最期のときのむかえかた | 老後の暮らしを整える
老後の不安を考えるにあたって、どうしても避けて通れないのは「死」についてのとらえかた、だと思う。
私自身の「死」へのイメージに最も影響を与えたのは、映画「Into the Wild」で、主人公が自らの最期を覚悟し、寝袋に入るシーンだ。
昭和のテレビドラマなどでよくみられた、最期のときを迎えた老人が横たわるベッドを、数人の家族が囲み、感謝の気持ちを伝え、家族に見守られながらお別れする、的なイメージは、なんだかうそくさいなぁ、と感じていた。
「Into the Wild」のシーンはごくごくしずかなものだった。なぜか美しく、鮮烈だった。
以来、私もこんなふうに最期を迎えるのも悪くない、と思っている。
老後、すごく長生きしたら、途中でお金が足りなくなるかもしれない、物価高により、案外早い段階でピンチになるかもしれない。でも、そのときはそれまで、あきらめるしかない、という(一見、投げやり、ともみえるであろう)思いも、「Into the Wild」への憧れ、が大きく影響していると思う。(もちろん、自分なりにできる限りの準備はした上でのことだ)
実際はどうなるかわからない。
私も、死を目前にしたとたん、「死にたくないー」と足掻くかもしれない。
ただ、今までに、身近で見送った祖父母、義父母の最期が、それぞれ状況は異なるものの、いずれもまったく悲劇的ではなく、ドラマチックでもなく、ごくごく自然な流れのなかで、ふっと迎えられた、という印象だった。不安とか、怖れ、のようなものは(私は)感じなかった。
よくいわれる「孤独死」という言葉についても、一般的に、ちょっとネガティブな文脈で語られることが多い気がするのだけれど、正直、違和感がある。
もう十分生ききったな、そろそろ終わりでいいな、と思って横たわっているときに、周りにひとがたくさんいるほうが、かえって落ち着かないんじゃないだろうか。
ひとりで、自分の好きなタイミングで最期を迎えるほうが、気楽でよさそうな気がするのだが。(ひとりで亡くなった場合、適切なタイミングで誰かに気づいてもらわないと、その後がたいへんになってしまう、という問題は無視できないけれど)
私の祖父は、95歳で亡くなった。最期の数年は特養に入り、私は月に数回、祖父に会いに通っていた。
祖父に最期に会ったときは、たまたま夫とふたりだった。いつものように他愛のない話をして、じゃあまたね、と帰る際、祖父から握手を求められた。
その日の祖父は、顔色もよく、快活で、握手にも力がこもっていた。
でも、夫も私も(おじいちゃんの握手、お別れのあいさつだったのかな)と感じていた。
数日後、特養から、祖父の具合が悪くなったと連絡が入った。私が一番近くに住んでおり、すぐに車で向かったものの、最期には間に合わなかった。けれど、祖父とのあいさつは数日前に済んでいた。おだやかに眠っているような祖父をみて、悲しい気持ちにはならなかった。長いあいだ、おつかれさま、と思った。
数時間後に到着した母は、「おとうさん!おとうさん!」と声をあげて泣いた。もし、祖父の最期のときに母が間に合ったら、「おとうさん!死なないで!」と大声で呼び戻そうとしただろうな、と思った。
私だったら、呼び戻してもらいたくないな、と思う。自分の好きなタイミングで、しずかに眠らせてほしい。(私の意向は、家族に、きちんと伝えてある)
母に代わって、親族への連絡、葬儀等の手配も、私が動かざるを得ない状況だった。叔母に、祖父が亡くなったことを電話で伝えたところ「え?どうして?」といわれ、95歳まで生きてたことのほうがどうして?だろ、と思った(さすがに、叔母にはいえなかったけど)。ひとのいのちは無限ではないのだから。
という感じで、私自身は「最期を迎える」ということについては、あまり不安を感じていない。まぁ、こればかりは、ひとそれぞれだと思う。
私の場合、どちらかというと、生きているときのほうがよほどたいへんで、なんなら、最期の最期はほっとするんじゃないか、とすら思っている。
特に人生終盤、判断力が落ちてきたときに、どうサバイバルしていけばいいのか?私のいちばんの関心事は、情弱高齢者の尊厳はどう担保されるのか?そんなしくみを誰かが考えて、作ってくれるだろうか?ということだ。こんなことを考えていると、老後資金がいくら必要か?とかいってる場合じゃないような気もしてきて、ぞわぞわしてくる。
