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親の預金通帳一式を預かる | 老後の暮らしを整える

母が押し入れの金庫から出してきた古いポーチを受け取ると、20冊ほどの通帳と印鑑が数本、銀行の伝票やこまかな数字が書かれた手書きのメモが何枚も入っていた。

印鑑には、それぞれ○○銀行と書かれた小さなテープが貼ってあり、口座毎に登録印がわかるようになっていた。

このときすでに両親とも年金生活に入っており、年金が入金された口座から、母が必要な現金を引き出し、生活費にあてていた。

光熱費など、口座引き落としになっているものもあれば、毎月、母が振り込んだり、現金で支払っているようなものもあった。

ふだん使っているのは近所の信用金庫とゆうちょ銀行、古くから取引のある地銀の口座だという。父、母それぞれに、全く動いていない都市銀行もあわせて5、6行ずつの口座を持っていので、まずは使っていない口座を解約する必要がありそうだ。

口座の解約手続きをネットで調べ、解約手続きを私が代行するのは難しいことがわかった。

私が両親を連れて、車で支店を回ろう。

調べてみると、駐車場のない支店もあったりしてなかなかややこしい。最終的には、解約手続きをする支店に電話を入れて、手続きの詳細、駐車場の有無、窓口の混み合う時間等の確認をして、1日で3行の解約手続きをする予定を組んだ。

用紙の記入は私が行い、親は窓口で解約意志の確認をする、という流れで、どこの銀行も手続きができた。

定期預金がある口座については、定期預金の解約をしてから、残高を他行の口座に振り込み、普通口座の解約、という手順を踏まなければならず、想像以上に時間がかかった。

朝10時に出動したものの、午前中では終わらず、途中、お昼ごはんを食べると、既に父も母も疲れ果てた様子。結局、最後の銀行では支店の閉店時間の3時に手続きが終わらず、父と母を車で待たせ、手続きが終わった後、私が支店の通用口から車に戻る、という想像以上にハードモードな1日となった。

いずれの支店も同じ市内だったにもかかわらず、3行(2人で6口座)の解約手続きに丸1日かかったことには私も驚いた。

電車やバスを使って、親が自分で手続きをしていたら1日に1行がやっとだろう。以前に比べて銀行の支店の数も減ったからか、どの銀行でも窓口にはたくさんの高齢者が並び、混雑していたのも印象的だった。

この日、銀行口座解約のハードルは想像以上に高い、ということを私自身も痛感した。高齢になればなおさらだ。

本当は、このタイミングで地銀も解約して、近所の信用金庫とゆうちょ銀行の2行に集約したかったものの、古くからつきあいのある地銀の口座は絶対に残したいと父が頑なにこだわり、年金の入金口座をATMが近所にある信用金庫かゆうちょ銀行に切り替えることも断固拒否。

やむなく、年金の入金口座になっていた地銀の口座から水道光熱費やNHK、新聞等の支払いをすべて口座引き落としになるよう、手続きをした。ネットで手続きが完了するものは少なく、必要書類を取り寄せて、記入、捺印して、郵送、というなかなかに痺れる作業をコツコツ進めた。

年金の入金口座と光熱費の引き落とし口座が別になっていたり、何十年も動かしていない定期預金の記帳だけが定期的にされていたりと、日々のお金の管理をするために、母があちこちの銀行に行ったり来たりしていたことを知り、愕然とした。

もちろん、過去には必然性があって、口座を持ち、母なりにやりくりをしてきたのだと思う。母に不要な苦労をさせていたことを申し訳なく思った。

ATMで待ち伏せして、老人を狙うひったくりも多いという話もきいていながら、どうして自分の親を守る手立てをしなかったのだろう?母のことを大切に思っているつもりだったけれど、ぜんぜんダメだった。

親たちも、自分が高齢者となり、体力だけでなく、判断力も年齢相応に落ちてきているという自覚がなかったのだと思う。親も子も、油断が過ぎていた。

古い通帳や伝票、メモを捨て、一通り手続きが済んだ銀行口座と残高の一覧を作った。

父と母はその一覧を見るなり、まず残高の額を確認し、安心した様子だった。

サラリーマンだった父と専業主婦の母が、弟と私を育てながら、コツコツと貯めてきたお金は、贅沢することにまったく関心のない彼らが、年金暮らしをしていくには十分だと思われた。

このとき、父と母がなにを思ったかはわからないが、私は、このお金を、父と母の老後を幸せなものにするために使わなければならない、と強く思った。

「老後を幸せなものにする」って、いったいどういうことだろう?
次々と課題が浮上してくる。

親のお金の管理についてはとても重要な注意点があるので、それはまた別の回に。


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