧州大反抗の準備
第六章 ノルマンディー上陸とパリ解放
第七章 米英の確執と「遠すぎた橋」
第八章 最後の決戦「バルジの戦い」
第九章 ライン河渡河とドイツの崩壊
「独ソ戦史」の紹介
こちらも同じように見ていきます。
表紙の写真は、左にスターリン、右にヒトラー。正面向きだがそれぞれ向き合い、ライバル同士のように配置しています。オビと重なるように、当代最強と恐れられたドイツ軍のタイガー(ティーガー)型とおぼしき戦車が配されている。その砲身はスターリンの喉元に突き刺さらんばかり。
背景は、この二冊が誇る、戦場の図版。
「西部戦線全史」と同じく時代を感じさせるモノクロ写真ですが、こちらは茶色がかっています(CMYKのイエローとマゼンタを強調か)。
オビもシンプル。
「モスクワ攻防戦 スターリングラード市街戦 クルクス大戦車戦 二大国はどのように戦ったのか? 4年にわたる死闘を、新たな視点と25点の戦況地図で詳細に解説!」
と、この戦争のポイントを押さえています。
続いて裏表紙。梗概は、
「第二次世界大戦中の1941年6月22日、ドイツ軍はソ連に電撃侵攻を開始! モスクワ、スターリングラードを始め、ソ連各地で泥沼の戦いが繰り広げられた。ヒトラーとスターリンの思惑が複雑に絡み合う独ソ戦を、多くの資料を読み解いた著者が、わかりやすく詳細に解説する。」
裏表紙のオビも、目次です。
==
第一章 独ソ両軍の戦争準備
第二章 ドイツ軍の電撃的侵攻
第三章 ソ連赤軍の冬季大反攻
第四章 バクー油田とボルガ川への道
第五章 戦略的主導権の争奪戦
第六章 東部戦線の「終わりの始まり」
第七章 ベルリンに翻る赤旗
<1939年8月〜1945年5月>
==
です。
ご存知でない方もいるかもしれないので書いておくと、
つまり同じ時期に、ヒトラー率いるナチスドイツ軍は、英米仏とも戦い(西部戦線)、ソ連側とも戦っていた(東部戦線)。
いわゆる、2正面作戦を、世界中を敵にまわして、やっていた。
なんたる気迫、なんたる狂気、なんたる誤算。。そこには、イタリアと日本という同盟を組んだ枢軸国の支えも計算にあってのことかとはいえ、結果論からすると、勝ち切るには、なんとも無謀な賭けをしたものです。
どれだけ多くの市民を巻き込み犠牲にしたことか。為政者は恐ろしい。
なぜ読んだかーこのところ続くウクライナ、ガザ、イラン、台湾、、は連関しているのか?
この本との出会いはブックオフでした。
山崎さんという方はこの二冊をで知るのみですが、ほかにも第二次大戦関連の本を多数書かれている、近現代史の研究者の方のようです。
最近は研究をふまえて、批評や言論活動にも積極的なよう。
先日、大型書店に行った際に、「戦争を甘く見る空気 1930年代と似た道を進む現代日本」という本が、目に入りました。
昨今のきな臭い情勢を憂えておられるようです。手には取りませんでしたが。
この本を読もうと思った背景は、ずっと続いているウクライナ戦争やガザ侵攻、イランとアメリカのホルムズ海峡危機、台湾有事をめぐる緊張などが頭の片隅にあったためかもしれません。
私が大人の期間を過ごしてきたこの40年ほどは、思えばとても恵まれた期間だったのかもしれません。
ベルリンの壁の崩壊、東西ドイツ統一が学生時代。イラクのクエート侵攻と湾岸戦争が卒業旅行のころ。アフガン撤退やソ連解体もあった。
米ソ二大国による冷戦体制がなくなり、核の恐怖は後退した。
圧倒的な覇権国となったアメリカのハイテク兵器の前に、戦争は、起きても短期間で終わるものとなった。米国に刃向かったフセイン大統領のイラクは、多国籍軍の前に簡単に屈した。
国家間の戦いは割りの合わないものとなり、イスラム原理主義やISISなどとのテロとの戦い、非対称な戦いは続いたが、世界ははるかに安全なものとなったと思えた。
ロシアも時々、コーカサスで軍を動かしたが、短期間で収束していた。
アフガン戦争は長い戦いだったが、テロとの戦いの延長で、損耗はすくなく、実相は局地戦の連続という程度には管理されていたのではないか。
それなのに、なぜ最近は、いちど「戦闘」がはじまると、それぞれの国民どうしが大きく被害をうける「戦争」となり、終わらが見えないのか。
なんとなく、第三次大戦が近づいているんじゃないか?という人も増えている。
半藤一利さんでしたか、歴史の40年周期、80年周期説をいう方もいる(幕末から80年で終戦、そこからさらに80年たった)。
幸いにも平和な時代の日本に生まれ育って60年近く生きて来た来た私は、上の世代と違って、戦争の実相を知らない。
このあと、どうなってしまうんだろうと、たまに不安になります。
そして、ウクライナやガザ、イランなど見ていると、戦争って、実際にドンパチ始まってしまったら、かなり止めにくいことがわかる。
昔もそうだったんだろうか。
「戦争」に至るまでの前哨戦が、どうだったのか。
いまはすでに戦間期だという人もいる。新しい戦前だという人もいる。
準備段階に入っているのか。どこからなら、引き返せるのか。
これから、もし第三次世界大戦が来るなら(ぜったい来て欲しくないけど)、第二次大戦のヨーロッパでも、ヒトラーがポーランドに攻め入って、大戦に入る前に大国間のつばぜり合いが、あったはず。
いったい、どこで交渉を踏み間違えたのか。どこから、戦火を交えることが必至となっていったのか。
どこらへんで、終わりが見えるのか?
このあたりの「感覚」を持っていたいな、持っていることがこれから大切だな、と思ったため。
戦争の、温故知新です。
決して戦争賛美でもミリオタでも非戦・反戦でもなく、このあたりの「感覚」を持っておかないと、家族を、自分を守れない時代かもな、と思うため。
このあたりを知る(感覚を持っておく)ことで、とくに台湾有事について「今、どのへんまで来ちゃっているか」を類推できたらいいな、という目論見です。
台湾有事のことを過去から類推するなら太平洋戦争のビフォーアフターを学ぶべきじゃね?と思った方、はい、その通りです。
そこは実はある程度、同じように書物からの理解にすぎませんが、できていると思っています。こちらやこちらのエントリなど。
時代によって戦争の前提条件はかなり異なるため、単純な当てはめや比較ができないいことも承知の上ですが、それでも、あの戦争、第二次大戦のヨーロッパ戦線について、ざっくり学んでおきたい。
そして、自分のなかの、第二次大戦のヨーロッパで実際どのように戦況が変化していったかの知識は、高校の歴史とかで習った程度で止まったままだと思うため。
西部戦線や独ソ戦の知識は、これまで、下手に数々の戦争映画やドラマ、ドキュメンタリーなどを見てきているため、しっかり俯瞰できているかというと、そうではない。
例えば「ノルマンディー上陸」系の数々の映画とか。
「ヒトラー最後の12日間」とか。「ワルキューレ」(トム・クルーズがヒトラー爆殺を狙いクーデターを企図するドイツ軍将校役)。
「シンドラーのリスト」。
「Uボート」とか「メンフィスベル」。
古くは幼い頃に見た「コンバット」とか、スティーブマックイーン主演の「大脱走」。
新しめのところだと「スターリングラード」とか「ダンケルク」。
「フューリー」。
砂漠のキツネ、ロンメル将軍とか。
「イミテーション・ゲーム(エニグマ解読)」。
「チャーチル」系…
NHKの「映像の世紀」の数々。
断片的に、戦場スペクタクルドラマとして、話題となる(=観客を呼べる)、派手な局面局面を追体験して来ただけなのかもしれない。
そこで今回は、ちょっと、改めてヨーロッパにおける第二次大戦についての全体観を持ちたいなという思いから、通史、分厚い本にチャレンジした、と言うところです。
少なくとも、自分のなかの日中戦争や太平洋戦争に関する知識と同じレベルまでには解像度をあげてみたかった。
まず大づかみな読後感
読み進めるのに、じつは難渋しました。
二冊とも、後半はとくに、どこの戦場にどの部隊が展開し、という記録の羅列に見えて来て、正直、読み飛ばすところもありました。
戦場、戦線の推移を克明に再現した本なので、私の動機とはちょっとズレがあったかもしれません。劇的なエピソードがなく、部隊(軍団、師団)の動きを克明に追うことに終始しているような期間もある。
特に独ソ戦のほうは、全体として、戦場の現実の日々は「有名な将軍や政治家の一言で劇的に変わる」というものではなく、あくまで泥臭く、人命を犠牲にしながら、遅々と進む。最終局面までは、そんなじりじりとした日々が続く。
その間にも人は次々倒れているわけで、書物で得られる体験はしょせんは文字情報、知った気になってしまうだけ怖いものかもしれないなとも思えますが。
西部戦線と東部戦線の同時展開、いわゆる2正面作戦
ここで、2冊から得られた、第二次大戦のヨーロッパ戦線がどういう流れだったか?をざざっと素人として書いてみます。
ナチス党のヒトラーが台頭して、ドイツで政権を握り、合法的に総統となり独裁政権へと移行。イタリアムッソリーニとも共鳴。近隣に進駐やら侵略をはじめ、英仏は警戒。しかし第一次大戦で疲弊した各国とも厭戦気分、非戦が基調。悪名高い宥和主義で、ナチスの横暴を止めることができない。
共産主義(これも独裁)スターリンソ連も国力を増しており、ヒトラーは忌み嫌う。互いに似たもの同士なんだけど、対立を深める。
さまざま緊張や均衡がやぶれ、ドイツがポーランドに電撃的に侵攻。英仏もだまっていられずついに宣戦布告。これに対しドイツも西部戦線をやぶり侵攻。パリは落城。
イギリス本土上空では侵攻するドイツ空軍を迎え撃つ航空戦、バトルオブブリテン。戦果はあがらず、イギリス上陸を唱えるも海軍力の手薄なドイツ海軍にその勝算はなく、こう着状態に。
必死でアメリカをひきいれようとするチャーチル。
アメリカ世論も非戦なのだが大西洋でUボートによる通商破壊戦で徐々に参戦ムードが高まる。
アメリカ参戦前に決着をつけねばと、西部戦線が安定しているうちに陸軍力でソ連をやっつけてしまえ、その穀物や油田は継戦能力上も確保が必須とばかりにヒトラーナチスはソ連に攻め入るバルバロッサ作戦を発動。
快進撃を続け、レニングラード、モスクワ、ウクライナ方面に迫るも冬が来て落とせず。
北アフリカでも戦車戦。ロンメルが活躍するもイギリス軍が優勢。
モスクワ包囲戦が失敗におわったころ、日独伊三国同盟の一角、日本がハワイ真珠湾攻撃。これで厭戦気分もあった米国内世論が一気に参戦OKに。
アメリカのノルマンディー上陸。イタリアにも上陸。パリ解放。ドイツ各地空襲。ソ連軍も反抗。イタリア降伏。
西から東から押し込まれ、最後はベルリン陥落、ヒトラー自殺。無条件降伏。
こんな流れであっているでしょうか。
ハリウッド映画の影響か、「西部戦線」を米英の視点からだけ描くナラティブに多く接して来たためか、西部戦線と「独ソ戦」の動きがリンクしておらず、どうも自分のなかで気持ちが悪かったのですが、今回読むことで、すこし、違和感が解消された気がします。
大まかに言えば、西部戦線→陸の戦いは落ち着き英国で航空戦→陸軍あまってんじゃんか、東部戦線にまわせ(その間は西部戦線はこう着状態。レジスタンス程度)→東部戦線で快進撃、その後退却→同じ頃西側からも攻められる
という流れのようです。
読んで得られた意外な視点
歴史の知識は人それぞれだと思うので、あくまで私にとってですが、いろいろな視点を得られた本でした。
ヒトラーのドイツは、資源獲得戦争を戦っていたこと。
とくに東欧からソ連への進出は油田を求めてのことのようです。 ルーマニアからウクライナ、スターリングラード、コーカサス地方、カスピ海沿岸、イランへを目指す戦略軸(軍団の展開)は、そうでした。
人口や技術力で台頭したドイツは、エネルギー、農産物、穀物、資源を必要としていた。
古来、二正面作戦は無謀だと言われますが、なぜやった?
二正面作戦は、戦力が分散されるし、負けが必定。
第一次大戦を兵士として戦ったヒトラーだから、それはもちろんわかっていた。
だからまず、忌み嫌って来たスターリンと手を結び(日本で予測できなかったやつ。日本はソ連が仮想敵だから、ドイツは日本と同じ立場でソ連に対抗してほしかった)、東側を安定させ、いっしょにポーランドを分割。
そうしておいて、長年のライバルであるフランスになだれこみ黙らせればイギリスは何も言わんだろう。というもの。
最初から二正面作戦をとってはいなかった。ヒトラーなりの勝算、大局観があったのです。
しかし、イギリスがしぶとかった。歴代の宥和政策をやめて、チャーチルは宣戦を布告。
バトルオブブリテンもうまくいかない。
そうなるとヒトラーは、広大な土地、資源をもち、ドイツより戦争能力がまだ劣るだろうソ連を先にたたけば、イギリスの戦意が失われるだろうと考え、タブーとされていた二正面作戦へと進んでしまう(バルバロッサ作戦)。
結果的にアメリカの参戦の呼び水となり、さらにドイツは苦境に立たされていく。このあたり、何十手先まで読み切ったチャーチルが上手だったのかも。
戦争は、多少の局地的な優勢をつくれても、勝ちきれない。
裏の裏まで読みきれない為政者による戦争指導は、泥沼を生み、敵も味方も、傷つく人ばかりが増えていく。
実は仲が最悪だった連合軍
西部戦線、ノルマンディー作戦の成功から終戦まで、連合軍の勝利のナラティブばかりに触れてきた私ですが、どうも一枚岩では決してなかった様子。
ノルマンディー上陸では落下傘部隊の英雄的な活躍も描かれますが、敵地に着陸して包囲されそうになったり、失敗もあった。
イギリスのモントゴメリー将軍とアメリカのアイゼンハワーやパットン将軍の先陣争いだか、強敵の押し付け合いだかがすさまじく、統合作戦司令部の運用の難しさに気付かされます。そこにカナダ軍、ドゴールのフランス軍も加わり、烏合の衆の一歩手前という状況。
剣のように切り裂いていくべきという考えのイギリスと、面として同時多発的に戦場をつくり力押ししていくべきだという考えのアメリカで、戦略思想も違う。
これは、物量を盾にするアメリカにばかり戦功をたてられると戦後が思いやられる、戦功をたてるのはあくまでイギリスだという考えからかもしれません。
私たちの世代は、ブッシュ大統領のイラク戦争やアフガン戦争に付き従ったブレア首相というイメージがつよく、米英の同盟軍の絆は民族的にも深い絆があるようにおもいがちですが、まったくそんなでもなかった。
いまも米英で首脳がギクシャクしているのも、こんなものかと合点がいく。
いま日米でも統合作戦司令部を運用する話がありますが、連合軍といっても基本的に自国の将兵を危険にさらすわけですから、国益を離れて、他国に身を委ねることはできない。有事において多国籍軍を束ねるのは、容易なことではないとおもいます。
都市の包囲戦のパターン
日本史を読んでいると、大きな都市を取り囲んで両軍が睨み合う戦いはあまりないようにおもいます。城を包囲する、はありますが。どちらかというと広い戦場で対峙する野戦が多い。
西部戦線も多いですが、特に独ソ戦で多く描かれるのが、都市の包囲戦でした。
完全に包囲しようとする側と、そうはさせまいとする側。
ドイツが攻め込み優勢だったころは、ソ連の大都市がいくつか包囲され、捕虜になるか、囲みをやぶって後退していく。
後半になると、大都市に入っていたドイツ軍が、ソ連軍に包囲されて壊滅していく。包囲をやぶって補給をしようとその外側に援軍が駆けつける。
敗走がつづくと、死守したい街を守らずに捨てる軍団も出てきて、ベルリンの指示が絶対ではなかった様子がわかります。
もはやネットミームとなって久しい、「ヒトラー最後の12日間」に出てくる、将軍たちを会議で怒鳴り散らすシーンですが、ほんと言うことを聞かなくなっていったんだなということがわかります。
山崎さんの研究の成果で、これらの攻防がビジュアルに理解できます。
もっともヒトラーは将兵や国民の士気に関わるから弱みをみせられず、無謀な死守命令を出し続けたというだけではなく、ルーマニアやトルコといった東部戦線での同盟国軍の離反も、怖かったようです。
スターリンの戦争指導も完璧じゃなかった
もともとヒトラーとは仲良くないため、ドイツとの戦争準備をしていたソ連ですが、不可侵条約をやぶって侵攻してきたドイツ軍に、当初はとくになすすべがありません。
次々と陥落の危機にあう大都市の守備に対し、的確な援軍の指示ができない。北部、中央、南部と同時多発的に攻めて来られたので当然ですが、とくに後半はあちこちの最前線でこきつかわれながらも、失地を回復していくジューコフ将軍の判断がひかります。
ドイツもマンシュタインという将軍が活躍しますが、防戦一方となりヒトラーとも対立、能力を発揮できませんでした。
当時も激戦地だったウクライナの都市の数々
ハリコフやキーウ、この本でもウクライナの各都市の包囲戦、奪い合いがあり激戦だったことがわかります。いまもロシアとウクライナ国境に近くしばしばニュースに出てくるクルクスでは大きな戦車戦がありました。
その一進一退の様子、肉弾戦の様子、塹壕を掘る戦いは「古来からこういうものなのか」と思わされます。
戦端が開かれる前
最後になりますが、もともと本書から学びたかったのは、戦争が始まる前のこと。戦端が開かれる前の20年はどのような出来事があったのか。
「西部戦線全史」では、第一次大戦に敗れたドイツが背負わされた過酷な賠償や領土割譲など、前史に100ページ以上も割いてくれています。
軍事史本なので、とくに戦車と航空戦力の発達にも触れている。
そもそも第一次大戦にやぶれ軍隊を解体され、臥薪嘗胆のドイツは軍備をほとんど削減され、いったいどのようにして、英仏に歯向かうような軍団を育成したのか。
それは、ヒトラーが台頭してからというのではありませんでした。
それ以前から、たとえばソ連領土内に、合同で、極秘に飛行隊をつくって練習させたり、トラクターの名目で戦車の操縦訓練をさせたりしていたのとこと。
なお、第一次大戦がどういう戦争だったか?なぜドイツは過酷な賠償を背負わされ、その後の暴発をうみだす恨みを残したかが理解できると、より深い理解ができそう。日本はほとんど第一次大戦に大きく関与してないが、ヨーロッパにとってこれもまた大きな戦争だった様子。それはまた別の機会に。
アメリカはといえば、ヨーロッパの戦いに、極力、関与したくなかった。工業力や経済力をひたすら伸ばした時期。
フランスは、軍や考え方が古くなり、マジノ線要塞さえ守っていればいいというぐらいに弱体化していた。兵力もほとんどなかった。戦争は遠のいているのだから当然。イギリスもしかり。
第一次大戦で深手をおったドイツは、猛烈なインフレを克服し、がんばって復興してきた。人口も増えてきた。技術力、工業力も一流になってきた。自主権、生存権を確立したい、資源をもちたい、植民地をもちたい、もっと豊かになりたいという動機があった。
何が戦争を準備してしまうのか。
書いてあることが膨大・詳細すぎて、なんともまとまらないが、
戦争とは、軍事力で何かを打開できると信じてしまうことではないだろうか。為政者として。支持者として。
でも、そんな考え方は、有権者としてどうなのか。
組織人、企業人としてどうなのか。
国民、市民としてどうなのか。
生活者として、家族としてどうなのか。
ふるさとをもち、故郷をもち、実家をもち、親類をもつものとしてどうなのか。
いろんな角度で一人ひとり本当に他に策がない、戦争してよい、と主体的に賛否を示せるもののか。
なんとなく流されてしまうのか。
もうすぐ一人ひとりに試される瞬間がやってくるのか。
はじまってしまって、被害を受けて、あとで文句を言っても始まらないのが戦争だ。
局面としての戦闘はイメージできても、戦争、ましてや世界大戦となったら「世界の大きな渦」である。一人の力でとめられはしない。
一冊二冊読んだところで、重くて抱えきれないテーマが残る。
最後に、定番であるが、犠牲者数を見積もっているので、引用させていただく。
🔳西部戦線全史の614ページから。
>ドイツ
・将兵 戦争全体(東部戦線も含む)で325万人が戦死および行方不明。
・将兵 461万人が負傷。
・民間人 235万人が犠牲に(亡くなったということ)
>フランス
・前半の降伏までに将兵 戦死および行方不明 9万人、負傷者25万人、投降(捕虜)145万人
・反抗から終戦までに将兵 戦死および行方不明 3万人、負傷者9万人
・民間人犠牲者 通期で 47万人
>イギリス連邦(植民地軍は含まず)
・将兵 戦死と行方不明 40万人、負傷者41万人、投降23万人
・民間人 15万人
>アメリカ✳︎太平洋戦争を含む
・将兵 戦死と行方不明 40万人、負傷者67万人、投降14万人
手元の計算で、戦死行方不明者 約418万人
🔳独ソ戦史の353ページから
>ドイツ
・将兵 死者・行方不明者 概算で390万人(上記と期間、数値とも一致せず)
>ルーマニア・ハンガリー・フィンランド・イタリア
・将兵 95万人
>ソ連
・将兵 1128万人
>ソ連と東欧諸国
・民間人犠牲者 1500万人超
あわせて3115万人。
戦争の日数で割ると1日あたり2万2千人ずつ命を落として行った計算。
で、台湾有事はどうなる?
現時点での想像は以下です。
・ナポレオン戦争、第一次大戦、第二次大戦など、ヨーロッパには戦争の蓄積が豊富にある。内陸国が膨張するが周辺国に封じ込められるといったパターンが存在する。
・アジアでも、中国が統一され対外的に膨張する時がある(元寇、明の海洋進出)が、近現代ではパターンが少なすぎて類推できない。
どちらかというと、大陸内同士に藩に分かれ抗争を繰り返す期間もそれなりに長い。
清の末期や満洲、日本軍が介在した軍閥など。
・あるとすれば、太平洋戦争を戦った日本の立ち位置に、こんどは中国が入ること。
太平洋への膨張と、アメリカとの摩擦。南シナ海を内海化し、東南アジアを影響下に置く野心。
大陸、アジア(中国、ソ連)とアメリカを敵にまわし、二正面作戦を戦った日本軍。当然、物量で追い込まれた。
資源がなく、当初は、局地戦で戦いをおさめて早期講和に持ち込むしか勝ち目がなかった。
・覇権への挑戦者(既存の秩序、力による現状変更を目指すもの)ドイツは、二正面作戦を避けていたが、結局は二正面作戦の泥沼にはまっていっ
た。
以上を考えると、
・力による現状変更を目指す中国が台湾有事を勝つ前提条件は、「台湾エリアで圧倒的な戦力差が生まれ、勝てる見込みがたつこと」と、「世界中との二正面作戦にならず、早期に集結できること」。
ではないだろうか。
逆に言えば、台湾有事を起こさせない秘訣も見えてくる。
それは、「もし台湾を攻めている時に他の地域でコトが起きたら対処できないぞ」と思わせること。
それは例えば、インド方面だったり、チベット、ウイグル方面だったり、ロシア方面だったり。
そちらが安定しなければ、台湾に集中できない。
ところがいまロシアとの関係は蜜月だから、安心していられる。
インドとは長年緊張関係だが、ヒマラヤがあり、台湾に集中したからといって、その隙をついて大々的にインド軍が攻めてくるとは思えないし、多少切り取られても傷は浅い。
残る不安要素が各自治区での蜂起などだがこれも抑え込めている。
やはり、
(今ならやれるかもしれない)
と、ほくそ笑んでいる可能性は高い。とめようがない。
それでも、それだからこそ、日本はインド太平洋パートナーシップが大事だし、アジア各国との連携が大事だし、オーストラリアとの連携も大事になってくる。
いつの時代も、完全な歴史の繰り返しはなく、安定もない。
不安定だからこそ、どう管理、マネージしていくか。
宥和主義も困るし、威勢がいいだけでも困る。
政治家だのみもよくないし、経済にできること、一人一人にできることもありそう。
本を読んでいるだけでは到底、答えは出ないが、どうにかこうにか、考え続けるしかない。
明日は長崎原爆の日。
