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父が壊れてきている | 公的介護サービスとつながる

昨夜22時過ぎに、弟から電話がきた。

3歳違いの弟とは仲が悪いわけではないものの、一緒に育ったとは思えないほどに価値観も違うし、考え方もあわない。親のことで協力はしているが、コミュニケーションはほぼ Line でのメッセージのやりとりだけだ。

が、昨夜は電話がきた。ただならぬことと身構えた。

「お父さんが救急車で病院に向かっている。ぼくもこれからその病院に向かうから、連絡だけとれるようにしておいて。」

サラリーマンの弟は神奈川県におり、親が住む栃木の病院に車で向かうという。明日は金曜日、会社は休めるよう手立てできたそうだ。

電話を切り、なにをすべきか落ち着いて考える。

母は救急車に一緒に乗っているという。救急車に乗り、病院に向かっているなら、父はもう病院に任せるしかない。病院に到着し、父が処置室に入っている間、母がひとりきりになるのが心配だ。迷子になってしまうかもしれない。

私の家族に状況を伝え(もしかしたら私も緊急出動することになるかもしれないので)、弟に連絡をし、母が認知症であることが必ず病院に伝わるよう、念を押す。

しばらくして、親の家の近くに住んでいるいとこから電話が入った。彼と話すのは数年ぶりだ。

親の近所の方が、父が救急車で運ばれたことをいとこに伝えにきた、という。親の家からいとこの家まで、近いとはいえ、車で20-30分かかる。わざわざ伝えにいった???

いとこに父の状況と、弟が病院に向かっていることを伝えた。弟との2度目の電話で、父は意識もあり、そんなに深刻な状況でもなさそうだ、ということもわかり、その旨も伝えた。明朝、状況を連絡することと、心配してもらったことへのお礼をして、電話を切った。

0時過ぎ、弟から Line  のメッセージが届いた。

「お父さんから電話があって、これからお母さんと家に帰ると言ってた。もうすぐぼくが病院に着くから待ってて、と伝えたけど、もう待てないと言われた。ぼくも家に向かう。」

まじか。この展開、ひどすぎないか。

翌朝、弟からメッセージが届いた。

「お父さんとお母さんはいつも通りです。近所が大騒ぎになっているようなので、これからあいさつに行ってきます。今日、ケアマネージャーさんもきてくれることになったので、これからのことを相談します。いとこが、今朝、病院に行ってくれたそうです。いとこにもお礼をしておきます。」

まじか。弟が気の毒すぎる。

弟をねぎらい、落ち着いて自分のすべきことを考える。

母は週4日デイサービスに通っている。お風呂もデイサービスにお願いしている。母は自分のことはなんとかできるものの、家事はほぼできない状態で、父がやっている。

朝晩の食事については、私がcoopで簡単に準備できるものを毎週注文し、家に届くようになっており、買い物等の負担はほぼなく、料理もほぼ温めるだけだ。

1年ほど前、半ば強引に乾燥機つき洗濯機に買い換え、洗濯の負担も最低限になっている。

掃除が行き届かないことについては、家事サポートのサービスを入れることを父、弟に提案していた。

しかし、高齢の父にとって、家事全般をし、母のサポートをしていくのはたいへんなことと思う。弟と私もサポートしているものの、リモートでのサポートには限界はある(弟が月に1度は実家に行ってくれている)。

介護サービスについても、母の病気の進行が落ち着いており、要介護1のままなので、公的サービスの範囲では現状でほぼ限界のようだ。

だいぶ前から、父と弟に、母のデイサービス、ショートステイについては、上限ぎりぎりまで利用するよう伝えてきた。

母がデイサービスやショートステイに行くことを嫌がるわけでもないので(日によっては外出を面倒がることもあるだろうが)、父をしっかり休ませるために必要だと思ってのことだ。

同じ理由で、掃除などの家事についても、家事サポートにお金を使ってもいいんじゃないか、という話もしているが、父も弟も抵抗があるようで、話が進まない。

父と弟でらちがあかない以上、頼みの綱はケアマネージャーさんだ。今日の話の結果次第では、私もケアマネージャーさんと話をしたほうがいいかもしれない。

救急車騒動については、まずは弟から、救急車の相談窓口(#7119)への連絡を父に伝えるよう、お願いした。

去年、母が体調を崩したときも、父は救急車を呼び、搬送先が見つからなかったからと家に戻されている。

母の状況を電話で聞いていた私も、緊急性のある症状ではないと判断できる状況だったが、父ががまんできなかったようだ。

そのときも、翌朝の早朝、父が母を病院に連れていったと聞き、愕然とした。母のためのふるまいとは思えなかった。身勝手が過ぎて、呆れた。

父をディスりたいわけではない。技術者だった父は几帳面で、真面目で、常識的なひとだった。過去形なのは、今の父は、そうではないから。

年齢を重ねるにしたがって、ものごとを理解する力が衰え、よくわからないと大きな声をだす、病院や家に来てくれる業者のひとに対して、私がびっくりするほどに高圧的なふるまいをする。

母は認知症になり、かつての母ではなくなった。もしかしたら、病気は関係なく、年を重ねることでの変化、なのかもしれない。

とにかく、私が母だと感じていた存在は、もういない。

けれど、母には、毎日を穏やかな気持ちで過ごしてほしいし、彼女らしく人生を全うしてほしいと願っており、全力でサポートしたいと思っている。

父に対しては、わたしが母の病気を疑ったときから、

「ほんとうにこの人は母をサポートできるのか?」

という気持ちをぬぐえずにいる。父なりにがんばっていることは理解している。が、父がやっていることは、自分本位のふるまいにしかみえない。

いずれ、母のサポートが父の手に追えなくなる日が来るかもしれない。

父にも弟にも、私が母のサポートを引き受けるという選択肢も考えてほしい、と伝えてある。が、父はにっちもさっちもいかなくなるまで今の生活を続けようとするだろう。母も、父を置いて私のところに来るという選択はできないだろう。

私は合理的な対処を求め、弟はとにかく父と母の思いを優先させたい。

少しずつ壊れてきている父と、認知症の母の暮らし。母にそのしわよせがいってないことを祈るしかない。

父と母の暮らし、思いを尊重したいと思う一方で、母の尊厳は守られているのか、気が気でない。

ここまで書いたところで、弟からメッセージが入った。

「ケアマネージャーさんが来てくれて、今後の相談をしました。お父さんも介護申請をして、ヘルパーさんに入ってもらうか、お父さんもデイサービスに通うかを考えることになりました。デイサービスに行けば、お風呂や食事の負担も減らせるとのこと。」

ケアマネージャーさん、ありがとう。本当にありがたくて、泣きそうになる。

やはり父は壊れてきていたんだ。悲しさもあるが、介護サービスによって、父が救われることを祈るしかない。

父と母の暮らしも、次のステージに進むときが来たのかもしれない、と思った。


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