延命治療はいやだけれど | 老後の暮らしを整える
私は、23歳で結婚し、実家をでたタイミングで、あっさりと親離れをした。
当時、私は親との関係(父は仕事人間であまり関わりがなかったが、母とは割と仲がよかった)を少しきゅうくつに感じていた。ふわっと飛び立っていく私の様子に、親はあっけにとられていた。
社会人になり、金額こそ多くはなかったものの、お給料をもらうようになり、私の目の前に見える世界は、大きく広がっていた。親と価値観を擦り合わせながら、一緒に暮らしていくことを、私は、少し面倒に感じるようになっていた。
改めて、20代の頃の自分を思い起こし、あまりにも自分勝手すぎる、と我ながらあきれる。一方で、そのくらい前のめりな気持ちだったかこそ、居心地のいい家を飛び立ち、親離れができた、とも思う。
親に会いにいくのは、お正月の挨拶くらい。実家を出てから、家に泊まることもなかった。ときおり母から電話がかかってくると、近況報告をしたが、私から親に連絡をすることはほぼなかった。
今から、12年ほど前のことだったと思う。母が体調を崩し、当時、熱海に住んでいた私の家に、数日泊まっていった。当時、私は小さな食堂を切り盛りしており、母は、私の家で、犬と一緒に留守番をして過ごした。
朝、母と一緒に犬の散歩をして、朝ごはんを食べ、母のお昼ごはんを用意して、私はしごとに行き、夜の営業のない日は、夕方から一緒に過ごした。
家の窓からは、熱海の海岸が一望できた。母はもともと動物好きではなかったが、海をみながらのんびり犬と過ごすのも、悪くないと思っているようだった。
数日が経ち、母は、家に帰ったほうがいいのかどうか、わからないという。私は、好きなだけ熱海で過ごせばいい、といった。
しばらくして、母は家に戻っていった。今思うと、認知症の症状がではじめて、母は不安を覚えていたのだろう、と思う。
その後も、弟が頻繁に実家に行っていることもあって、私と親との関係は、疎遠ではないものの、一定の距離感をもった状態が続いた。
その後、たまに電話で話したり、時折会ったときの母の様子に違和感を感じるようになった。身近にいる父や弟は、もともと天然な母の性格によるもの、歳のせいだというが、私にはそう思えなかった。
病院にいこう、いや必要ない、というやりとりをしているうちに、母がおれおれ詐欺に遭ってしまった。
改めて、親の生活を見直してみると、心配なことだらけだった。困っていることがあれば手伝うよ、といっても、父も母も、今のままでだいじょうぶ、の一点張りだ。
父も母も、自分の老いに、自分の気持ち、意識がついていっていないのだ、と思った。おれおれ詐欺のこともあり、もう先延ばししているわけにはいかない。私は、がっつりと、親の暮らしに踏み込んでいった。
それからというもの、多いときは月に数回、間があいても2、3ヶ月に1度は親のもとを訪れた。調べごとや段取りなど、リモートでできることは進めておき、親の家にいくと、フル回転で、安全に暮らせる環境づくりを進めていった。
その傍ら、父と母とじっくり話をし、少しずつ整理しながら、なんども繰り返し、時間をかけて、彼らの考えを確認していった。最初は、とうてい受け入れられない、という反応をしたことも、父なりに、母なりに、だんだん落ち着いて考えるようになってきた。数ヶ月経つうちには、自分たちの考えを彼らなり整理をして、私に話してくれるようになっていった。
家の手直しのこと、物の処分、相続について、病気になったらどうしてほしいのか、体が不自由になってきたとき、どう過ごしていきたいのか。その中で、父も母も繰り返し、いっていたのが、
「延命治療はしてほしくない」
だった。
父も母も、いまや80歳を超える後期高齢者だ。その発言も、まぁそうだろうな、と私も違和感なく受け取った。
が、その後、母が入院をしたり、父が救急車騒ぎを起こすようになった。
母は虚血性大腸炎という、高齢になると起こしやすいという症状で、2度入院をした。突然お腹が痛くなるので、毎回、父が動転して、大騒ぎになる。
父の救急車騒ぎについては、血圧が下がり、不安になった父が、近所のひとに助けを求め、夜遅くだったこともあって、大騒ぎになってしまったようだ。
救急車騒ぎのあと、ふと思った。
「延命治療はしたくないのに、なぜ父は救急車を呼んだのだろう。」
救急車を呼ぶべきではなかった、といいたいわけではない。大事に至らず、よかったと思っている。
救急隊員のかた、搬送先の病院、近所や親戚のかたがたには迷惑をかけてしまったが、あの騒ぎのおかげで、父は、公的介護サービスにつながることができた。
体のどこかに痛みがあったり、息が苦しかったりして、病院に行くというのも、当然のことと思う。父や母が、痛みに苦しむのは私もつらい。苦痛を緩和するための治療は、できるだけ受けてほしい。
そう思う一方で、救急車で搬送されたら、搬送先の病院は命を守るための処置をする。それが延命治療につながる可能性も高い。
救急車を呼びながら、延命治療はしてほしくない、は成り立たない。
これは、私自身も、どう整理したらいいのかわからない。
今の父や母に、この話をしても、困惑させるだけだろう。
命を守るための治療と、延命治療の間に、線引きなどできるのだろうか。
できるだけ、父と母の意志を尊重したいと思うし、父らしく、母らしく、最期まで生きてほしいと願い、サポートをしてきた。
けれど「延命治療はしてほしくない」については、私自身、どうしたらいいのか、まったくわからない。
その判断を迫られるときが来ないことを、祈ることしかできない。
