老いることについての、向き合いかたの違い | 老後の暮らしを整える
この夏、体調を崩して10日間ほど入院し、退院後も自宅に戻れず、サ高住(サービス付高齢者向け住宅)に入った父は、今もベッドから起き上がれない。当初予定していたリハビリもできない日々を送っている。
そんな父に対し、弟は、
「ここで寝てばかりいたら、ボケちゃうよ。がんばってリハビリしなきゃ。」
という。
いやいや、父はもう、ボケるとか、ボケないとかいう世界線にはいないだろう。
体調は多少回復しているようだが、体はしんどいのだと思う。そんな父が、がんばってリハビリをして、自宅に戻っても、もうやりたいことなどないのだ。
母のサポートをしながら自宅で暮らすことを断念し、生きる目的を見失ってしまっている父に対して、弟のセリフは、さすがに見当違いだろう、と思ってしまう。
親との関係性、サポートのしかたにおいて、弟と私は、常に方向性がずれてしまう。
弟を責めるつもりはない。
サラリーマンとして、責任のある立場で働き、思春期の子供たちを養い、休みのたびに、親のところにも通ってくれている。
私には圧倒的に足りない、やさしい気持ちを持った弟である。
父や母を思う気持ちは強いのだけれど、父の状況を、母の状況を、客観的にとらえようとしない。毎度のことながら、一貫したその姿勢に、私は愕然とするばかりだ。
がんばれ、というかけ声だけでは、もうどうにもならないのに、弟は、老い、衰えゆく親たちに向かって、諦めないことを期待する。
父は生きる気力を見失い、母の認知症も進んでいる。私たち家族は、もう、逃げ場のない状況に追いこまれている。
ここまでじゅうぶんがんばってきた父と母に対して、もっとがんばれと激励することなど、私には、できない。
お盆休みに、弟は息子とともに、親たちに会いにいった。
大好きな孫に会ったら、父も母も喜ぶだろう、元気を取り戻すかもしれない、と私も思っていた。
が、母は、弟のことがわからなかった、という。
母にとって、父を差し置いての、最愛の息子である。娘の私を忘れることはあっても、弟のことは、最後まで、忘れることなどないだろうと、私も思っていた。
弟にとっては、かなりショックなことだったようだ。
認知症という、脳の病気なのだから、しかたがないということは、弟も重々承知している。それでも、弟にとっては、私が想像できないようなショックだったのだろう。
父の入院に伴い、ケアマネさんの勧めにより、介護認定の区分変更の手続きが進められていた。先日、父も母も、要介護3 の認定となった。
数年に渡って父と母を見守り、サポートしてくださったケアマネさんが、いよいよ、父も母も、自宅で暮らしていくことは難しい、という判断をされ、手続きを進めてくれたのだろう。
要介護3 になると、特養(特別養護老人ホーム)の入所対象となる。公的な施設での介護サービスが受けられる。
私の親がいる地域でも、特養には空きがなく、入所の申込みをして、空きが出るのを待つことになる。申込みから入所まで、早くても数ヶ月、長いひとは数年待ちということもあるという。
父も母も、父の入退院騒ぎのなか、当座の凌ぎでサ高住に入り、落ち着いて暮らしている。が、介護認定の区分変更ができた時点で、今後のことを決めて、動かなければならない。
もちろん、今のサ高住に居続けることも可能だけれど、父と母にとって、よりよい環境を選び、それが実現できるよう手立てするのは、家族の役割だ。
お盆休みのショックからか、夏の暑さによるものか、弟のテンションはダダ下がりのままだ。
私は栃木に行き、父の健康状態について、主治医からの説明を聞き、父と母の暮らす、サ高住を訪れた。
父が自宅に戻ることは、やはり難しいだろう。
母は、今の施設でも、淡々とやっている様子だった。
個室も、みなが食事をとる様子も見せていただいた。スタッフのかたが、母をサポートしてくださる様子も、自分で見て、なにも不満はないと感じた。
けれど、以前、ショートステイでお世話になっていた施設と比べると、微妙なものではあるが、見劣りする部分はあった。
今のサ高住でお世話になり続けることも、NGではないけれど、ショートステイでお世話になっていた施設の特養に申込みをしたほうがいい、と私は思った。
父も、母も、少しずつ衰えてはいるものの、適切なサポートを受ければ、まだしばらく、穏やかに暮らしていけるだろう。それなら、ほんの少しでも、環境のよいところを選びたい。家族として、手を尽くしたい。
さっそく弟に連絡をし、主治医から説明を受けた父の健康状態のこと、サ高住で感じたことを伝え、特養の申込み手続きを進めることについて、意見を求めた。弟に異存がなければ、早々に、私が動き、手続きを進めると伝えた。
父にも、母にも、残された時間はそう多くはないのだ。
果たしてどちらがいいのだろう、と思い悩むような決断であっても、先延ばしにしている暇などないのだ。とにかく、決めて、動く。違うと思ったら、そこからまた考える。
私は、現実的な対応を考えて、がしがし動く、弟は、父や母の気持ちに寄り添う。
親への向き合いかたが違っていても、兄弟それぞれが、自分の得意分野でがんばれば、それでいいんだと思っている。
親も、わかってくれていると思う。
