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なぜパナソニックは、人を育てるより「人を採る会社」になったのか

― 松下幸之助の事業部制から考える、本当に必要な「能力」とは


人を雇っている経営者の方へ。

「社員が育たない」
「なぜか自分に判断が集まる」
「人を増やしても、自分の仕事が減らない」

そんな状態には、社員個人の問題ではなく、会社の仕事の流れや役割分担にボトルネックがあるかもしれません。

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松下幸之助歴史館へ行ってきました。

何度も訪れている場所ですが、改めて展示を見ながら感じたことがあります。

私が28年間働いた松下電器と、今のパナソニック。
同じ会社ではありますが、ずいぶん変わったな、と。

歴史館で感じたのは、
事業を通して人を育てる会社
としての松下電器です。

松下幸之助という23歳の若者が、徒手空拳からスタートさせた会社。
創業の苦労を経て、心の奥底から絞り出した経営哲学です。

ところが、帰ってきてLinkedInを見ていると。
現在のパナソニックでは、組織開発、人事、HRBP、コーチングなど、高度な専門性を持った人材を外部から中途採用していることに目が止まりました。

もちろん、中途採用が悪いと言っているのではありません。
外の知識を取り入れることは必要です。

むしろ問題は、別のところにあります。

私は、こんな疑問を持ちました。
なぜ、かつて「人を育てること」を強みにしていた会社が、人を育てる専門家を外から採用するようになったのだろうか。

そして、もう一つ。
そもそも、会社にとって「能力」「スキル」とは何なのだろうか。


私がいた頃、定年間際まで頑張る人がたくさんいた

私が松下電器にいた昭和の時代、50代後半になっても、ものすごく仕事に執念を持っている人がたくさんいました。

「もうすぐ定年だから、適当にやろう」
ではありません。

最後まで数字を追う。
最後まで現場を見る。
後輩にも厳しい。
自分の担当する事業を何とかしようとする。

今振り返ると、その背景には、松下電器独特の事業部制があったと思います。

事業部には、利益責任がありました。
さらには、資金責任までありました。

単に「与えられた仕事をこなす」のではありません。

売上をつくる。
利益を出す。
在庫を減らす。
投資を判断する。
資金を増やす。
人を育てる。
自分たちの事業は、自分たちで何とかする。
赤字になっても、本社は助けてくれない。

そこに強烈な事業責任がありました。

だから仕事が、単なる「会社から与えられた作業」になりにくかったのです。
自分たちの事業だった。
しかも、基本的には配属された事業で生涯働くことになる。

この感覚が、人を育てていたのだと感じます。


能力とは、専門知識だけではない

最近は「人材の能力」というと、
デジタルに強い。
AIが使える。
組織開発ができる。
マーケティングが分かる。
財務に強い。
そういった専門能力で語られることが増えました。

もちろん、それも能力です。
しかし、大企業で本当に仕事を進めるためには、もう一つ重要な能力があります。

私はそれを、
部門間調整力
だと考えています。

大企業では、一つの部門だけで仕事は完結しません。
開発。
製造。
営業。
経理。
人事。
法務。
企画。
品質。
本社。
そして他の事業部。

組織が細分化されればされるほど、いろいろな人を動かさないと仕事が前に進みません。

誰に話を通すのか。
どこで反対されるのか。
誰を先に納得させるのか。
表向きの責任者ではなく、本当に意思決定に影響を持っている人は誰なのか。
何を言えば経理がお金を出してくれるのか。
何を見せれば現場が納得するのか。

こういうことは、組織図を見ても分かりません。
長い経験の中で身につけていくものです。
これを「社内政治」という表現をすることもできますが。
人々の合意を得て仕事を前に進めるのは、顧客や取引先、行政と関わっても同じことなんです。

私は松下電器時代、事業部を超えて多くのプロジェクトに関わってきました。

そこで身につけた一番大きな能力は、専門知識そのものより、
異なる立場の人をつなぎ、仕事を前へ進める力
だったと思っています。

だから私は、会社を出ても仕事ができた。
会社固有の知識だけを持っていたのではなく、人と組織を動かす力を身につけていたからです。


パナソニックでは、経理が特殊な力を持っていた

松下電器を語るうえで、もう一つ外せないのが経理部門です。

パナソニックの経理は、一般的な会社の経理とは少し違う存在です。

なぜなら、
幸之助の直轄部隊として、お金を握っているからです。

どんなに素晴らしいアイデアがあっても、お金がなければ実行できません。
新商品もつくれない。
設備投資もできない。
人も採れない。
広告も打てない。
だから経理は強い。

この強い財務規律が、松下電器を「不況に強い会社」にしてきた一因だったと思います。

景気が悪くなれば締める。
在庫を見る。
利益を見る。
キャッシュを見る。
採算の悪い仕事を放置しない。

従順で頭のいい社員が多いだけでは、あれほど大きな会社は守れません。
会社の「静脈」を経理が握っていた。
私はそんな感覚を持っています。
(その代わり、20代から厳しい研修を受け続けています)


しかし、数字で会社は動かせない

ただし、ここにも問題があります。

経理は、
「数字が悪い」
とは言えます。

「利益率を上げろ」
とも言える。

「予算を削れ」
とも言える。

しかし、
では、どうやって売上を増やすのか。
どうやって現場を動かすのか。
どうやってお客様に選ばれるのか。
そこまで経理だけでできるわけではありません。

権限が強いことと、現場を動かす力が強いことは別です。

昔の松下電器が強かったのは、
経理が強かったからだけではない。

強い経理がいて、
強い事業部がいて、
その間をつないで仕事を前へ進める人がいた。

この三つが揃っていたからではないでしょうか。


管理部門が強くなりすぎると、現場が疲弊する

組織が大きくなると、企画、人事、経理などの管理部門の影響力が大きくなります。

本来、これらの部門は現場を支えるためにあります。
しかし組織が細分化すると、ときどき逆転現象が起きます。

現場が成果を出す。
企画部門が、それを上手に資料にする。
経営会議で説明する。
そして、企画部門の成果のように見える。

人事も同じです。
現場の管理職が何年もかけて人を育てる。
その人が成果を出す。

すると、
「新しい人事制度の成果です」
と整理されてしまうことがある。

経理は、
「この数字では駄目です」
と現場を責める。

もちろん、企画も人事も経理も必要です。

問題は、
価値を生み出す現場より、価値を説明・評価・管理する部門の方が強くなること
です。

これが続くと、現場は疲弊します。


人を育てられなくなったのではない

ここまで考えて、私は少し見方が変わりました。

パナソニックが単純に、
「人を育てられなくなった」
わけではないのかもしれません。

もっと大きな変化があります。
会社が「能力」「スキル」の定義を変えてしまった。

昔は、
事業を背負える。
利益責任を持てる。
最後まで仕事をやり切る。
人を動かせる。
他部門を調整できる。
後輩を育てられる。

こういう力が、会社の中で鍛えられていました。

今は、
必要な専門能力を定義し、
その能力を持った人を採用し、
適切なポジションに配置する。

こちらの考え方が強くなっているように見えます。

これは合理的です。
でも、一つ怖いことがあります


「必要な人を採ればいい」では、会社の歴史はつながらない

中途採用で優秀な人を入れることはできます。

しかし、その人が、
この会社では誰を動かせば仕事が進むのか。
経理がなぜこれほど強いのか。
現場は何を大事にしているのか。
何十年も続いてきた仕事の中に、どんな暗黙知があるのか。

そこまで理解するには時間がかかります。

会社には、組織図に書いていないルールがあります。
数字にならない知恵があります。
人と人との関係があります。
それを持っているのが、中高年社員だったりします。

だから私は、
中高年社員を単純に「古い人材」と見ることにも違和感があります。

最新スキルを持っていないかもしれない。
しかし、
会社という巨大な生き物を、どう動かせばいいのかを知っている。
それも立派な能力です。


松下幸之助が残したものは、制度ではなかった

今日、歴史館を歩きながら感じたことがあります。

松下幸之助が残した一番大きなものは、制度そのものではなかったのではないか。

事業部制も変わります。
人事制度も変わります。
組織図も変わります。
製品もサービスも変わります。

しかし、
仕事に責任を持つ。
利益に責任を持つ。
人を育てる。
現場で考える。
最後までやり切る。
この仕事観こそが、会社を強くしていたのではないでしょうか。

そして、その仕事観を次の世代へ渡せなくなったとき、どれだけ優秀な専門家を外から採用しても、会社は少しずつ別のものになっていく。

私は、そんな気がしています。


人材ポートフォリオだけでは、人は育たない

今の経営では、
「どんな能力を持った人材が何人必要か」
を考えることが重要だと言われます。

もちろん必要です。

しかし、人をExcelのマス目のように並べて、
「この能力が足りないから採用する」
だけで会社が強くなるのでしょうか。

私はそうは思いません。

仕事を任せる。
責任を持たせる。
他部門とぶつからせる。
数字に向き合わせる。
現場で失敗させる。
そして、それでも仕事をやり切らせる。
そういう経験の中でしか育たない能力があります。

事業を背負う力です。

それを育てることまでやめてしまったら、
人材を採用することはできても、
経営者を育てることはできなくなるのです。


「能力」とは何なのか

今、改めて問いたいと思います。

能力とは、
最新の専門知識を持っていることでしょうか。
資格を持っていることでしょうか。
プレゼンが上手いことでしょうか。

それとも、
人を動かし、組織を動かし、利益に責任を持ち、最後まで事業をやり切る力
でしょうか。

私自身、松下電器を離れて長い年月が経ちました。

それでも今、経営者の相談に乗り、士業の先生と話し、組織の問題を見るとき、
「あの時の経験が生きているな」
と思うことがあります。

商品知識ではありません。
会社の制度でもありません。

立場の違う人たちを動かして、仕事を前へ進める力。
これが、松下電器で私が身につけた一番大きな財産だったのかもしれません。

会社が人を育てるとは、
知識を教えることではない。
仕事を背負わせることなのだ。

今日、松下幸之助歴史館を歩きながら、そんなことを考えていました。




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